NHKスペシャル 未解決事件 File.04

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2015年4月12日(日) 0:50~ 2:05
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:50~

20年前に発生した地下鉄サリン事件の死者は13人、負傷者は6300人にのぼった。これを受けてアメリカの海兵隊では訓練が開始された。オウム真理教の教祖と幹部ら合わせて13人は死刑が確定している。しかし最近、オウム真理教に入信する若者が急増しているという。この事件の捜査関係者は200人にのぼっている。

キーワード
地下鉄サリン事件
オウム真理教
海兵隊

オウム真理教 地下鉄サリン事件 (バラエティ/情報)
00:55~

オウム真理教の教祖は死刑が確定し現在東京拘置所に収容されている。教祖は全く動かず瞬きもすることなく、精神が壊れているようだったという。オウムから名を変えた「アレフ」は国の観察処分を受けているが、社会に居場所のない若者が集まり入信者を増やしている。

オウム真理教は1984年に「オウム神仙の会」という名のヨガサークルから始まり、1万人の信者を抱え、教祖は選挙戦にも出馬した。その裏で教祖は、社会に対する破壊願望を増幅させていったという。

1995年3月20日「地下鉄サリン事件」が起きた。教祖は5人の幹部に通勤ラッシュ時に地下鉄・霞ヶ関駅でサリンを撒くよう指示を出した。電車の車内には11袋のサリンが新聞紙に包まれ持ち込まれ、6000人以上が被害にあった。一番被害が出たのが小伝馬町で、被害者は1699人にのぼっている。ホームにサリンの袋が出てしまったために被害が拡大したと見られている。警視庁 捜査支援分析管理官付警視正・医学博士の服藤恵三さんは、人を殺す目的で撒かれているため非常に恐ろしいと話した。事件で娘を亡くした岩田キヨエさんは、悲しみや悔しい気持ちを語ってくれた。

1989年には坂本弁護士一家殺害事件を起こしたオウム真理教は、大量破壊兵器の開発を進めていた。この当時警視庁はオウムに対する極秘調査を行なっていたことが明らかになった。捜査に携わっていた元警視庁捜査一課の小山金七さんの日記を、兄の賀奈男さんが見せてくれた。寺尾正大さんの指示で、1991年から捜査は始まっていた。極秘捜査員の1人だった高野正勝さんは、都内にある複数の教団施設を張り込んでいたという。

日記にはわずか2週間でオウム真理教の拠点や組織の内情を把握していたことが記されていた。この時、坂本弁護士一家殺害事件の実行犯の内偵が指示されていたという。しかし2ヶ月後には警視庁の動きが神奈川県警に伝わったことから捜査は打ち切りとなってしまった。高野正勝さんは、あの時踏み込んでいればと後悔の気持ちを語った。

1993年3月、オウム真理教は山梨県旧上九一色村でサリンの開発に着手し、純度70%のサリンが作られた。そして1994年6月27日には死者8人・負傷者140人以上を出す松本サリン事件が発生した。

宗教法人であるオウムへの捜査は容易には進まなかったと元警視庁刑事局 幹部の安村隆司さんは語った。またオウムは事あるごとに捜査への抗議を行なったという。その後、第七サティアンから異臭がし、周辺の植物が枯れ、土壌からサリンの残留物が検出されたことで、製造可能なサリンの量を推計すると東京の人口の1/5を死に至らしめる量だった。これを受け、オウムの実態解明の捜査が警察庁長官の國末孝次さんより指示された。

全国の警察に指示を出す司令塔・警察庁が動き出した。元警察庁刑事局長の垣見隆さんは、長野県警からオウムがサリンの原材料となる薬品を大量に購入していたという報告書を受け、山下計画を実施した。

オウムの施設の周辺でサリンの残留物が検出されたことが報じられ、1995年1月17日には阪神・淡路大震災が発生し警察は総動員で対応に追われ、オウムに知られる前に奇襲をかけるという山下計画は大幅な見直しを迫られることとなった。またサリンを製造した元信者は教祖に「70tのサリンを作らなければ救済が失敗する」と言われていたと話した。

地下鉄サリン事件の20日前にオウム真理教から家族を脱会させようとしていた男性が警視庁の管轄下で拉致され、元警視庁捜査一課の寺尾正大さんが指揮することとなった。捜査に当たった山田正治さんは、寺尾さんから「いつでも強制捜査できるように用意しておけ」という指示を受けていたという。

一刻も早く強制捜査を行いたい警視庁の寺尾正大さんに対し、警察庁の垣見隆さんは大量のサリンを保有するオウムが反撃に出る可能性が高いと見ており、サリンの製造拠点も同時に叩く必要があると考えていた。単独で動く可能性を示唆した警視庁は、強制捜査を3月18日に着手しようとしていたことが今回の取材で明らかになった。

警視庁の元警視総監の井上幸彦さんは誘拐された男性を助けるためにいち早く捜査に踏み切りたいとしており、一方一斉の強制捜査を望む警察庁の元警備課長・近石康宏さんは、サリンへの備えが不十分なまま直ぐに強制捜査に踏み切るのは危険だと考えていた。強制捜査の着手日は22日に決定した。しかしオウムは報道後、サリンプラントを神像で隠蔽し全てのサリンを廃棄していたという。そして警察の強制捜査を知ったオウムは、地下鉄サリン事件を実行した。警察は22日に強制捜査に入ったものの事件に間に合うことが出来なかった。

麻原逮捕の瞬間をとらえた写真が流れた。麻原はその後の裁判で地下鉄サリン事件の真相を語らず沈黙した。被害者へのアンケートでは9割を超える人達が事件は終わっていないと答えた。法定で6年間にわたり麻原と向き合った元裁判長の阿部文洋が初めて取材に応じた様子が流れた。麻原と弁護士とのやりとりを記した接見記録を入手しそこには地下鉄サリン事件について事件の2日前に教団NO.2で事件直後に刺殺された村井秀夫らから「サリンを撒くしかない」と言われたと主張し麻原は神々が嫌がると一旦は止めたと主張したと記されてあった。

キーワード
アレフ
オウム真理教
地下鉄サリン事件
警視庁
坂本弁護士一家殺害事件
松本サリン事件
サリン
上九一色村(山梨)
オウム
國松孝次
警察庁
阪神・淡路大震災
阿部文洋
上出勝

エンディング (その他)
01:57~

アレフの信者だった男性は麻原が事件に関わったとは思えなかったという。初めての化学テロに直面した警察は事件の後、専門の部隊を各地に配備し管轄を超えて広域操作ができるように法律も改正した。

キーワード
霧木康浩
  1. 前回の放送
  2. 4月12日 放送
  3. 次回の放送