被災地からの声 首都圏編

『被災地からの声』(ひさいちからのこえ)は、NHK総合テレビが2011年3月20日に放送を開始したNHK仙台放送局製作の地域情報番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年3月11日(月) 2:50~ 3:14
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
02:50~

オープニング映像。

被災地からの声 (バラエティ/情報)
02:50~

今回は、原発事故を受けて福島県から首都圏に避難した方の声を紹介。同じ東北地方に避難した人は約5600人。一方、首都圏に避難した人は約1万人以上になり、現在も首都圏に残って生活している人は多くいる。

今も約3200人が福島県から埼玉県へ避難している。さいたま市にある県の施設では月2回、避難者と首都圏の人々が交流。取材班が訪れた日はクリスマス会が開催され、20人近くが集まっていた。渡部まゆみさん(61)は、東京に嫁いだ娘を頼って大熊町から埼玉県中央区に避難。大熊町には福島第一原発があり、自宅のあった場所は中間貯蔵施設になったという。帰還できないため埼玉に住宅を購入し、家族5人で暮らしている。この冬、先祖代々のお墓も埼玉に移した。渡部さんは「元に戻らないし、戻りようがないですから…。自宅を壊す時、立ち会う勇気はなかった。お墓は、今じゃなくてこれからのことを考えてあげないとね。一番悔しいのは、あの場所がなくなったこと。家の周りから食材を採ってきて、それを食事に出す。それが一番の幸せだったんでしょうね」と語った。そして、「波風ひとつ立たない人生など無い!だから前を向いて行く」と今の気持ちを書き記した。

埼玉県鴻巣市のパン屋で働いている加村一美さん(69)。福島県大熊町にあった加村さんの自宅は帰還困難区域に指定され、妻の実家がある埼玉県行田市に避難した。大熊町ではパンと洋菓子の店を経営し、駅前の店は多くの町民に愛されていた。人気があったクッキーを今の店で復活させ、それが好評を得ているという。 加村さんは「早い段階では田舎に帰ってやってみたい気持ちがあった。行田は落ち着いた風土があり好きです。今は妻と2人暮らしで、互いに趣味を持って好きなことをしながら生活をしています。妻の実家も近いし、ここにいるのが一番いいのかなと思います」と語った。加村さんは敬けんなクリスチャンで、原発事故の後は信仰が支えだったそう。「神の御心は何かをいつも思いながら、これからも歩んでいく」と書き記した。

福島富岡町から埼玉県白岡に避難した藤田直美さん(58)。夫は病気のため杖が必要で、藤田さんも避難後に体調を崩し、「夫婦だけでは戻れない」と考えて避難指示が解除された後も埼玉に残ることを決意。しかし、故郷への思いも断ち切れず、富岡町の自宅をリフォームしたばかりだという。藤田さんは「主人の富岡町に住みたいという気持ちが徐々に強くなってきている。友達も戻っているので、なんとなく気持ちが揺れている。何年先かはわからないけれど、早く帰りたいなと思う」と語った。藤田さんは「いつかは帰るよ。故郷(とみおか)へ」と書き記した。

埼玉県加須市は、福島第一原発がある双葉町から多くの人が避難した。今も416人が暮らしている。小畑明美さん(51)と息子の大地さん(14)は、おととしに建てた自宅で二人暮らし。埼玉の学校に慣れた大地さんの生活を優先させ、そのまま埼玉に残ることを決意したという。明美さんが「周りは“あれから7年、8年たったね”という感じだが、自分の中ではまだ昨日のような気持ちもある。失ったものが多いですから。風化させない、継承していきたいという思いがある」と、大地さんが「双葉町には行きたい。どんな状況であれ自分の育った町だし、自分のいた所なので。自分の目で見たい」と語った。そして、「故郷は忘れない」と書き記した。去年、一緒に避難してきた明美さんの夫は54歳で亡くなったそう。

津田喜章がVTRのを振り返り、「首都圏で第二の人生を歩み始めた方には、“戻れません”という方、“やむなく戻りません”、“戻りたいけど戻れません”という方々がいる。大事なのは、こうした方々を通して、真面目に生きてきた人の人生を狂わせた原発事故の罪を多くの人が知ること」

東京都には今も約3800人の福島県民が避難している。福島県双葉町から娘を頼って東京・府中市に避難した佐藤孝一さん(75)。高齢の親を心配する娘の気持ちを考え、悩んだ末に東京に残ることを決意したという。3年前に府中に自宅を建て、双葉町の避難者が交流する会も結成した。現在の会員数は約90人。年5回ほど集まって交流を深めているそう。佐藤さんは「双葉町への思いは完全には吹っ切れない。『向こうにいたほうが良かった?』と妻と話もする。ここの生活に慣れないといけないんだけど」とコメント。そして交流会を結成したことについて「環境が変わると引きこもりの可能性が出てきて孤立化してしまう。なんとか双葉の町民が一堂に会して、双葉の方言で話がしたいなと思った。一番最初に集まった時は楽しくて。これが一番」と語った。双葉町は福島第一原発があり、帰還希望者は極めて少ない。町を愛する佐藤さんは、次の世代に復興を託したいという。佐藤さんは「復興とは町をつくることも大事ですが、人の心を取り戻すことである」と書き記した。

東京・八王子市では震災前の福島県富岡町の姿を伝承していく取り組みが行われている。主役は富岡町出身の若者たちで、年配者に町の思い出を聞いて冊子を作成。大学4年生の坂本秀美さんと平良杏太さんは、原発事故の時は中学2年生だった。突然の転校に戸惑った上、「放射能ってどれぐらい浴びたの?」「がんになるんでしょ?」と言われ嫌な思いをしたという。坂本さんが「私の出身地は“原発の富岡”ではなくて、福島県の富岡町なんです。だから、恥じないで言おうと思います」と、平良さんが「避難先の千葉県出身って言えばいいやと思っていた時があった。でも、相手がどう受け止めようと事実は変わらないので、自信を持って『富岡出身』と言えばいいと思った」と語った。坂本さんと平良さんは「富岡町はココロの休憩所」と書き記した。

津田喜章がVTRのを振り返り、「胸を張って『富岡町出身』と言う決心をした若者の思いを、一人でも多くの人が理解してほしいと思います。子どもの思いを汲んで避難先に留まる決心をした人も決して少なくありません。避難した方々は、一緒に避難した家族を亡くしているケースが多い。避難と死亡との間に因果関係が認められた震災関連死の方もいらっしゃいます。原発事故が引き起こした現実として、こうした面もしっておいていただきたい」と語った。

番組では視聴者からの声を募集中。NHK仙台ホームページ、または番組携帯サイトまで。いただいた声はNHK仙台ホームページに掲載。

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