ファミリーヒストリー 「伊東四朗〜思いがけず平氏と源氏 たどりついた喜劇の道」

『ファミリーヒストリー』(FAMILY HISTORY)は、NHK総合テレビジョンにて2008年から放送されている、ドキュメンタリー番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年1月28日(月) 19:30~20:43
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

日本が高度成長期に沸いていた昭和33年。1人の青年がコメディアンとしてデビュー。当時21歳だった伊東四朗さん。その後、てんぷくトリオを結成するとお茶の間の人気者に。さらに派手な衣装で踊る「電線音頭」は一大ブームを巻き起こした。ドラマや映画ではシリアスな演技を披露。デビューから60年、今も第一線で活躍している。

オープニングテーマ曲 横山克

今回のゲストは伊東四朗さん。緊張している、どんな人間もみんな祖先がいるわけ、必ずいるわけ、どんな人がいたのか心配ですと話した。

キーワード
高度成長期
横山克
伊東四朗
てんぷくトリオ
電線音頭
連続テレビ小説 おしん
橋田壽賀子
大河ドラマ 平清盛
藤本有紀

伊東四朗 (バラエティ/情報)
19:32~

伊東四朗さん、本名は伊藤輝男。昭和12年に東京で生まれた。父は洋服の仕立て職人だった金三郎。金三郎は明治29年、静岡榛原郡相良町で生まれた。まずは父方、伊藤家にルーツを探る。相良町は現在の牧之原市相良、駿河湾に面した港町。牧之原市史料館で1枚の古い地図を見せてもらった。輝男の曽祖父にあたる伊藤藤十の名前があった。伊藤家は城の大手門にほど近い町の一等地で暮らしていた。そこには今は伊藤家とはつながりがない人が住んでいた。ところが一軒挟んだところに伊藤家とはとうの字が違う伊東フーズというお店があった。店主の伊東潔さん13代目。輝男の家もこの家の分家だった。明治のときに縁起担ぎのような感じで藤を東に変えたという。本家が藤を東に変えたのにはルーツにまつわる理由があった。伊藤家は伊豆の伊東からなぜ相良にやってきたのか。町の歴史に詳しい河原崎陸雄さん。江戸時代に書かれた文書が残されていた。相良は昔は人が住んでいない砂原であったという。徳川家康が相良にタカ狩りに来たようで結局相良に御殿を作った。徳川家康は相良に町をつくろうと近隣に立て札を立て住人を募集した。その中で7番目に来たのが伊藤家だという。

伊藤家のルーツがある伊東市へ。伊東市には地名から伊東を名乗る伊東一族が平安時代から暮らしていた。朝廷から伊東を領地として賜り、最初に伊東を名乗ったのがこれもと。大化の改新で知られる藤原鎌足の流れを組むと伝わっている。伊東一族では多くの場合、東の字が使われている。しかし時に同じ人物が藤の字を使うことがあった。伊東氏は藤原氏の子孫でもあるため、藤の字を書く場合もあるということだった。さらに有力な武家としてその後も活躍を続けたという。平安時代、伊東一族は平清盛に仕える。伊東家は海を主体にして広がった一族。相良に一族漁が盛んだった。しかし波が荒いため港には適していなかった。

母方・熊井家に迫る。JR掛川駅近くにある母・はつの実家は代々薬局を営んでおり、輝男のいとこである現在の店主・弘司さんは亡くなった人達の名前が書かれた巻物を見せてくれた。最も古い名前が1835年に亡くなった源太で、輝男の5代前の先祖。電話帳で熊井姓の登録件数を調べると全国でも長野県が圧倒的が多く150件を超えた。中でも熊井姓が多い2つの集落が見つかり、その一つは塩尻市の片丘。ここはかつて熊井郷と呼ばれた村があり、戦国時代には熊井城も築かれたが1545年に武田信玄によって攻め落とされた。この城主が村の名前から熊井を名乗った。城近くには子孫が7世帯暮らしているが輝男の母方との繋がりは見つからなかった。

江戸時代に相良藩主となった田沼意次が川の河口に港を建設。すると相良は江戸と大阪の中継地として栄えた。そんな相良で明治29年に生まれたのが輝男の父・金三郎。役所で金三郎の戸籍を調べたところ意外な事実がわかった。金三郎は藤田初次郎の二男として生まれ、伊藤家に養子に入っていた。明治始めの地図で調べると藤田初次郎の家は伊藤藤十の家のほど近くにあった。その場所を訪ねてみると現在の当主も藤田初次郎さんだった。この辺では長男が生まれたとき前の人の名前をつける、そういう習慣のようなものがあったそう。現在の初次郎さんと輝男はいとこ同士ということになる。

