ホリデーインタビュー “負けず嫌い”を貫く〜プロ棋士・谷川浩司〜

ホリデーインタビューは、NHKの総合テレビとNHKワールド・プレミアムで、祝日の6:30 - 6:53(JST)に放送されていたインタビュー番組である。1993年4月29日放送開始。

出典:goo Wikipedia

放送日 2013年11月4日(月) 6:30~ 6:53
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
06:30~

将棋の駒に歯形を残すほど負けず嫌いの少年だった、プロ棋士の谷川浩司九段に迫る。谷川の攻めは光速流と呼ばれている。谷川は21歳で将棋会の頂点に登りつめた。日本将棋連盟会長に就任した谷川に、次の一手を聞く。

キーワード
将棋

“負けず嫌い”を貫く~プロ棋士 谷川浩司~ (バラエティ/情報)
06:32~

谷川浩司は5歳の頃将棋と出会い、最初のライバルは兄・俊昭さんだった。谷川は「喧嘩が少しでもなくなればと、父が将棋盤を買ってきたのがきっかけ」と明かした。谷川は「駒を投げつけたり、噛んだりした」と話し、「将棋は負けず嫌いじゃないと長く続かないのでは」と述べた。

神戸・三宮で夏休みに行われた将棋のイベントで、小学生の谷川浩司と内藤國雄さんの対局が組まれた。内藤國雄九段は「中盤から終盤への感覚が優れていた」などと当時の谷川を振り返った。谷川は「大きな自信になった」などと当時を語った。

関西将棋会館で、谷川浩司は「たぶん私が一番多くここで公式戦を対局している」などと話した。21歳で新名人になった頃を谷川は「勝ちが分かったときに体が震えた」と振り返り、「他の名人と比べると、自分が劣ることは分かっていた」などと話した。

谷川浩司は11歳で奨励会に入会し、14歳でプロ棋士になった。昭和58年、21歳の時に加藤一二三名人を破り、谷川は新名人になった。

関西将棋会館で、谷川浩司は「若い頃は天才と言われることに抵抗があった」などと明かし、「才能は毎日の積み重ね」と語った。谷川浩司は「自然に将棋に打ち込むことが出来た」と20代を振り返った。

谷川浩司が29歳の時に四冠を手にした時、羽生善治が台頭していた。平成4年の第5期竜王戦で羽生が谷川に挑み、谷川は逆転負けを喫した。谷川は「自分でかってに転んだ」と当時を振り返った。谷川は「羽生さんと対局するときだけは不安が常にあった」などと明かした。

平成8年、谷川浩司はタイトルをすべて失った。谷川は「自分自身を見失っていた」と、羽生善治との対局を振り返った。その後、谷川は竜王の座を取り返した。「名人位」を通算5期獲得し、17世名人の称号を得た。40歳で通算1000勝を達成した。

2012年12月、谷川浩司は日本将棋連盟の会長に就任した。神戸市の自宅で谷川は「女性ファンも増えてきた」と示し、「様々なファンのニーズに応えられる仕掛けをしていきたい」と話した。谷川は「将棋でいろんな力が身につく」と語った。順位戦のA級は32年目に入り、連続記録を更新していて、谷川は現在最年長。

谷川浩司は50代であることに触れ、「戦い方は少しずつ変わってくる」と述べ、「最先端で戦いたい気持ちはあるが経験が生きるような戦い方ができれば」と話した。谷川は「負けたくない気持ちがなければ、現役で続けている意味がない」と述べた。

2013年9月、谷川浩司は第21回達人戦で6年ぶりに羽生善治に勝ち優勝した。谷川は「いいこともあるんだなと思いました」などと述べ会場を沸かせた。谷川は「将棋も頑張りたい」と示した。

キーワード
将棋
三宮(兵庫)
奨励会
加藤一二三名人
谷川俊昭さん
羽生善治
神戸市(兵庫)

エンディング (その他)
06:52~

エンディング映像。

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