NHKスペシャル 自衛隊と憲法 日米の攻防

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2013年8月15日(木) 0:40~ 1:40
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:40~

海外へと活動の場を広げている自衛隊と見直しの議論が行わている憲法が、どのように歩んできたのかを特集する。

自衛隊と憲法 日米の攻防 (バラエティ/情報)
00:44~

社会部デスクの小貫武がオープニングの挨拶を行い、第9条の条文や集団的自衛権の行使についてスタジオで解説。さらに、自衛隊が海外に派遣された内容を紹介。

日米の安全保障に関する機密文書が、請求からおよそ10年を経て開示された。アメリカの公文書の分析をしているシンクタンクで、湾岸戦争を巡る当時のアメリカ大統領と日本の総理大臣の電話会談の記録を紹介。この電話がその後も続くアメリカから日本への働きかけの出発点となり、ベルリンの壁崩壊で東西の冷戦が集結し、代わりに世界各地で始まった紛争、アメリカは冷戦後の新しい秩序作りの主導権を握ろうとしていた。

湾岸危機を巡る当時のアメリカ大統領と日本の総理大臣の電話会談の記録を紹介。ブッシュ大統領は改めて軍事的な支援を要請したが、海部総理は憲法の理念から多国籍軍への参加はできないと伝えていた。

アメリカから軍事的支援を求められた元首相の海部俊樹さんに、今回開示された電話会談の記録を見てもらった。海部さんは当時の緊迫したやり取りを話し、同盟国アメリカの求めとはいえ憲法9条に抵触する命令を自衛隊には出せないと考えていたという。

日米首脳による自衛隊と憲法を巡る攻防で、アメリカ側は湾岸危機を自衛隊の運用を変える絶好の機会と捉えていた。元米駐日大使のマイケル・アマコストさんは、海部総理が一度断ったあとも自衛隊の派遣を促し続けたという。

アメリカから繰り返し要請を受ける中、海部さんの念頭にあったのは先の大戦だったという。自らの戦争体験から自衛隊の運用は、慎重であるべきと考えていた。判断を迫られた海部さんは、大きな影響力を持っていた元官房長官の言葉を支えにしていたという。

最初の電話会談から2ヶ月後、海部総理はブッシュ大統領との首脳会談に臨む。今回見つかった資料でその詳細が明らかになり、ブッシュ大統領は日本の立場に理解を示した上で、速やかに経済的支援を求めていた。自衛隊の派遣を求め続けたアマコスト米駐日大使は、アメリカに送った報告書に日本の憲法の壁を乗り越えるのは容易ではないと記している。湾岸戦争への自衛隊の派遣を断った日本は、1兆円を超える経済的支援を行う。しかし、それは小切手外交と批難を浴びる結果となる。

社会部デスクの小貫武がスタジオで、自衛隊が海外に派遣された内容を解説。

自衛隊を国際貢献のために活用すべきと主張した外交官の栗山尚一さんを取材。栗山さんは、海部総理に自衛隊のPKO派遣を進言したことを明らかにした。PKOへの参加に向けて本格的な検討を始めた日本に、アメリカ側が強い関心を寄せていたことが今回入手した機密資料で分かった。

自衛隊を海外派遣させるためのPKO協力法が1992年に成立、憲法に抵触しないよう派遣部隊の武器の使用は制限された。PKO協力法を巡って、政府内でどのような議論を交わされたのかを国会図書館に残されている極秘文書を紹介。防衛庁の幹部が作成した意見書には、武器の使用を広く認めるべきだという議論があったことが分かってきた。

武器の使用を制限すべきという立場だったのが内閣法制局で、元内閣法制局 長官の大森政輔氏は武器の使用を広く認めると紛争にまで発展する恐れがあると危惧したという。

1992年9月、自衛隊は初めてPKOに参加。武器の使用は内閣法制局の審査と国会での審議を経て、身を守るための最小限度に留めることとなった。

自衛隊の海外派遣に踏み出した日本にアメリカは新たな軍事的支援を求める。きっかけとなったのは、1993年に北朝鮮が日本海に向けて弾道ミサイルを発射したことで、アメリカはこの時軍事行動も辞さない構えを示した。今回入手した機密文書の中に、この機を捉えて日本を自らの戦略に組み込もうという狙いが記されていた。

報告書を作成した元国防次官のフランク・ウィズナーさんは、日本は状況に応じて“進化”する必要があったと話し、同盟国としてアメリカと共に強さがあることを明確し、自衛にとどまらない能力を示す必要があったと話した。

アメリカは日本の憲法の枠の中で、どれだけの協力を得られると考えていたかについて、元在日米軍司令官のリチャード・マイヤーズさんが取材に答えた。

アメリカが日本周辺で軍事行動に入った場合、何ができるのか政府が検討を始める。焦点の一つとなったのが、憲法解釈上許されていない集団的自衛権の問題だった。元防衛庁 運用局長の柳澤協二さんは、協議を重ねて憲法の枠の中での支援の在り方を考えたという。

1999年に周辺事態安全確保法が成立。日本周辺で軍事行動を行うアメリカ軍に、どのような支援が出来るのか定められた。そこに盛り込まれたのが後方地域という考え方で、この地域での支援ならば武力行使と一体化せず、集団的自衛権の行使につながらないとしたという。

社会部デスクの小貫武がスタジオで、自衛隊が海外に派遣された内容や非戦闘地域について解説。

およそ4年に及ぶ自衛隊トップの日記を紹介。そこにはイラク派遣前から終了までが綴られていて、日記をつけていた当時統合幕僚長だった先崎一さんが番組内の取材に応じた。当時、政府内には目に見える形でアメリカ軍を支援するべきだという意見もあり、一方で先崎さんは自衛隊の活動はアメリカ軍と離れた地方都市で行うべきだと政府に訴えたという。

先崎さんはアメリカ軍にではなく、地域の人達に給水や医療などの支援を行いと考えていて、東ティモールでのPKOで日本独自の国際貢献ができると実感したからだという。

2004年1月、イラク南部のサマーワで復興支援活動を始めた陸上自衛隊は、アメリカ軍と一線を画したはずだったが武装勢力からの攻撃の対象とされていく。相次ぐ攻撃を受けて、国会では非戦闘地域はあるのか論戦が交わされた。

自衛隊の殉職者慰霊碑に訪れた社会部デスクの小貫武が、今回の自衛隊と憲法を巡る日米の攻防について取材したVTRについての感想を述べた。

キーワード
ジョージ・ブッシュ大統領
海部俊樹総理大臣
ベルリンの壁
湾岸戦争
ブッシュ大統領
後藤田正晴
PKO
PKO協力法
防衛庁
内閣法制局
周辺事態安全確保法
サマーワ(イラク)

エンディング (その他)
01:37~

イラク派遣の後に始まった日米共同の上陸訓練の映像を背景にしたエンディング映像。

  1. 前回の放送
  2. 8月15日 放送
  3. 次回の放送