ファミリーヒストリー 「宮藤官九郎〜人の中で人は育つ 亡き父の教え〜」

『ファミリーヒストリー』(FAMILY HISTORY)は、NHK総合テレビジョンにて2008年から放送されている、ドキュメンタリー番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年2月11日(月) 10:05~10:55
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

今年の大河ドラマ「いだてん」の脚本を担当する宮藤官九郎。これまでも時代や地域の中で懸命に生きる人々の姿を描いてきた。父親を早くに亡くした彼は自身のルーツについてほとんど知らないという。

オープニングテーマ曲 :横山克

ゲストの宮藤官九郎が登場。1月6日に放送が開始される大河ドラマ「いだてん」について、脚本の仕事は思ったより大変などと語った。

キーワード
大河ドラマ「いだてん」
あまちゃん
木更津キャッツアイ
ゆとりですがなにか
宮藤官九郎
横山克

宮藤官九郎 (バラエティ/情報)
10:07~

宮藤官九郎の出身地である宮城県栗原市若柳は江戸の寛永年間から開発が進み、迫川を中心に町が栄えていった。宮藤という名字は母方。この地域では一軒しかないという。まずは母・泰子さんと姉・由美さんが2人で営む実家の文具店を訪ねた。泰子さんは2年前に墓の引っ越しをした際、墓石に“神官”と書かれていたのを見たという。宮藤家の菩提寺・柳徳寺で墓誌を確認すると確かに「神官 宮藤斎逸霊位」と記されている。宮藤斎逸は官九郎の4代前の高祖父で、かつて神官として神社に仕えていたそうだ。名字研究家の森岡氏によれば、宮藤という名字は神社に関係した藤原氏の子孫という可能性が高いとのこと。

官九郎の高祖父・宮藤斎逸はどこの神官だったのか。室町時代に建立された若柳地区最大の平野神社で古文書を見せてもらうと、そこには「社寺神主 宮藤安藝守近栄」の記載が。さらに江戸時代初期、宮藤家から出た浄山が分家し、現在の平野神社の宮司である平澤家を興したことも判明した。宮藤家と平澤家は親戚同士。互いに助け合いながら平野神社を守ってきた。

幕末の慶応2年、官九郎の4代前の高祖父・宮藤斎逸の代に、天候不順での不作と年貢の重圧に対する不満が募り農民一揆が勃発した。その中心的な役割を果たしたのが平野神社。しかし、一揆は失敗に終わり、平野神社を守ってきた宮藤家と平澤家は責任者として罰せられた。この後、理由は定かでないものの、宮藤家が神官の職を離れることになったという。

子どもの頃から平野神社で遊んできたという宮藤官九郎は、自分のルーツが神社にあると知り驚いたとコメント。高祖父が一揆の中心を担ったことについては「うちの家系にはそういう人の上に立つ感じはないですけどね」などと話した。

幕末に神官の職を離れた官九郎の4代前の高祖父・宮藤斎逸は、その後は地主などをして生計を立てた。ところが、一人息子の賢之進が二十歳で死亡。跡取りのいなくなった宮藤家は当時24歳だった吉三郎を鈴木家から養子に迎えた。祖父・朝治や母・泰子も同じく鈴木家からの養子。“西風”という屋号で呼ばれる鈴木家は若柳から車で20分ほどの岩手県一関市花泉町にある。鈴木一族の長老によれば、源義経の家来である鈴木三郎がこの地に身を隠したという伝説が残っているそうだ。鈴木家と宮藤家の関係について明確なことは分からなかったが、地域の歴史に詳しい山川さんは商業関係で血縁を保とうとしたのではないかとの見方を示した。

宮藤家の養子となった吉三郎だったが、結婚4年後に生まれた長男が1歳で死亡。次男を跡取りにし三男を養子に出した。ところが家を継ぐはずだった次男は22歳で死亡。慌てて自分の甥にあたる鈴木家の朝治を27歳で養子に迎えたが、朝治の嫁・ますよは体が弱く子どもができなかった。

官九郎の母・泰子さんの実弟にあたる菊池さんは、当時の経緯を姉の圭子から聞いていたという。昭和9年、鈴木家に誕生した泰子さんは朝治の頼みで宮藤家の養子となった。両親から大切に育てられた泰子さん。服は全て母の手作りだったという。自分が養子であることを知ったのは中学2年生。中学校に勤める姉のもとへ遊びに行った際、圭子が「私の妹です」と泰子さんを紹介したのだという。しかし本人は「そうだろうな」と思っていたそうで、帰宅しても養子になった経緯を両親に尋ねることはなかった。

昭和24年、両親は泰子さんの学費の足しにと自宅を改装して文具店の経営をスタート。泰子さんが無事に短大を卒業すると、婿を貰う話が舞い込んだ。相手は教師をしていた大場紹平。紹平はお見合いの前に密かに泰子さんを見ようと宮藤文具店を訪れた。泰子さんに万年筆の試し書きを勧められた紹平はガラスケースに名前を書いたという。その後、2人は正式に見合いをし、7か月後に結婚した。

