NHKスペシャル ミラクルボディー 金メダルへの道 ウサイン・ボルト&内村航平

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2012年8月16日(木) 19:30~20:45
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

金メダルへの道 ウサイン・ボルト&内村航平東京

キーワード
内村航平
ウサイン・ボルト

Episode1 ウサイン・ボルト~2連覇への挑戦~ (バラエティ/情報)
19:33~

ロンドン五輪まであと1年と迫った2011年8月、ボルトは韓国でテグ世界選手権に臨んだ。だが、決勝でボルトはまさかのフライングをし失格となってしまった。ボルトを18歳から指導してきたグレン・ミルズコーチはフライングが与えるボルトへの影響を心配していた。

ボルトが表舞台から消えメディアがボルトに関し伝説は終わったと報じていた頃、本人のボルトはサッカークラブ”バイエルン・ミュンヘン”のチームドクターの元にいた。チームドクターの元、筋肉の連動性を高めるトレーニングを行い”ハムストリングス”への負担を減らそうと考えていた。

ウサイン・ボルトはロンドン五輪に北京五輪に続いて2連覇を賭けて臨んだ。ボルトは9.63秒というオリンピック新記録で金メダルを獲得し、スタートから70m地点では時速45.39kmと人類史上最高速度を記録した。

番組では1年前からボルトに密着し速さの秘密を探ってきた。運動力学の専門家によりボルトの走りを分析した結果、10mの加速区間では前傾姿勢から徐々に加速、20mを越えると上半身を起こしトップスピードへと近づき、50mを越えるとトップスピードに到達し歩幅は平均2m70cmにも達していた。

分析中に驚くべき発見があった。それはトップスピードの際の歩幅に左右で大きな差が見つかり、右足で蹴った場合の歩幅は2m59cm、左足で蹴った場合の歩幅は2m79cmで20cmも左が大きかった。左右の歩幅の差はボルトが抱える肉体的問題によるものだった。

ボルトは背骨がS字状に湾曲しており骨盤と肩は右に下がっていた。これは脊柱側弯症という病気で、人口の約0.1%に発病するという。短距離走の爆発的な負担に耐えられるよう、ハードなウェイトトレーニングを重ねて骨を覆い尽くす背筋や強靭な太ももを手に入れた。

ボルトは怪我のリスクを克服することで曲がった背骨を強みへと変えていた。曲がった背骨が原因で、走っている時に左右で骨盤の動きに差があった。右に比べて左の骨盤が異様に下に下がるため、その分脚力が増しそれが左右の歩幅の差となっていた。

取材中、ボルトはこれまでに撮影したレースを見たいと言い出し、自分のスタート時のフォームをチェックした。ボルトは脊柱側弯症のためスタートに問題を抱えており、最初の1歩の際、膝から下が外側に出てしまう癖を持っていた。それにより、元世界記録を持っていたアサファ・パウエルと最初の1歩を比べると、0.5秒ほどボルトのほうが遅かった。

ボルトはジャマイカのホームグランドで練習時間の大半をスタートに費やし、膝下をまっすぐ前に突き出す練習をしていた。しかし、スタートの練習を繰り返す事には大きなリスクがあり、太ももの筋肉”ハムストリングス”に大きな負荷がかかっていた。

ロンドン五輪直前の6月末、ジャマイカ代表選考会が開かれた。100m決勝ではスタートに出遅れたボルトは50mを過ぎても加速に乗りきれず、後輩のヨハン・ブレイクに負けてしまった。更に200m決勝でもヨハン・ブレイクに敗れてしまい、レース後には”ハムストリングス”が肉離れ直前まで傷めつけられていた。

ボルトはロンドン五輪では得意のトップスピードで勝負することを決め、自らの走りを極めればメダルも記録の更新も不可能ではないと考えていた。そのためには傷んだ”ハムストリングス”を治す必要があり、五輪までの全てのレースをキャンセルした。

そしてロンドン五輪で戦いの幕が切って落とされた。8月5日男子100m決勝当日、ボルトにとっては敗北の選考会以来1ヵ月ぶりのレースだった。当時ボルトは緊張していたが、名前が呼ばれ大声援が上がると不安は全て吹き飛んでいたという。そして五輪記録9.63秒を叩きだし、スタートへのこだわりを捨てることで本来の強さを発揮した。ボルトは200mでも金メダルを獲得、世界最速を競う2つの種目で五輪二連覇という誰も成し遂げなかった偉業を達成した。

