ファミリーヒストリー 渡部建・アンジャッシュ〜南北朝からの誇りグルメの遺伝子

『ファミリーヒストリー』(FAMILY HISTORY)は、NHK総合テレビジョンにて2008年から放送されている、ドキュメンタリー番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年10月25日(水) 22:25~23:15
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
22:25~

オープニング映像。今日のゲストはアンジャッシュの渡部建

アンジャッシュ 渡部建 (バラエティ/情報)
22:26~

テーマ曲「Remember me」くるり

渡部建の祖母とねさんは、パン屋や化粧品の販売などできる仕事は多く行なっていたという。また当時の想いを靖子さんは母親の思いとして「産ませておきながら、一人でさっさと逝って人に苦労させたな、とっちめてやるわ」と言ってみんなが大笑いしたという思い出を語った。息子たちは期待に応え、東京大学、九州大学へそれぞれ入学。次女の惠子さんも大手保険会社へ就職。昭和42年に見合い話が持ち上がった。その相手は後の渡部建の父渡部新次郎さん。

渡部建は、おじいさんに会えなかったが、ルーツを辿って正倫さんの人格に全てが説明がつくと語る。自分のおじいさんを誇りに思うと語る。おじいさんに対し家族を支えるという思いが強かったと渡部建が語った。今田耕司は「とねさんの話が面白かった」と語った。

渡部建は自身のルーツに関して気になっていることにて母方の梅本家であり、経歴が華々しい方々ばかりである等と語った。母親の恵子さんに関しては息子の建の活躍をテレビで見るのが楽しみであると紹介された。また、梅本家の兄弟に関してはアメリカン・エキスプレスの元社長さんやTBSの元常務取締役など輝かしい経歴の持ち主ばかりである。

渡部建の父のルーツを辿る。渡部建の父新次郎さんは長崎県長崎市の出身。長崎市に交流のある親戚はいない。郷土史家の村崎春樹さんと一緒に新次郎さんの生家があった場所をたどる。長崎歴史文化博物館を訪れると、昭和6年発行の長崎商工名録という本を見て、履物のお店で、渡部建の祖父、重男さんが下駄問屋を営んでいたことを突き止めた。つづいて途絶えていた親戚が見つかった。竹細工店を営む渡部貢さんは、渡部建の父新次郎さんといとこ関係にあるという。

渡部建のルーツを探るために浄徳寺へとやってきた。住職の羽山良成さんは寺の正式名は「梅本山浄徳寺」であり、梅本さんの名前を取っている等と述べた。また、寺に関しては梅本家のご先祖がおよそ530年前に建立したことが語られた。さらに梅本家のルーツを調べると和州吉野旧事記により、南北朝時代に足利尊氏に追われた後醍醐天皇を護る8人の当時の有力な豪族の一人が梅本家であることが判明した。だが、江戸時代になると兵農分離とかで武士身分を剥奪されてしまった。

渡部建の父新次郎さんは子どものころの楽しみとして、三菱長崎造船所から船をながめる楽しみがあった。新次郎さんは当時技術者になる夢があったという。その後太平洋戦争が勃発。その当時親戚の家に疎開。その後、長崎へ疎開。新次郎さんの姉にあたる北島美枝子さんは、当時爆心地からおよそ3km離れた自宅にいたという。新次郎さんは疎開先から自宅へ帰ると、家族は無事だったが、下駄問屋は燃えてしまった。そんな中一家を奮い立たせたのは新次郎さんの母「ハル」さん。「なんのこれきし耐えられぬことはない」と語っていたと北島美枝子さんが語った。やがて下駄問屋は再開。新次郎さんは名門海星中学に入学する。当時の成績が残っていて成績が非常に良かったという。その後、九州大学へ入学。続いて現在の東芝、東京芝浦電気へ入社。後輩だった広瀬宏行さんは、新しいことに興味を持ってやられている。諦めずに追いかけてものにすると語っていた。