柔弱は剛強に勝つ。ものごとは柔軟に対処せよという意味。才次の代で店を閉じ、源吉は幼くして奉公に出る。源吉が奉公に出たのは伊東家が暮らしていた相良だった。奉公先の大平薬局は今も相良で営業を続けている。店主は小山平太郎さん。明治時代、源吉が働いていた当時の大平薬局。相良には全国から薬が集まり大勢の客で賑わっていた。その後、源吉は掛川に戻り、熊井太陽堂という薬局を開く。明治34年、源吉が26歳のこと。開業した翌年に源吉は結婚。長女のはつが生まれる。輝男の母。源吉は沢山の日誌を残している。人に金を貸した記録が残っていた。返済されていないものもあった。人柄が良く、信頼も厚かった源吉は大正9年、国勢調査の調査員に選ばれた。

長野市・大岡地区には現在10軒の熊井家が暮らしている。一族の歴史に詳しい貞勇さんによると古い家系図が残されており、初代は源義経に仕えていた熊井太郎という武将で、平家物語にも登場し千人力を発揮したと記されている。武士として生きた熊井一族は江戸時代始めに大阪の陣で豊臣方に付き敗れる。その後農民となり長野・大岡で暮らした。子孫の名前には特徴があり、「源」の字を代々使ってきた。輝男の母方の先祖も2人が「源」の字を使っている。江戸時代の終わりに長野を離れ静岡・掛川へやって来たのが輝男の5代前の源太だった。明治に入ると源太の長男・九八が美術商を営む。扱っていた品が一つだけ残っており、勝海舟直筆の書と言われている。

明治35年、金三郎が6歳の時、藤田家に1人の女性がやってきた。縁戚の伊藤やす。夫と息子を次々と亡くし、跡継ぎがいなかった。そこで頼ったのが藤田家だった。こうして金三郎は伊藤家の養子となった。そのころ、やすは夫の残した魚屋を営んでいた。やすは従業員を雇い、店を切り盛りした。金三郎は跡継ぎとして大事に育てられた。当時の金三郎について聞いているのは金三郎の孫で輝男のおい、山崎慎一郎さん。慎一郎さんは母親から金三郎の 幼いころの話をよく聞かされたという。明治末の港町・相良。何軒もの料亭が立ち並び、三味線の音などが流れていた。金三郎も幼いころから三味線を習い、芸事が好きな少年に育っていった。

時代は大正へ。成長し店を継いだ金三郎だったが商売に身が入らなかった。三味線を持って遊びに行ってしまう人で家業が傾くのが早かったのではないかと慎一郎さん。新たな仕事を求め、相良を離れた。知り合いを頼り向かったのは静岡・掛川市。かつて東海道の宿場として栄えた町。当時の金三郎について長男の妻・伊藤ちよさんが伝え聞いているそう。金三郎が仕立ての修業をしたという 三河屋を訪ねるとそこにはパン屋があった。当時の職人たちの写真が残されていた。大正10年、金三郎25歳のとき、縁談が持ち上がった。相手は熊井はつ、のちに輝男の母となる女性だった。

洋服の仕立て屋で働いていた金三郎さんとその妻・はつさん。仕事に身が入らない金三郎さんにはつさんは上京したい気持ちを見る。ふたりは東京・本郷に住んでいたはつの叔母・せんを頼って上京。住み込みで仕事を手伝った。上京から2年後の大正2年8月、ふたりは上野駅のそばに家を借りた1ヶ月後に関東大震災が発生。翌日になり上野駅にも

震災から3年後に一家は再び上京し下谷区西町(現在の台東区東上野)で暮らす。金三郎は仕事に身が入らなかった。貧しい暮らしの中で金三郎が通ったのは歌舞伎座だった。昭和12年に下谷区竹町(現在の台東区台東)で三男である輝男(伊東四朗)が生まれる。当時暮らしていた家には名字が同じ伊藤さんが住んでいる。当時の部屋の様子を輝男の兄・祥蔵が書いた絵が残っていた。

伊東四朗さんのトーク。今見たのは全部初だった。おやじさんの写真、おふくろが出てきたあの写真知らない、1回も見たことがない、どこにあったんだろう。もっと不思議なのは俺の甥っ子がなんで俺のルーツを知ってるのか。東の方の伊東もまんざら縁がないわけじゃなかった。今「東」にしているのも変じゃない。「藤」の方がかたいからということで「東」にしただけだった。なんとなくいろんなものが繋がっていますねなどと話した。

家庭では次々と子供をもうける。はつは明るく利発な少女に育った。はつは実科女学校に入学。当時は女性が女学校に進学するのも珍しい時代だった。はつは卒業時に優秀な生徒として表彰される。その後は師範学校に通い教師を夢見ていた。叔母のまつが縁戚の伊藤金三郎との結婚を勧めた。18で教師を夢見ていたはつに結婚する気はなかった。伊藤ちよの元にはつが残した史記がある。「口一つきいたこともなく、考えて見れば無謀な話。」と記されていた。そこでは、はつは金三郎の姿を見に行ったというが、思い描いていた人とは違いがっかりしたという。しかし、大正10年しぶしぶ結婚する。はつは、夫のことを甘やかされて育ったせいか自我の強いわがまま者だった。と記している。

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