NHKスペシャル 戦後70年 ニッポンの肖像 日本人と象徴天皇「第1回」

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2015年4月18日(土) 21:00~21:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

先週天皇皇后両陛下がパラオ・ペリリュー島を訪問された。太平洋戦争では相次ぐ空襲で焦土と化した日本、皇居も例外ではなかった。御文庫と呼ばれる防空壕で昭和天皇は終戦を決断をした。

キーワード
天皇皇后両陛下
ペリリュー島
昭和天皇

戦後70年 ニッポンの肖像 日本人と象徴天皇「第1回」 (バラエティ/情報)
21:02~

オープニング映像。戦後、国の統治者だった天皇が神から象徴となった。

1945年8月30日ダグラス・マッカーサーが厚木に到着、マッカーサーは日本の民主化を図ることを目的としていた。最大の焦点は天皇の処遇をどうするか。9月27日昭和天皇はマッカーサーに会うためアメリカ大使館に向かった。当時の宮内省で働いていた山本充さんによると戦前使っていた御料車が溜色だったのに対しこのときは目立たない黒色に変わっていたといい、「戦争に負けるということはこういうことかって」と話した。アメリカ大使館公邸の一室で向き合った昭和天皇とマッカーサー、昭和天皇は占領政策への協力を明言したという。マッカーサーは天皇を処罰せず、その権威を占領政策に利用する方針を固めた。

終戦から3か月、GHQは矢継ぎ早に改革を進めていく。1945年11月30日陸海軍が解体、昭和天皇は小池龍二を始めとした侍従武官8人と別れを交わし自らの軍服を渡したという。ある侍従武官の日記には「御頭を傾けられてすすり泣き給ふ」と書かれていた。当時の世論調査では天皇制の支持率が95%で戦争に負け陛下に「お詫びのしようがないんです」などの声がある中、一方で改革が進む中「天皇と言うものが『責任者』とは言えないと思う」などの声もあった。

戦後、ダグラス・マッカーサーは日本の天皇の地位を利用しようと考えた。アメリカは、日本に対して憲法改正案の草案を提出、その条文には天皇は政治的力は持たない日本の象徴であるという文章が記されていた。この文章を巡って日本とアメリカは対立し、特に象徴という言葉の解釈について議論が紛糾した。

日本国民は深刻な食糧不足に苦しんでいた。国民25万人が皇居前に集まり、天皇に対して訴えをおこなった。こうした最中の1946年、日本国憲法が発布され、天皇は象徴となった。

作家の保阪正康さんは、当時幼くあまり記憶がないというが両親がもう戦争はしないということにとても喜んでいたのは覚えているそうだ。御厨貴さんは、象徴という言葉の曖昧さにこそ意味があるのではないかと述べた。

GHQは、天皇自ら巡幸することで疲弊した国民をねぎらうことができると電報を打った。昭和天皇はそれに同意し、全国を巡幸してまわった。当時天皇から話しかけられた石川さんは、緊張したと述べた。天皇は復興の要となる農村や工場、学校を重点的にまわった。

天皇に歌を教えていた岡野弘彦さんは、天皇にも戸惑いがあったように見受けられたと話した。明治天皇が積極的に巡幸を行うようになると、民衆も積極的に天皇を出迎えるようになった。

東京裁判が最終局面を迎え、明治天皇の進退を巡って議論がうまれた。日本刷新のためには明治天皇が退位するべきだという意見が新聞に寄稿されるなか、当時の世論調査では約7割の人が在位してほしいという考えだった。裁判の結果、昭和天皇は退位しないことに決まった。

巡幸について、保阪さんは昭和史で最も役割を果たした行動だと考えている。当時の天皇というのは虚構という迷信が流布していた一方で、実際の天皇を目の当たりにすることで国民の自己解放に繋がったのではないかと述べた。御厨さんは、巡幸によって昭和天皇が自信をつけたのではないかと述べた。

マッカーサーは日本に対して講和を持ちかけることを示唆した。連合国との交渉を担当した芦田均は、明治天皇と他国の情勢を伺いつつ交渉を進めた。明治天皇はアメリカと協力するべきで、冷戦下の連合国側につくべきだと考えていた。

日米講和にあたって、芦田はアメリカに対して沖縄返還を要求した。これに対してマッカーサーは反対、日本と沖縄を切り離して考えるべきだと主張した。天皇は、この状況に対して沖縄を日本からアメリカへの長期租借というスタンスを提案した。このころ、外国では朝鮮戦争をはじめとした戦争が起こり始め、日本はサンフランシスコ講和条約によって連合国につくとともに独立を達成した。

新生日本の象徴たる現在の天皇は、エリザベス女王の戴冠式に出席するなど精力的に日本の地位向上を国内外にアピールしていった。

日本国憲法第一条の「天皇は、日本国の象徴」を紹介し、「日本人と象徴天皇」というテーマで伝えると話した。

保阪さんは、独立当時の状況を覚えているという。外国人にからかわれるという事はよくあることだったそうだが、独立してからは言い返せと学校の先生に教えられたそうだ。御厨さんは、独立にあたって過去の失敗を肯定したところに価値を見出していた。

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東條英機
芦田均
ポーランド
中華人民共和国
ポツダム宣言

エンディング (その他)
21:48~

エンディング映像。

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