耳をすませば “挫折と失敗”を糧に〜平尾昌晃・日野原重明〜

『耳をすませば』(みみをすませば、英題:Whisper of the Heart)は、柊あおいの漫画作品、およびそれを原作とした近藤喜文監督、スタジオジブリ制作のアニメーション映画作品。原作漫画版とアニメ映画版では設定や展開が異なる。アニメ映画版では、背景美術として東京都の多摩市・日野市・武蔵野市を描写した絵柄が多く見られる。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年12月31日(日) 6:25~ 6:54
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
06:25~

オープニング映像。

紅白歌合戦で指揮を務めた作曲家・平尾昌晃は、小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」など、数々の名曲を作曲した。医師・日野原重明は100歳を越えても医療の最前線に立ち、患者に寄り添った。今回は平尾昌晃、日野原重明の人生を辿る。

キーワード
第61回 NHK紅白歌合戦
小柳ルミ子
平尾昌晃
瀬戸の花嫁
必殺シリーズ
銀河鉄道999
日野原重明

“挫折と失敗”を糧に〜平尾昌晃・日野原重明〜 (バラエティ/情報)
06:28~

紅白歌合戦の蛍の光を11年連続で指揮した平尾昌晃さんは世代やジャンルを超えて新しい音楽に挑戦し続けた。平尾さんは歌には国境などは無く自由に表せるとこんなに素敵なことはないと話した。平尾昌晃さんは昭和12年、東京で化粧品会社社長の三男として生まれ、数年後移り住んだ江の島で進駐軍の将校に貰ったジャズのレコードに衝撃を受けて音楽の世界にのめり込んだ。高校進学とともにジャズ学校で音楽を学び、米軍キャンプ等で歌っていた平尾昌晃はカントリー等の最先端の音楽を吸収した。20歳で歌手デビュー後、日劇ウェスタンカーニバル等にも出席し、ロカベリー3人男の一人として注目され、作曲家を始めたのはこの頃だった。この頃について平尾昌晃さんはヒット曲のカバーは中々歌えないからオリジナルを作ろうかという話になって見よう見まねで作詞作曲したと語った。しかし、ロカベリーブームが去ると仕事が激減し、アルバイトで生計を立て、胸を患うなど、どん底に立たされた。 そんな中かつての曲がリバイバルヒットし、もう一度仕事にアリつけると思ったが、求められたのは曲作りの才能だった。

平尾昌晃さんは幼いころ好きだった民謡などを洋楽風にアレンジして新たなメロディーを生み出していた。作曲家として2年で布施明さんに提供した霧の摩周湖で日本レコード大賞作曲賞を受賞した。当時を平尾さんはあの曲は自分自身に向けて書いたものだが、当時自分の体は弱かったため、布施くんののびやかな声で歌ってもらえたらいいなと振り返った。そんな平尾さんは無理に仕事を続けた為に結核を発症し、東京を離れ、長野県の病院で療養生活に入った平尾さんは芸能界に取り残される焦りを感じたという。しかし、この長野での療養生活で人々の情に触れたことで、もう一度元気になったら心のふるさとをテーマに曲を書こうと決めた。平尾さんは元気でいられる幸せを音楽に置き換えて届けたいという思いから次世代の歌手を育てる音楽学校を立ち上げる。過去の療養生活の経験から音楽を通じた福祉活動にも力を注いだ。平尾さんは歌の凄さというのはお医者さんもびっくりするくらい恐ろしいもので、自分の歌を聴いて車椅子から離れたことの無いような人が少女のように踊っている事があり、この経験から歌は素晴らしく、やめられないと語った。

医師・日野原重明さん(2017年、105歳没)は日本の終末期医療の確立に力を尽くし、命と向き合い続けた。100歳を超えても1人の医師として最前線の医療現場に立ち、生涯現役を貫いた。日野原さんは明治44年、牧師だった父・善輔さん、母・満子さんのもとに次男として生まれた。10歳のとき、倒れた母を救った医師の熱意に感動したのをきっかけに医師を目指した。終戦後はアメリカでウィリアム・オスラーの最新の医学を学び、世界に遅れていた日本の医療の改革を目指す。40代で病院の運営を担い、民間の病院では初めて人間ドックも取り入れた。診断はサイエンス、告知はアートだと語る。

昭和45年、日野原さんが58歳のとき、よど号ハイジャック事件に乗客として巻き込まれ、4日間、人質として拘束された後、命からがら解放された。この経験がその後の人生を一変させた。それまでは自分の地位、名声、学会活動を考えていたが、これからは与えられた人生、誰かに自分の能力でできることをお返しをするという第二の人生が始まるのではと話した。自分は使命を与えられたと強く感じた日野原さんは、末期のがん患者などのための終末期医療に取り組む。平成5年、81歳のとき、神奈川・中井町に日本で初めて独立型ホスピス「日野原記念ピースハウス病院」を設立。ここでは患者を苦しい延命治療を続けるのではなく薬で痛みを取り除き、心穏やかに過ごせるよう支える。

日野原さんは医学部卒業間もないころ、担当した不治の病の幼い少女を穏やかに看取ることができなかった。死の間際、母親への感謝を伝える少女を、若き日の日野原さんは叱咤激励し、無理な延命処置を施してしまった。この苦い経験が、終末期医療へのこだわりを生んだ。「明らかに死んでいく患者さんに処置をするよりも、彼女の手を握りしめて心をサポートできなかったか。本当に心の痛手になっている」と、日野原さんは語る。今許されている命の深さ、質を濃くすることこそ延命治療に必要と、当時は十分に分からなかったことに気付いたという。

仕事の合間を縫い、日野原さんは全国各地を飛び回り、99歳当時で年間101を超えるボランティア活動を行なっていた。子どもたちに命の大切さを教える「いのちの授業」もそのひとつ。日本全国200校以上を訪れた。「命を守ることは意地悪をなくす。いじめをなくすこと。みんな仲よくすること。戦争をなくすこと」などと子どもたちに説いた。「命とは与えられたもの。自分で作ったものではない。与えられた、その大切な命を子どもたちに伝えたい」と話し、自らの生き方でそれを示した。日野原さんは「感謝しますという、感謝の言葉。苦しい、苦しいと死ぬのではなく、感謝の言葉をささげられるように。それが最大の希望、祈りでもある」と話していた。

キーワード
第65回NHK紅白歌合戦
平尾昌晃
瀬戸の花嫁
小柳ルミ子
銀河鉄道999
リトル・ダーリン
日劇ウェスタンカーニバル
おもいで
霧の摩周湖
布施明
ビッグショー
日本レコード大賞
私の城下町
夜空
結核
カナダからの手紙
畑中葉子
黒崎めぐみ
日野原重明さん
善輔さん
満子さん
よど号ハイジャック事件
中井町(神奈川)
日野原記念 ピースハウス病院
いのちの授業
ウィリアム・オスラー
篠田桃紅

エンディング (その他)
06:52~

エンディング映像。平尾昌晃と日野原重明の生前の様子が流れた。

キーワード
平尾昌晃
日野原重明

スポット

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