被災地からの声 宮城県東松島市

『被災地からの声』(ひさいちからのこえ)は、NHK総合テレビが2011年3月20日に放送を開始したNHK仙台放送局製作の地域情報番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年3月7日(水) 2:35~ 3:00
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
02:35~

オープニング映像。

被災地からの声 (バラエティ/情報)
02:35~

秋田県の女性からのメールを紹介。夫を亡くしたあとにこの番組を観て、被災者の前向きな姿に勇気づけられたという。今回は、宮城・東松島市、宮戸地区の声を伝える。

東松島市・宮戸地区、奥松島と呼ばれる有名な景勝地で昔から観光業と漁業が盛んな地域だ。ここで、震災の翌年に営業を再開した創業50年の旅館。建物の前にある仮の船着き場から、復興工事の資材が運ばれている。旅館は津波を免れたものの、壁が剥がれるなど被害を受けた。主人の櫻井邦夫さんは震災前から集落の区長を務めているが、売り上げは落ち込んだままだという。櫻井さんは「コンクリートの護岸壁など自然とは違う異質なものがあっても、新たな魅力になるのではないか」と語り、「一日も早い復活を遂げて広く観光客が来ていただくことを願っている」と話した。

津田喜章は「大高森は奥松島を一望できる名所。観光は場の雰囲気を楽しむもので、必要な復興工事の資材や重機も観光には悩ましい存在になっている。VTRの月浜地区の海水浴場では、シーズンを通して営業できたのは震災の5年後で、民宿の7割は廃業していた。宮戸地区も本質は震災前から過疎の地域。現在は地元の暮らしを体験するグリーンツーリズムにも力を入れている」と紹介した。

震災から1年半後の東松島市で話を聞いたのは、東名漁港の近くに自宅があった鈴木光弘さん。新築したばかりで被災したが家は残ったため直して住みたいと話し、応援への感謝を語っていた。あれから5年、鈴木さんは自宅の現地再建は諦め、高台に家を新築していた。地元では家を修理して元の場所に住んでいる人もいるが、いまだに工事が続いているため生活に支障が出ているのを目の当たりにしているという。鈴木さんは、前回の取材の時よりも強くなったという支援への感謝を改めて語った。

津田喜章はVTRを振り返り、実家の手入れを続ける伊藤さんの言葉について「聞く人の胸に残る言葉。実家は今後も壊す予定はないという」と紹介。視聴者からの声を募集した。

宮戸地区に去年6月、様々な体験ができる野外活動施設がオープンした。運営に携わる吾妻敬一さんは、子どもたちに施設を利用してもらいながら震災後の様子を見てほしいと思っているが、怖さを感じる子どもたちとの間での調整が課題だと語った。そして、新たな利用者と戻ってきた利用者とで「島全体に活気が出れば」と話した。一方、地区の宿泊施設は震災後、大幅に減り、現在は5軒を残すのみとなった。漁師の鈴木善典さんは35年営んだ民宿を廃業したが、今も観光客を迎える仕事は続けていて、「震災前のようにたくさんの観光客でにぎやかな月浜になってくれれば」と語った。

宮戸地区に去年5月にオープンした、地場産品の販売や軽食スペース、無料の足湯が楽しめる複合施設「あおみな」。移住を希望する人たちに向けた長期滞在のための施設も作られた。去年11月から施設を利用する仙台市出身の平山剛さんは、東京の仕事を退職後、東松島市の「地域おこし協力隊」の募集をネットで見つけ、地元・宮城に戻ってきたという。平山さんは「震災から7年でまだまだなところは沢山ある。人手が足りないというのはよく聞く話で、少しでも力になれれば」と語った。

2012年10月の東松島市・野蒜地区。津波に耐えた家々が並ぶ大塚集落で、伊藤博幸さんに話を聞いた。塩釜市に住みながら津波で亡くなった母親の家に毎週通い、「生活の証を残しておきたい」と、こまめに家の手入れを行っていた。あれから5年、周囲の家が無くなる中、伊藤さんは今も実家の手入れを続けていた。伊藤さんは「自然に負けたくない」と語っていた5年前を、「ちょっとおごった考え」と振り返る。そして「思い出すのは良いことばかり」と話し、「この地域に住んでいた人たちのことを忘れたくない」と語った。

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