世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜 アフリカ・ニジェール 72歳の日本人医師

放送日 2013年12月16日(月) 21:00~21:54
放送局 テレビ東京

番組概要

秘境アフリカ 貧国「ニジェール」唯一の日本人 (バラエティ/情報)
21:00~

ニジェールへは日本から約12時間でドイツ・フランクフルト、さらに約3時間半でカサブランカへ行き、乗り継ぎで5時間待ち、移動する事約3時間半で到着。日本から合計約25時間。ニジェール共和国は首都ニアメは他民族が混在する共和制国家。1922年~1960年まで約40年間フランスの植民地だったため公用語はフランス語。面積は約126万km2、人口は1530万人。国土の約3分の2がサハラ砂漠。キリンやライオン、アフリカゾウなどが生息。

ニジェールでは甲状腺腫や腕の壊疽が問題となっている。お金がなかったり近くに病院がないため、すぐ治療が受けられず病状が悪化してしまう。ニジェール市内で最高の医療を誇るニアメ国立病院は患者で溢れかえっている。地方からたくさんの人が押し寄せる。救急患者も順番待ち。日本の医療施設は約10万施設を超えるのに対し、ニジェールは約2500施設しかない。日本では約500人を1人の医師が見るのに対しニジェールでは約5万人を1人の医師が見る。WHOの調べによると、これは世界156ヵ国中153位。医療費は患者が全額負担となっている。

砂漠が多く土地が痩せているため経済の発展も進んでおらず、ニジェールは世界屈指の貧国の一つ。国民の48%が1日100円以下で生活している。貧困により窃盗や強盗が頻発。そのため、外務省が発表する渡航情報ではニジェールは危険度が最も高い赤で示されている地域が殆ど。在留日本人は日本人外科医1人だけ。その日本人外科医がいるのはニアメではなく秘境の地テッサワ。日本から計約37時間かかる。テッサワは人口約3万人の小さな町。住民に日本人外科医について聞くと皆知っていた。番組スタッフが病院へ訪れると日本人外科医は手術中だった。1時間後、日本人外科医の谷垣雄三と面会。

谷垣は外科医として第一線で13年間活躍。1979年、ある理由からエリートの道を捨て38歳で単身ニジェールへ。私財8000万円を投げ打って病院を建設。院長兼外科医として現地の医療スタッフと働いている。パイロットセンターの面積は約1ヘクタールで東京ドームのグラウンドとほぼ同じ。ベッド数118床、看護師3名、医療スタッフは4名。30年以上ニジェールの人々の命を救い続けている。この日、病院には壊死により腕を切断した子どもがやってきた。地方医療が整っていないために起きたという。他にも食道の損傷による挟窄された男性が訪れた。車のバッテリー液を飲まされたという。谷垣は内視鏡を使った手術で詰まった食道を広げることに成功。腕のある医師のみができる手術だった。

谷垣は手術を1日に多い時は計5回行う。この日も谷垣は鼠径ヘルニアの手術を控えていた。

谷垣雄三は鼠径ヘルニアの手術で患者の腕と足を固定。

キーワード
キリン
ライオン
アフリカゾウ
カバ
水牛
ニジェール共和国
アジア・アフリカにおける医学教育支援機構
厚生労働省
ニジェール
ニアメ国立病院
WHO
ニジェール国立統計研究所
サハラ砂漠
テッサワ(二ジェール)
ニアメ(二ジェール)
パイロットセンター
鼠径ヘルニア

秘境アフリカ 貧国「ニジェール」唯一の日本人 (バラエティ/情報)
21:18~

谷垣雄三は鼠径ヘルニアの手術で患者の腕と足を固定。これは麻酔が切れたとき身体が動かないようにするための工夫。年収が少ないニジェールの人々のため高額な手術費が安く出来るようにしている。手術の予定時間ギリギリの麻酔を投与。今回の脱腸の治療は患者が病院に来るのが遅かったため腸と皮膚がくっついてしまっている状態だったが、谷垣は動じなかった。谷垣は質の良い日本製台所用ゴム手袋で手術用の手袋を代用。縫合で使用する糸はミシン糸で代用。縫合で使用する針は研いで殺菌し繰り返し使用。医学的には安全で問題はあいという。今回の鼠径ヘルニアの手術費は日本では60000円かかるのに対し、こちらでは4000円で手術が受けられる。