試合後に行われた記者会見でボルトは、世界中のメディアに自らの誇りを語った。記録更新へのプレッシャーと、怪我との戦いの末に掴んだ五輪二連覇だった。

キーワード
バイエルン・ミュンヘン
ロンドン五輪
脊柱側弯症
テグ世界選手権
ハムストリングス
ジャマイカ代表選考会
ヨハン・ブレイク
アサファ・パウエル

Episode2 内村航平~“魔物”との闘い~ (バラエティ/情報)
20:07~

技の難しさと美しさを競い合う体操競技。その舞台で頂点に立った日本人・内村航平は自身にとって初となる五輪金メダルを手にした。男子個人総合決勝では足先まで乱れのない空中姿勢と正確な着地を世界中に魅せつけた。

今年1月、国内最大級の映画スタジオに試合と同じ鉄棒を設置、9台のハイスピードカメラによる内村航平の着地の様子をあらゆる角度から記録した。ハイスピードカメラには3回ひねりの様子が鮮明に記録されており、鉄棒から手を離し0.5秒後には1回ひねり、0.8秒後2回ひねり、1.1秒後3回ひねりを終えると余裕を持って着地していた。また、残り半ひねりの瞬間に腕を翼のように大きく広げている様子が撮らえられていた。内村航平は空中での自分の位置を把握する能力空中感覚が非常に優れていた。

内村航平は3歳の頃に体操に出会い、小学生の頃にはトランポリンを使いひねりなどを既に習得していた。内村航平は回転しながらまわりの景色がはっきりと見えているという。小型カメラを目線の高さにつけ、映像を記録すると動きが早すぎて何が映っているのか常人には分からないが、映像を本人に見せると分かると答えた。内村航平は床の色とまわりの景色の色で自分のいる位置を把握していた。動体視力など8種類の視力を測定したところ、ほとんどが満点という結果になった。

内村航平のロンドンでの戦いが始まったのは先月28日に行われた体操男子予選。最初は鉄棒で高難度の技”カッシーナ”などを繰り出したが後半に行った”コールマン”で失敗し落下してしまった。演技を再開するも最大の強みである着地もミスをしてしまった。

ロンドンでの戦いを終えた翌日、内村航平にインタビューすることに成功した。そこで内村航平は五輪という4年に1度の舞台での恐ろしさを語り、”魔物”だと表現した。

2日後の男子団体決勝、内村航平は再起をかけていた。しかし、2種目の跳馬で山室光史選手が着地に失敗し左足を骨折するという思わぬアクシデントが発生した。内村航平にとって山室選手は高校時代からのライバルであり親友であっため動揺してしまい、続くあん馬で内村航平も着地をミスしてしまった。

団地団体決勝の翌日、内村航平はある決断を迫られていた。それは金メダルが有力とされていた個人総合の鉄棒で、演技構成を変えようとコーチに持ちかけられた。求められたのは予選で失敗した”コールマン”を諦め、難度の低い技にするというものだった。しかしそれは4年間構成を変えずに貫いてきた内村航平にとってはかなり厳しい事だった。

内村航平の背中を押したのは骨折のため選手村で休んでいた山室光史選手の存在で、山室選手のためにもミスのない美しい演技で確実に金メダルを獲得することを決意した。

そして迎えた個人総合決勝。あん馬、つり輪、跳馬、平行棒と正確に技を決めて行った。そして最後の鉄棒では”コールマン”の変わりに入れたひねり技を決め着地も成功した。個人総合では日本人として28年ぶりの金メダルを獲得した。

内村航平はインタビューに対し「五輪で金メダルを獲得することはかなり過酷で難しく、自分が結果を残すことで周りも喜んでくれるので、元気にする力があることを改めて思った」と話した。

キーワード
ロンドン五輪
ハイスピードカメラ
カッシーナ
コールマン
山室光史選手
あん馬
跳馬
鉄棒
選手村
つり輪
平行棒

エンディング (その他)
20:41~

エンディング映像。

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