お見合いから結婚までの7か月間、紹平から泰子さんに送られた17通の手紙は今も大事に保管されている。紹平の気持ちを受け止めた泰子さんは今まで誰にも語らなかった自分の生い立ちを紹平に打ち明けた。そして昭和30年11月7日、2人は結婚。紹平26歳、泰子21歳だった。

自身の父が母に宛てたラブレターの内容を知った宮藤官九郎は「うちの父親はそんなタイプじゃなかった」と驚きの表情。自分にとっては亭主関白で恐い父親だったなどと話した。また、3代続けての養子となっていたことは知らなかったという。

昭和30年、26歳で宮藤家の婿養子となった大場紹平。実家の大場家は宮城県大崎市の鬼首にあった。300年以上続く本家を継いでいるのは紹平の甥である雅之さん。江戸時代の頃には集落のまとめ役である“肝入り”という役職に就いており、雅之さん自身も集落を守る覚悟を親から何度も聞かされてきたという。そんな大場家で7人兄弟の末っ子として誕生したのが紹平だった。

幼い頃から教師になりたかった紹平は仙台の師範学校へ入学し、中学の英語教師からスタート。昭和30年に宮藤家に婿入すると地元の若柳小学校に赴任した。初めて卒業させた6年3組の教え子達が作ったクラス会は今年で56年続いている。教え子達は紹平に連れられて鬼首へと行った泊りがけの課外授業が今でも良い思い出として忘れられないという。「人と人とのつながりを大切にしなさい」が口癖だった紹平。卒業後も教え子達との交流を続け、何度も仲人を務めた。家庭では3人の子どもに恵まれ、長男となる官九郎が生まれた時には祖父の朝治が一番喜んだという。

官九郎の本名・俊一郎の命名には長女の浩子が関わっており、当時浩子がファンだった俳優の大出俊に由来するのだという。俊一郎本人は名前が長くて嫌だと話していたのだとか。そんな宮藤家には父・紹平が参加を義務付けた年末行事があった。始まったのは1971年。家で起こった出来事をその年の担当者が10大ニュースとしてノートに記し、大みそかに発表したという。官九郎が小学5年生の時に担当した10大ニュースの原稿を紹介した。

俊一郎は中学時代からラジオの深夜放送「ビートたけしのオールナイトニッポン」に夢中だった。ネタを書いては投稿するハガキ職人となり、週に5~6通を投稿。高校生で初めてネタが採用されると嬉しさの余り寝ている母を叩き起こしたという。俊一郎のハガキがラジオで読まれたことはその年の10大ニュース2位にランクインした。

いつも明るく過ごす宮藤家の中で、紹平は妻・泰子が生家である鈴木家の姉弟達と遠慮して交流できないことを気にかけていた。そこで紹平は鈴木家の兄弟会を企画し泰子を参加させたという。参加した鈴木家の兄弟達も紹平の申し出を喜んだ。紹平は親戚だけでなく地域でも様々な会を作り、「人の中で人は育つ」という生き方を生涯貫いた。

子どもの頃は親戚の集まりなどで出し物のスタンバイの為に席を立つ父親が恥ずかしかったと話す官九郎。しかし、自分もそれを受け継いでいるのかもしれないなどと語った。家に友人が来ていても欠かさず10大ニュースだけは聞きに行っていたという。

昭和63年、日大芸術学部で学ぶため俊一郎は18歳で上京。大学2年生の時に芝居の魅力にハマり、劇団「大人計画」に演出助手として入った。ところが劇団の仕事に夢中になり大学中退を決意。母・泰子さんは俊一郎がその思いを綴って両親に送った手紙を今も大切に残しているという。手紙を読んだ父・紹平は「好きなことがあることは良いこと」と応援する姿勢を示したそう。平成9年には宮藤官九郎として舞台に出演。初めて舞台を見た紹平さんも舞台を楽しく観劇したという。その翌年、紹平さんは突然病に倒れる。夫の看病を続ける泰子さんは紹平さんが丹精込めて作っていた野菜を題材にした短歌を新聞に投稿。その短歌が紙面に載ったその日、紹平さんは69歳でこの世を去った。奇しくも官九郎の28際の誕生日だった。泰子さんは紹平さんに代わって教え子達との交流を続けている。舞台・ドラマ・映画と活躍の場を広げる官九郎が脚本を手がける大河ドラマ「いだてん」は今月6日スタート。

テーマ曲「Remember me」くるり

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若柳(宮城)
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俊一郎
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大人計画
河北新報
大河ドラマ「いだてん」
くるり
Remember me

エンディング (その他)
10:53~

「ファミリーヒストリー」の次回予告。

番組宣伝 (その他)
10:54~

大河ドラマ いだてん~東京オリムピック噺~の番組宣伝。

プロフェッショナル 仕事の流儀の番組宣伝。

めざせ!オリンビアンの番組宣伝。

ターシャ・テューダーの森からひ孫たちの秋そして冬の番組宣伝。

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