新次郎さんと恵子さんの見合いが行われる。母の渡部恵子さんと病気療養中のため音声での応えで渡部新次郎さんが当時を振り返り、印象を語った。具体的な日取りを決めようとしていた新次郎さんに対し、一度は断りかけた恵子さんだが、新次郎さんは諦めきれず手紙を書いたことで実を結び、昭和42年10月に結婚。その後、昭和史に残る、三億円事件が起こり、狙われたのは新次郎さんが所属する会社のボーナス。内部犯行説もささやかれたため事情聴取を受けることになったという。家庭では長男長女が誕生。その後次男の渡部建が誕生。恵子さんは家庭料理の域を超えるほどの料理を腕前を持っていた。新次郎さんは昭和47年に交通分野の部署へ移動することになった。日本鉄道技術協会では新次郎さんが書いた論文が残されていた。さらにリニアモーターカーの開発にも携わっていた。退職するまでに50以上の特許取得に関わっていた。一方で恵子さんは子育てに追われていた。渡部建は大学2年の時に高校の同級生児嶋一哉とお笑いコンビを結成。恵子さんはすぐに受け入れたという。渡部建の姉の半田優子さんは母は、全面バックアップするスタンスだったと語る。父の新次郎さんは「それで食べていけるのかと聞くと3000人に1人しか生き残れないとお父さんより知っている」と手記を綴っていた。

今田耕司は、歴史的な事件に全て関わっていると語った。その時に光景を話したくなかったのではと今田耕司が語ると、渡部建は、デートや式の日取りをすぐに決めるのは父親っぽいと語る。今田耕司はデートで断っていたら、佐々木希との出会いもなかったと語った。ファミリーヒストリーを知って渡部建は家族に逢いたいと語った。

アンジャッシュが徐々に人気が出てき始めたころ、渡部建の父の同僚だった山屋貴嗣さんは、退職後の飲み会で、ダンボールに入った雑誌を配ったことがあったと語る。その雑誌はかつて務めていた会社のパソコンを紹介するアンジャッシュの記事がある雑誌だった。ジンメルマン・靖子さんはコントの動画で、ガンでセラピーを受けている友人がお笑いの動画をみせるとありがとうと言われる。健の仕事は本当にいいなと思うと語る。渡部建のよく行く店の料理長小岩浩高さんは、紳士的でいつもいろんな手土産を頂いていると語る。さらに帰宅した際には1時間以内に感動したというメールを受けてうれしくなると語った。さらに渡部建の母方の祖父、梅本正倫さんの満州時代に書き残した文章が見つかった。社員用のレストランを利用する際の心得を記していた。

梅本家のルーツに関する内容。武士身分を剥奪されてしまった梅本家だが、河川工事などを行ったことなどで地域の為に貢献し、功績評価されたので武士身分になることを認められた。その後、渡部建の伯父である梅本章夫さんを訪ねると代々伝わるものとして甲冑を見せられた。さらに甲冑の専門家である宮崎さんに見てもらうと時代は江戸時代の中期から後期にかかることの甲冑であることが判明した。

スタジオトーク。渡部建は自身の先祖におけるルーツを知って驚きを見せ、「俺は奈良というルーツすら知らないし、お寺の存在ももちろん知らないですし」等と興奮した様子で語った。

渡部建の先祖である梅本家の歴史に関する内容。建の祖父である梅本正論は京都帝国大学などを経て、南満州鉄道へと入社する。また、満鉄は鉄道以外に工場もあれば鉱山もあればと特殊な会社である等と述べられ、梅本正論は撫順炭鉱という満鉄を支える最大の収入源となる場所へと配属された。成長し、梅本正論は人事などを担当し、31歳の頃に職場近くで藤田さんと出会い、結婚した。梅本正論は藤田さんへの願いとして「子どもをたくさん産んでください」等とお願いした。また、九州大学付属図書館にて撫順炭鉱に関する資料が見つかり、当時の梅本正論氏の評価は「容姿が美しい、若紳士」等と述べられていた。その後は戦争となり、終戦2年後に日本へと帰還した。年齢は50歳にて昭和26年に亡くなった。

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南満州鉄道
長崎歴史文化博物館
長崎商工名録
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京都帝国大学
撫順炭鉱

エンディング (その他)
23:14~

ファミリーヒストリーの次回予告。

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