NHKスペシャル 魂の旋律〜音を失った作曲家〜

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2013年3月31日(日) 21:00~21:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

きょうの放送は、両耳の聴力がない作曲家 佐村河内守之創作現場を見つめた。

魂の旋律〜音を失った作曲家〜 (バラエティ/情報)
21:02~

去年の暮、クラシックのCDが7万枚を越すセールスを記録し、日本の音楽界に衝撃が走った。そのCDこそ、佐村河内守作曲「交響曲第1番“HIROSHIMA”」だった。自身も被曝2世である佐村河内が原爆投下後の世界を描いた80分の大作だ。音楽関係者も高く評価している。東日本大震災の被災地で、“希望のシンフォニー”と呼ばれるようになった。きっかけは、震災10日後被災者から届いたメッセージだった。音を失った作曲家佐村河内は、どのようにしてこの大作を生み出したのか。

佐村河内守は故郷である広島をテーマとした交響曲を作りたいと考え、聴覚を失った状態でいくつかの楽器のハーモニーを作る作業を繰り返し、交響曲第一番広島を作り上げた。玉川大学の野本さんはこの曲を聞いた時の感動を振り返り言葉でも言い表せない程だ語り、トリトヌスと呼ばれる特殊な音程で不穏な空気を表していると話した。

神奈川県横浜市にある佐村河内守の自宅を訪ねた。佐村河内が聴力を完全に失ったのは14年前35歳の時だった。リビングは黒いカーテンがひかれ室内は暗い。明るい光を見ると耳鳴りが激しくなるため、常にサングラスをかけている佐村河内守。耳鳴りは中途難聴者に多く見られる症状で、その音が鳴り止むことはない。手話通訳を通して話を聞き、30代半ばまで聞こえていたため話すのに不自由はない。20代後半で結婚した妻の香さんは、仕事をしながら佐村河内の作曲活動を支えている。

佐村河内守は東日本大震災の被災地のための交響曲「レクイエム(鎮魂曲)」の作曲を始めていた。佐村河内は津波で母を亡くした石巻市の少女・梶原真奈美ちゃんに会いに行った。被災地の現状と当時の話を聞き曲作りに励んだが難航した。佐村河内は震災で亡くなった人の名簿を指でなぞり痛みを感じ取ろうとした。

佐村河内の仕事部屋は、机が1つだけ。佐村河内の音が聞こえない中での作曲を可能にしたのは、“絶対音感。”佐村河内の耳鳴りは時に体の自由をも奪い、前日から横になったままの場合もある。体調の良くなるわずかな時間を作曲にあてる。こうした苦しみの中、佐村河内はなぜ自ら音を紡ぐことにこだわり続けるのか。

佐村河内守の体の中に始めて異変が起きたのは、17歳の夏。電車の中で突然目の奥に激痛が走り、意識を失った。原因は不明で、聴力の低下と耳鳴りが始まり、症状は悪化する一方だった。幼い頃からピアノやバイオの英才教育を受け、交響曲の作曲家になる夢を抱いていた佐村河内。高校卒業後、それまで書いた楽曲を持ち単身上京する。35歳の時、佐村河内にチャンスが訪れる、念願だったオーケストラを伴うゲーム音楽の仕事だった。大編成の中で奏でたテーマ曲は、観客の度肝を抜いた。しかし、この時すでに彼の聴力は全く失われていた。自分が生み出した音楽を聞くことができない。佐村河内は作曲する気力を失い絶望の底に沈んだ。

佐村河内守が作曲したレクイエム披露の日。場所は梶原真奈美ちゃんが通っていた小学校の体育館だった。演奏が終わり、佐村河内は工程にある慰霊碑に向かった。真奈美ちゃんの母親にも曲の完成を報告したかったのだ。佐村河内が自らの命を削って創りだした旋律が、また1つ生まれた。

彼の転機になったのが、病気や障害のある子どもたちとの音楽を通しての交流だった。その中の1人小学6年生の大久保未来さん。未来さんは右腕の肘から先がないが、プロのバイオリニストを目指している。佐村河内守は、始めは未来さんの夢を応援し彼女を支えるつもりだったが、交流を続けるうちにその気持が変わった。未来さんは佐村河内の体調を気遣い千羽鶴をプレゼントした。それは、未来さんが左手だけで折り4年がかかったものだった。佐村河内が未来さんのために「ヴァイオリンのためのソナチネ」を作曲した。困難という闇身を置きながら希望を持ち続ける人のために局を作る、佐村河内は作曲家として生きる理由を見出した。

真奈美ちゃんは母と1日何回もメールをしていた。真奈美ちゃんは震災から2年経つ今も腰紐で結ばないと寝れないという。佐村河内守は旋律を掴めず、深夜の公園でも苦悩していた。

佐村河内は真奈美ちゃんの母親が亡くなった女川町の海に向かい、作曲に励んだ。佐村河内は曲作りを始めて2ヵ月経ち大詰めを迎え、2日間全く寝ずに作曲し曲を完成させた。

キーワード
交響曲第1番 HIROSHIMA
日本フィルハーモニー交響楽団
被曝
東日本大震災
原爆投下後
横浜市(神奈川県)
石巻市(宮城)
トリトヌス
絶対音感
広島市(広島)
レクイエム
ピアノのためのレクイエム イ短調
ヴァイオリンのためのソナチネ
女川町(宮城)

エンディング (その他)
21:48~

エンディング映像。

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