プロフェッショナル 仕事の流儀 歩み続けるかぎり倒れない 経営者・大山健太郎

『プロフェッショナル 仕事の流儀』(-しごとのりゅうぎ)は、2006年1月10日に放送が開始されたNHK総合テレビジョンの情報・ドキュメンタリー番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2014年2月24日(月) 22:00~22:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

アイリスオーヤマの経営者、大山健太郎を特集する。生活用品を扱うアイリスオーヤマは年商2600億円、フィリップス社から業務提携を求められるまでに成長。ビジネスの最前線に立ち、震災復興のフロントランナーとしての期待も背負っている。

主題歌:Kokua「Progress」

キーワード
Kokua
Progress
フィリップス社

歩み続けるかぎり、倒れない 経営者・大山健太郎 (バラエティ/情報)
22:03~

番組ホームページ・番組Twitterが表示された。

即断即決をモットーとする大山健太郎、だがある家電商品の提案に珍しく迷っていた。センサーで人を検知し、首をふる新しい扇風機。アイディアは悪くないが、センサーの形などまだ未知数の部分が多くなっている。開発チームのメンバーは商品化したいと、大山健太郎を説得する。ところが、センサーの動作確認がまだ完全でない事が分かった。大山健太郎は、次のプレゼン会議でセンサーの課題をクリアする条件でOKを出した。判断に迷った時大山健太郎は「プレゼンテーターの意欲をみる。人を信用する」と話した。

68歳の大山健太郎は、水泳やジョギングなどを続けておりどんなに忙しくても体を動かす習慣を保っている。アイリスオーヤマの本社は宮城角田市、30年間黒字経営。プラスチックを加工する技術を武器に、ガーデニング用品やペット用品、収納用品など消費者のニーズを先取りした商品を輩出してきた。

大山健太郎の会社では、社員全員が声に出して企業理念を読み上げる。第一条は、「会社の目的は永遠に存続すること」とある。昭和20年大山健太郎は、プラスチック部品を作る町工場の長男として産まれた。高校3年の夏、父親の余命がいくばくもないと知らされ、19歳の若さで社員5人の小さな工場を継ぐことになった。頭を下げて下請け仕事をもらい、寝る間を惜しんでこなした。弟の大山繁生は、当時の大山健太郎の姿が目に焼き付いて離れないという。

大山健太郎は、毎週行われる一日がかりのプレゼン会議に出席。多くの会社では、企画を通すには様々な役職の承認を要し、社長に届くまで異論があればそこでストップになることもあるが、大山は70件以上の提案を直接、即断即決で裁く。企画から3か月で販売に至る商品も。「自信を持って(提案者に)アクセルを踏ませる」ことが流儀であり、またこれにより売上高に対する新商品の割合が5割以上と特徴的な結果を出している。

3年前に起きた東日本大震災、宮城の工場も大きな被害を受けたが、アイリスオーヤマは自社商品を無償で提供した。被災地の企業として大山健太郎は、会社を続ける大事な責任が加わったと考えていた。

開発チームは翌日に、早速ミーティングを行った。センサーの課題は、設計担当の小野恭裕に任せられ、性能の確認と平行してさらなるセンサーの改良に取り組みはじめた。プレゼン会議当日、小野恭裕らはセンサーの課題を克服し性能のアップさせ、すべての質問に自信を持って答えた。大山健太郎からOKが出て、商品化が決定した。

大山健太郎は、「コメ」で大きな勝負に打って出ようとしていた。すでに去年から独自の精米作業を行っており、コメのフレッシュさを保つため低温管理や酸化を防ぐ工夫を行った。さらに、3合に小分けすることで気軽に簡単にコメが食べられるよう目指した。過去50年で日本人一人あたりのコメの消費量が減っている。しかし、大山健太郎はそこにことビジネスチャンスがあると意気込んでいた。しかし、去年12月7日コメを扱ってくれるスーパーが一向に増えないとの声があがった。さらに、ホームセンターで売り始めたものの認知度は低く売上は予想をはるかに下回った。

大山健太郎の、中国大連の自社工場視察の模様を紹介。この工場では会社売上の2割を占めるLED商品を生産、当初は売上が伸び悩んだが大震災から2週間後、大山は節電・省エネ思考を読み取り増産を指示して市場を席巻した。毎年1000以上の開発に携わっているのは「恐れず打席に立ち続ければ勘もさえる」から、という。

なんとか自社製品を作って今の状態から抜け出したいと、真珠の養殖用ブイをプラスチック製にしたりするなど会社の規模は拡大していった。需要が多い宮城に土地を見つけ工場を建て、約10年で年収10億社員150人となった。そんな時に、オイルショックが起き、あおりをまともに受けてしまった。そして、リストラを行った。2度と社員を切らなくていい方法がないかと考えたところ、今まで手がけてきた産業用の製品は史上の浮き沈みをまともに受けるため、直接消費者に届けるのはどうかと考えた。植物のプランターを開発し、大ヒットし、会社は息を吹き返した。社員からのアイディアを引き出そうとプレゼン会議を活性化し、次々とヒットを産みだした。

大山健太郎がこだわる社内環境を紹介。プレゼン会議の部屋には大きな鏡があり、後席に座る社員とも目線が合うことで良い緊張感を生み出し、社員の働くフロアでは、パソコンと個人のデスクを分けるなどしている。

1月上旬、大山健太郎は関係者を招き新年の催しを開いた。米産業について地元の熱い視線を集めており、これからも積極的に販売していきたいと、その場で発表した。

大山健太郎は現状を打破する戦略を温めていた。それが広告戦略で、米の販路開拓のメンバーに託した。リーダーの砂田敏之は期待の人材だとされており、広告を出すにあたりどのようなメッセージを出せばよいのか、作戦会議を開いた。

大山健太郎は広告戦略を加速させたり理由があり、この日は建設中の巨大精米工場を訪れた。完成すれば数万トン規模の保管を出来るようになりなるという。しかし、広告戦略の会議では砂田敏之から満足できる広告案が提案されなかった。

この日、大山健太郎は広告代理店から提示された新聞広告案の内容をチェック。鮮度を売りにした広告案だったが、大山健太郎の考えとは違い、担当者に米に対する自らの思いを熱弁した。

大山健太郎は社長として社員の心に火をつけなければいけないと考えている。広告戦略チームは東京・飯田橋で再び戦略会議を開き、この日は新聞広告が最後まで議論された。担当者の中嶋宏昭は新しい新聞広告案を提示、グラムあたりの安さを売りにすると報告した。

中嶋宏昭の新聞広告戦略。会議では良い評価を得られなかったため、大山健太郎に直談判した。熱弁の結果、案を採用され大山健太郎は笑顔で剥げました。

大山健太郎がプロフェッショナルについてトーク。知っていることと出来る事は違い、いくら知っていても出来なければ意味は無い。最後まで諦めずに行うことがプロフェッショナルの条件だと話した。

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角田市(宮城)
大連(中国)
飯田橋(東京)

エンディング (その他)
22:47~

プロフェッショナルの次回予告。

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