ファミリーヒストリー タカアンドトシ・トシ〜祖父が語った信念旧樺太から脱出

『ファミリーヒストリー』(FAMILY HISTORY)は、NHK総合テレビジョンにて2008年から放送されている、ドキュメンタリー番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年12月20日(水) 2:13~ 3:03
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
02:13~

お笑いコンビ、タカアンドトシのトシこと三浦敏和さんのファミリーヒストリー。出身は北海道、3人の子供がいる。

オープニングテーマ曲 横山克

今回のゲスト、トシが登場。袖にはタカが控えていた。

キーワード
タカアンドトシ
よみがえりマイスター
横山克

タカアンドトシ トシ(三浦敏和) (バラエティ/情報)
02:15~

北海道札幌市のトシの実家を訪ねる。父の法人さんは68歳で建設設備の会社で営業の仕事をしている。今の一番の楽しみは孫だという。ルーツを知るためにまず向かったのは積丹町役場。一番古い戸籍を調べると明治時代に4代前の善吉さんが北海道に渡ってきたのがわかった。嘉永四年、岩手県生まれ。元は猪股という姓だったと記されていた。

岩手県宮古市鍬ヶ崎は三陸海岸沿いの小さな港町。東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。猪股の姓に心当たりがあるという鍬ヶ崎公民館館長の中島さんに話を伺う。母方が猪股の姓で、津軽石の出身だという。津軽石から鍬ヶ崎に移り住んだ猪股家、高祖父の善吉はここで漁業を営んでいた。明治になると北海道のニシンでひと儲けしようと多くの漁師が北海道に移った。善吉も北海道の余別村に移り住んだ。現在は人口150ほどの小さな漁村だ。大正時代には4000人が暮らし、大きな賑わいを見せていた。

善吉は三浦という網元の下で働き始め、婿養子に迎えられた。こうして猪股から三浦の姓となった。明治12年、トシさんの曽祖父の善作が誕生。地域でも大きな網元だった善作の家は大二という屋号で呼ばれていた。しかし昭和にはいってまもなく、にしんが突然獲れなくなった。さらに善作は4人の子供のうち3人が相次いでなくなる不幸に見舞われた。善作は樺太でニシンを獲る決断をする。

自身のファミリーヒストリーを見たトシは、自分の話とは思えないと話した。タカは、トシの先祖はチンパンジーだと思っていたので予想と違ったと話した。

旧樺太の真岡、現在のホルムスクに向かった善作。かつて樺太には40万人の日本人が暮らしていた。全国樺太連盟に保存された地図には三浦宅が記されていた。現在のホルムスクの人口は3万。日本時代の建物は全て取り壊されアパートになっている。善作は再びニシンでの成功を狙ったが5年後の昭和12年にこの世を去った。

善作の一人息子、敏は勤め人になっていた。水産加工品の品質を検査する地方公務員だ。のちに結婚した敏は樺太の本斗町字遠節で新婚生活を始める。昭和19年、敏は海軍から召集され、大井海軍航空隊で整備士の任についた。昭和20年には第七二五航空隊に配属され、特攻航空機・桜花の整備を命じられた。終戦を迎えた敏は樺太がソ連軍に侵攻されたことを知る。敏は家族を案じて樺太を目指すが、稚内から樺太に渡る方法はなかった。トシの祖母・フクは北海道に戻ろうと雨竜を目指した。北海道に向かう船には子供の乗船しか許されず、フクは先に子供だけを船に乗せることにした。子どもたちは無事に稚内にたどり着き、敏と合流した。それから12日後、フクも稚内にたどり着く。

一家は敏の故郷である余別に戻る。敏は北海道庁で再び水産物検査員の職につく。昭和24年に次男の法人、トシの父が生まれる。敏は厳しい検査をしたが、出荷が送れないよう夜中でも荷を受け付けた。敏は「嫌な顔して仕事をするな」「やる時は笑顔でやれ」との教えを説いた。高校を卒業した法人は函館にでて、自動車用品を扱う会社に就職した。2年後、法人はポニーキャニオンの前身、北海道ポニーに引き抜かれた。昭和45年、友人と食事にでかけた法人はトシの母・由美子さんと出会った。

ファミリーヒストリーを見たトシは、知らないことだらけだと話した。

トシの母・由美子さん。故郷は江差だが自らのルーツはほとんど知らない。由美子さんの叔母のチヨさんが、福井の三国港方面から祖父が来たようなことを言っていたのを覚えていた。また、江戸時代には鍛冶屋をやっていたという。三国町は北前船の中継地として栄えた港町だ。

北海道江差に渡った三國家は明治の中頃に鍛冶屋から漁師になる。トシの祖父・三國榮一も漁師だった。20歳になると陸軍に入隊、2年後のノモンハン事件で最前線に送られた。戦後、復員した榮一は結婚、照阿23年に次女でありトシの母でもある由美子さんが誕生した。昭和46年、法人と由美子は結婚。昭和51年に次男、トシが誕生する。

法人が働いていた音楽会社はレコード販売を主力としていた。ある日、法人の営業会議に1人の若者が乗り込んできた。名前は松山千春だ。2年後、松山千春は大ヒットを飛ばす。昭和56年、法人は千春から、一緒に仕事をして欲しいと頼まれ、法人はそれを引き受けた。法人はマネージャーを4年ほど務めた後、建設会社に転職した。

法人は高校生になった敏和からお笑い芸人になりたいとの決意を告げられる。法人は好きにせぇ、公開だけはするなと返事したという。平成6年、敏和と相方の鈴木崇大は高校在学中に吉本興業のオーディションに合格、8年後に東京進出を決意する。法人は父からの教え「嫌な顔して仕事するな」とのことを伝えたという。

トシの父が松山千春と関係があったことは意外だったと話した。母のルーツについても触れた。トシは、自身の先祖はなだらかに来てると思っていたと話した。

東京に進出し、すぐにお笑い番組に出演にするようになったタカアンドトシ。あっという間に全国区の人気者となった。祖父の妹であるチヨさんは、一度も会ったことのないトシに兄の面影を見ているという。伯父の捷彦さんは、誰が聞いてもうなるような芸能人になってもらいたいと話した。父・法人さんは現在も建設設備会社の営業マンとして働いている。取引先の人の多くは、法人さんの息子がトシだとは知らなかった。法人さんは、トシの披露宴での吉本興業の大崎洋社長のスピーチから、息子が自身の言ったことを守ってくれてることを知りうれしかったと話した。

キーワード
積丹町役場
札幌市(北海道)
鍬ヶ崎(岩手)
東日本大震災
宮古市役所鍬ヶ崎公民館
津軽石(岩手)
にしん
鍬ヶ崎漁業組合
余市水産博物館
全国樺太連盟
港区(東京)
桜花
函館(北海道)
みくに龍翔館
三国町(福井)
三國榮一
ノモンハン事件
松山千春
季節の中で
オンエアバトル爆笑編
タカアンドトシ
びっくり法律旅行社
世界びっくり旅行社
吉本興業
大崎洋

エンディング (その他)
03:02~

タカは、2日前のロケでずっとトシが愚痴っていたことを明かした。

NHKオンデマンドの案内テロップ。

「ファミリーヒストリー」の次回予告。

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