スタジオパークからこんにちは 明日へつなげよう 証言記録58「浦安市〜液状化」

『スタジオパークからこんにちは』は、1995年3月22日から2017年3月17日までNHK総合テレビジョンで平日午後に放送されていたトーク・情報バラエティ番組。基本的には生放送の番組で(ゲストトークは録画の場合もある)NHKスタジオパーク内のCT-450スタジオから毎週月曜日から金曜日まで公開生放送を行っていた(休止日は後述)。NHKとNHKエンタープライズ共同制作番組で、このほかにジェイクリップ、アズマックスなど外部制作会社が1社ずつ各回の制作協力として加わっていた。トークが基本路線でNHKで放送中あるいは放送予定の番組の出演人物をゲストとして招くという番組宣伝の要素もあるが、「ここが聞きたい」や「私スタイル」のコーナーでは番組宣伝から離れたトークが中心であった。略称は「スタパからこんにちは」、ないしは単に「スタパ」である。通算放送回数は3667回、出演ゲストは延べ2268人に上る。

出典:goo Wikipedia

放送日 2016年11月25日(金) 14:05~14:54
放送局 NHK総合

番組概要

明日へ つなげよう 証言記録 東日本大震災 第58回「千葉県浦安市~液状化の衝撃 水と闘った1か月~」 (バラエティ/情報)
14:05~

毎週金曜日は東日本大震災の特集をお伝えしている。きょう取り上げるのは、千葉県浦安市の液状化現象を取り上げた番組。

オープニング映像。

千葉・浦安市は世界有数のテーマパークで知られるが、東日本大震災では液状化現象が市内を襲った。地面に開いた穴からは地下水が湧き出し、水道管が外れて断水となり給水車に人々が並んだ。下水も使えなくなり、風呂やトイレが使えないという苦情が市役所に殺到した。復旧までの1か月を取材した。

東日本大震災で液状化となった千葉県浦安市は、昭和55年に埋め立てが完了し住宅地となった。住宅の完成後は毎年1万人が移り住み、人気の入船地区は30倍以上の倍率となったという。木造3階建てのタウンハウスは当時は珍しいものだった。住宅地の佐藤厚行さん・前田智幸さんは、働き盛りの時に日経新聞の広告を見て即買いした、周囲はみな家族ぐるみの付き合いで家ごとに持ち回りで飲み会をしたなどと答えた。

しかしあの日を境に入船地区の和やかな日々は一変した。敷地の階段は崩れ落ち、通路が避けるように陥没し、土砂が溢れ出した。タウンハウスの建物は液状化や地盤沈下で最大30cm傾いた。家が傾いたことは、前田さんの三半規管にも不具合をもたらした。

液状化により大規模な土砂の噴出や地盤沈下が発生した浦安市、その面積は市の4分の3に及び、発生した場所は全て海を埋め立ててできた地域だった。1960年代に東京湾の海底の土砂を掘り上げ遠浅の海に撒き埋立地を造成した。通常埋立地の地盤は砂の粒同士が固く結びつき地下水と混じり合うが、地震が発生すると砂の粒が離れ泥水のようになってしまう状態を液状化と呼ぶ。同じ埋立地でも地中深くまで杭を打ったマンションなどでは液状化による家屋の傾き被害は出なかったが、住民は液状化がもたらすもう一つの危機に直面している。

ある女性は液状化による断水被害に困ったと言う。食器が洗えないため近所の主婦たちと相談し、お皿にラップをし乗り切った。最も深刻なダメージを受けたのは医療現場。順天堂大学浦安病院で一日に使う水の量は400トンに上る。緊急時に備えた大型貯水タンクも一日で底をついた。可能な限り節水したが感染症などのリスクも考えられてしまい、治療をどこまで継続すべきかギリギリの判断を迫られた。