手術で使った台所用ゴム手袋は使いまわし、ゴム同士がくっつかない様に新聞紙を挟み熱で殺菌。点滴の中身は手作りで、中身のベースは塩と砂糖と蒸留水。購入すると150円だがこれにより5円で済む。日本のタオルをガーゼ代わりなどに使用している。谷垣の工夫と日本からの支援により手術費を安く出来ている。谷垣の目指す医療は貧しい地域の現状に合わせ可能な限り低額で安全な外科医療のあり方を探ること。谷垣の腕の良さは口コミで広がっている。

谷垣の自宅は病院から車で5分の場所にある。広さは2LDK。自炊が基本で、この日の食事はおかゆとフランスパン。取材陣の分まで作ってくれた。谷垣は365日24時間病院のことばかりを考えている。

キーワード
鼠径ヘルニア
厚生労働省

秘境アフリカ 貧国「ニジェール」唯一の日本人 (バラエティ/情報)
21:32~

渡部陽一がニジェールを取り囲んでいる国々は今すごく情勢が悪化している、日本人が巻き込まれたテロが起きている。そうした状況がニジェールの貧困をさらに押し込めてきていると話した。

アフリカの秘境ニジェールで貧しい人々の命を救う外科医・谷垣雄三は1941年京都府京丹後市生まれ。曲がった事が大嫌いでみんなのリーダー格だった。困っている人を助けたいという重いから国立信州大学医学部へ入学。1960年代は学生運動真っ盛り。谷垣も学生運動に参加。医学部卒業後に無給で働かされる制度に反対した。1968年にインターン精度が廃止され、谷垣はエリートコースを拒み町の病院に勤務。病院を転々としながら整形外科、腹部外科など様々な仕事を経験し現場での経験を積む。29歳の時に静子さんと結婚。幸せな日々が続いた。

谷垣は38歳の時、ニジェールで石油会社の専属医師を募集しているのを見つけた。日本の医療制度に疑問を抱いていた谷垣は奥さんを説得し単身ニジェールへと旅立った。そこで目にしたのはニジェールの悲惨な医療の現場。1970年代公判のニジェールには7つの医療機関しかなくメスを持てる外科医はたった3人。1年半の勤務が終わり谷垣は一旦帰国したが、再びニジェールへ行くことを決意。フランス語を猛特訓。夫婦でニジェールへ戻った。1982年、谷垣はニアメ国立病院で外科医として勤務。地方には病院が殆どなかったため、谷垣は地方医療を充実させることを決めた。そして10年の歳月が流れた。

このあとを襲った悲劇とは。

キーワード
ニジェール
テロ
国立信州大学
学生運動
京丹後市(京都)

秘境アフリカ 貧国「ニジェール」唯一の日本人 (バラエティ/情報)
21:43~

アフリカの秘境ニジェールで貧しい人々の命を救う外科医・谷垣雄三72歳。谷垣がニジェールに渡って10年が経つ頃、一向に減らない地方から来る手遅れの患者達。谷垣は自分の立場を捨てる覚悟でニジェール政府に地方医療の改善をすすめる提言書を出したが「この国で先進国のような事を言われても困る」とつき返された。谷垣は私費約8000万円を投じて自ら病院を建設。1992年に建てたパイロットセンターは外国人だから試験病院として政府の許可が下りたため。首都から780km離れたテッサワで開業。可能な限り低額で安全な外科医療を目指した。

その最中、1999年5月6日、妻の静子が原因不明の高熱で死去。失意のどん底に陥った谷垣は仕事に没頭。さらに病院は国家で運営することとすると谷垣の病院がニジェール政府のものになってしまった。谷垣を必要とする貧しい人々からの声援が谷垣の救いとなり、再びメスを握った。そして日本で支援を募りお金を集め2007年にまた新たなパイロットセンターを設立した。2007年66歳での再出発だった。

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滝沢沙織が人と人とのつながりが素敵だなって一番思いましたと話した。

キーワード
ニジェール
テッサワ(ニジェール)
パイロットセンター
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祥伝社

エンディング (その他)
21:51~

「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝」の次回予告。

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