浦安市の災害対策本部では元自衛隊幹部を中心に対策が進められていた。公共施設などから一般家庭まで水道が復旧するまで水をどのようにまかなうかが課題。給水が始まると長蛇の列ができ、給水所に水を運ぶのに片道2時間かかることもあった。そこで元自衛隊幹部は横須賀に基地がある海上自衛隊に何かないか聞くと水船が2隻あるとのことで、3月13日に水船を浦安市に送ることにした。東北の救援が優先される中、浦安への支援命令が下ったのは突然のことだった。2隻の給水船を使った水の供給は多いときで1日150回を越えた。

順天堂大学医学部附属浦安病院の当時の院長は「自衛隊は病院に2人泊まりこんで車で往復してくれて水を運んでくれたんです」「本当にうれしかったですね」などと話す。水が届いたことで順天堂大学医学部附属浦安病院は1日1500人の外来患者を受け入れることができた。しかし透析治療は再開することができなかった。透析治療は病院で最も多く水を消費する部門、血液を浄化するのは15人の患者で7トンの水が必要になる。また使い終わった水を流す下水も使えなくなっており、完全に透析はできない状態に陥った。

浦安市内では水道管だけでなく下水道管も広範囲で寸断されていた。地上に飛び出したマンホールは120基に及んだ。市が下水道の現場調査に取り掛かると中には土砂が詰まっていた。3月13日、浦安市は下水の使用を控えるよう市民に求めた。入船地区に住む男性は「トイレがずっと使えず、みんなトイレに行かないように水も食べるのも我慢していた」「下水が使えないっていうのは結局水道が出ないのと同じことなんですよ」などと話した。

これまでの地震では下水道が土砂で埋まった例はなかった。なぜ液状化で被害が拡大したのか、地盤工学の専門家は「例えば下水管は地下2~3メートルのところに埋まっていて、造るときはパイプを入れてジョイントを付けて差し込んでいる状態で通常埋まっているが、液状化した後は(パイプが)大きく10倍くらいの振幅で揺れる」などと話した。液状化するとパイプの周囲は柔らかい泥水に包まれているので大きな圧力はかからないが、繰り返し揺すられることで接続部分が緩み抜けてしまう。

市役所には下水の復旧の目処を問う声が目立ち、多い時は1日100~200件の問い合わせが殺到した。下水道課の職員は11人で被害が膨大で復旧作業が追いつかなかった。震災から2週間を経た浦安市に東京都下水道局からプロが派遣されてきた。下水道に関しては必要に応じて各地の事業者が協力しあっている。各家庭の排水管から排水が流されるがそこに土砂が溜まっていたため詰まりが目立った。一軒一軒回って排水管を工事したが、庭の形態を家の人が変えていることがあるため多くの労力が費やされた。さらに、自然の勾配を利用して下水は処理場まで運ばれるが一か所が土砂で詰まると上流の家まで下水が溢れてしまう。今回使用制限を受けた家庭は最大で1万2000世帯に及んだ。

中でも被害を受けたのは老人ホームだった。前の人がトイレを流していない状況で次の人が使うため精神的に抑圧的な状況に陥ったという。結果として排泄がうまくコントロールできなくなるということに繋がったそうだ。水を流せない3週間、この施設は紙オムツをトイレ代わりに使った。

浦安市は仮設トイレを市内に設置して下水道の復旧を待った。しかし、災害対策本部で人頭指揮を取っていた男性は1000個程度の仮設トイレを地域に配っていて気付いたそうだ。夜は電気がないと真っ暗なため懐中電灯をつけるが外から排泄の動作が影絵として見え、防犯上悪かったという。さらにその仮設トイレは風で倒れてしまった。

連日押し寄せる市民からの声は日に日に切実さを増した。市民が欲していたのは「明確な復旧目処だった」と災害対策本部の危機管理監は話す。市長は4月15日までに下水道を復旧させると市に一石を投じた。市長は市民の声が大きくなりすぎたため無理だと感じても宣言したそうだ。下水道課の男性は「日にちを明確にするのが大事だと後から思った」と話した。復旧が必要な区間は60kmにも及んだが期日に向けてノウハウなどを駆使した挑戦を開始した。まず最初に立ちはだかった関門は「下水道に溜まった土砂をどう取り除くか」考えることだった。ベニヤ板を砕くほどの水圧が出るホースをマンホールから下水道に挿入し、土砂が固まっている部分に噴射する。1日に使う水の量は約300トンで土砂がなくなるまで繰り返された。水道も復旧していなかったため水を汲んでは使用していたという。ロボットカメラも投入し、破損箇所をより明確に把握した。壊れた部分だけを取り替えるためムダもない。東京都が投入した人材はのべ2000人で、まさに総力戦だった。4月15日に下水道は無事復旧し下水道の大切さに市民は気づかされた。

震災から1か月で水が自由に使える生活が戻ってきた。まず手を洗ったと女性は話し、男性は排泄物が流れるありがたさが身に沁みたと言った。しかし、危機管理監の男性は「運が良かった。東北に行く間隙に浦安を助ける体制を作れただけ」と話す。1ヶ月で下水道を復旧させられたのは奇跡でこれから大きな災害が来ることを日々念頭に置いて防災意識を持つことが大切だとした。

震災から5年で平穏な日々が戻ってきた千葉県だが、今後も液状化現象が起こるかもしれないという不安に苛まれている。「子の代、孫の代にこの土地を渡して良いのか」という不安と疑念が市民から寄せられたという。そこで、住宅地の区画に壁を埋め込んで地盤を強化する対策が提案された。国の復興金と地域の補助金で多くを賄うが平均200万円かかるため、すべての家々が参加しなければいけないが意見はまとまらなかった。将来の液状化を防ぐための地盤改良。ようやく一部の区画で工事が始まろうとしているが今後の道のりは容易ではない。

入船地区でも液状化対策として、70戸の住民が費用を出し合い、共同でマンションに建て替えようというプランが5年間にわたって話し合われた。しかし意見が分かれて感情的な対立が出てきているという。挨拶をしないくらいになっていると住民は話す。液状化の問題は建物のみでなくそこに暮らす住民の人間関係も壊す可能性がある。マンションの建設は未だ結論が出ていない。それでも共に暮らすためには絆を取り戻さなければならないため住民たちは中断していた夏祭りを復活させた。現在奥さんを亡くして一人暮らしの佐藤さんの自宅にかつてのようにご近所さんが訪ねてきた。これは嬉しかったと佐藤さんは話す。なんてことのない会話に和みがある。そういった一つずつのことが大事。人間関係こそ地域の財産であると思うようになったと語った。

ようやく水道が復旧しても、下水が流せずに使えない。液状化に襲われた浦安の人たちが体験したのは、都会の暮らしを支えるライフラインの脆弱さ。それもふまえて、普段から備えを考えることが大切だと話した。

明日へつなげようでは、これまで復興サポートとして、被災地が抱える課題をどう解決するかを考えてきた。孤独死対策や、商店街の再生など、今、被災地だけでなく、同じような課題に直面している。そこでNHKでは、21日から27日までの一週間を地域づくり週間として、解決策を考え、地域を元気にする番組を放送する。23日からの「ふるさとの希望を旅する」。24日のあさイチの「地域ねこ」。27日の「サキどり」、「明日へつなげよう」などの番組宣伝。 番組の一部はNHK地域づくりアーカイブスでも紹介している。 また、各地の取り組みをHPで募集し、紹介している。

宮城県、女川町からの声を紹介。町の中心部理髪店をやっていた木村さん。3.11で店舗兼住宅は流されたが、3か月後に店を再開。「ていねいとくつろぎを大切にしています」とコメント。牡鹿半島で旅館をやっている佐藤さん。災害時は、地域の約270人の人が避難場所としてその旅館を使っていた。知り合いから、旅館は地域の中核になる大事な仕事、地域雇用にも貢献していると言われ、「今も毎日一生懸命頑張っている」とコメントした。

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液状化現象

エンディング (その他)
14:53~

スタジオパークからこんにちはの次回予告。

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