NHKスペシャル 阪神・淡路大震災17年 東北復興を支えたい?“後悔”を胸に?

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2012年1月22日(日) 1:20~ 2:10
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (普遍情報)
01:20~

阪神・淡路大震災から17年経ち、かつての被災地は元の姿を取り戻したかに見えるが、震災後のまちづくりに関わった人たちへのアンケート調査では、後悔とも言える気持ちがにじみ出ていた。こうした思いを胸に阪神・淡路大震災を経験した人たちが東日本大震災の被災地に入り、自治体の支援やまちづくりに奮闘している。

キーワード
阪神・淡路大震災
東日本大震災

阪神・淡路大震災17年 東北復興を支えたい~“後悔”を胸に~ (普遍情報)
01:22~

阪神・淡路大震災で最も大きな被害を受けた場所の一つ神戸・長田区から住田功一が、「町はどう変化したのか」「住民の意見は反映されたのか」などのアンケートの結果を紹介。「住民の意見は反映されたのか」との質問に「十分に反映された」と答えたのは36.6%だった。

淡路市の職員・神林俊勝さんは去年6月から宮城・亘理町に派遣され、町の復興計画を作成している。なにより大切にしているのは行政と住民の信頼関係。

神林さんは阪神・淡路大震災当時、兵庫の旧北淡町に務めていた。倒壊した建物で緊急車両が阻まれた反省から、防災に強い町づくりを目指した。そこで、区画整理の計画を立てたが、それは土地の提供という住民の痛みを伴うものだった。それに対し住民は反発。説得や調整に時間がかかり区画整理が終わったのは14年後だった。

神林さんが派遣されている宮城・亘理町は津波で9割が全壊した荒浜地区。去年10月、この地区では行政に対する住民の反発が起きていた。住民と十分に話し合わないまま、町が復興計画案を示したことが原因。計画案は減災対策とった上で一度浸水した地区に住むというものだった。

町の計画案に納得できない松橋久美子さんは、津波に流されたが奇跡的に助かった。しかし、自宅は全壊し家財道具も全て失った。

神林さんは計画を決める前に住民と面談することにした。そのために、住民の調査表を作った。しかし、去年11月、面談の準備を進めていた神林さんは思わぬ逆風にさらされた。有識者の意見を聞く震災復興会議で計画案に進展がみられないことに苛立ちの声が次々とあがった。会議を受け、町の幹部が緊急に対応を協議。移転先を決めるということで意見がまとまりかけたが、神林さんは住民と話し合うまえに決めてしまえば17年前と同じ状況になると反対した。結局、住民の意見を聞いた上で移転先の決定を急ぐことになった。

先月下旬、神林さんは荒浜地区の住民が暮らす仮設住宅を訪ね、町の計画案に対する住民1人1人の意見を聞きとった。神林さんは、荒浜で住むことに不安を持つ住民はかなりの数にのぼると感じ取った。そして、今月、町では荒浜地区以外の移転先の検討も始めることにした。

住田功一が「亘理町では阪神・淡路大震の経験を生かしながら復興に関する事業計画の中で住民との信頼関係を重視した取り組みを進めていく予定」と伝えた。

去年5月、津波で壊滅的な被害を受けた宮城・南三陸町に神戸の大正筋商店街の副理事長・伊東正和さんが訪れ、避難生活を送る商店主たちを訪ねた。商店主たちとは7年前の商店街の会合で意気投合し交流を続けてきた。伊東さんは商店主たちに再建へのスピード感を失ってはならないと伝えた。

大正筋商店街の店は阪神・淡路大震災でほとんど消失したが、伊東さんたちは再建を急ぎ、震災からわずか5ヶ月で仮設の商店街をオープンさせた。そこは、貴重な交流の場となった。一方で市は、この町で日本最大規模の再開発を進めようとしていた。5年で完成すると説明を受けた伊東さんは商店街の再建が市の計画に組み込まれることに賛同。ところが市は土地の権利調整に手間取り、商店街完成まで10年かかった。その間に地元住民は復興が早かった他の町に移っていった。

去年9月、伊東さんは再び南三陸町を訪れ、阪神・淡路大震災の時に作った仮設商店街の模型を見せた。商店主のリーダー・山内正文はすぐにでも仮設商店街を作りたいと思っていたが、震災から半年経っても住宅や商店をどこに再建するのか、町が具体的な場所を提示していなかったため悩んでいた。

伊東さんは商店主たちの集まりでやり方しだいで集客できる方法があると神戸の経験を伝えた。仮設住宅が点在し、交通手段が乏しい南三陸町で巡回バスが生かせると伊東さんは考えた。

先月、申請していた補助金の回答が県から届いたため商店主のまとめ役が商工会に集められた。申請は不採択。仮設商店街では町の発展に繋がらないという説明だった。

再建を目指す商店主たちは窮地に立たされていた。そば屋の京極雅弘さんが開店費用を見積もったところ、必要となる費用はすでに京極さんの蓄えを超えていた。

補助金が出なかったという知らせは伊東さんの元にも届いた。実は阪神・淡路大震災でも店の再建に補助金は出なかった。伊東さんは3000万円以上の借金を抱え、今も苦しい経営が続いている。今回の補助金制度は神戸で商店主たちが苦しんだ反省から作られたと思っていた伊藤さんはやりきれない思いだった。

先月中旬、南三陸町の商店主たちは何とか経費を削って仮設の商店街を作ると決めた。伊東さんは商店主たちに商店街を照らす街灯を届けた。京極さんも再建への気持ちを奮い立たせていた。

住田功一は「伊東さんの信念は 被災地の復興に商店街が大きな役割を果たすはずだというもの」などと話した。

自力で家が再建できない方々が多く移り住んだ災害復興公営住宅。しかし地域を離れて移り住んだ人々の中には自殺や孤独死などの問題が出た。行ったアンケートでは「高齢者・資金のない人は町にとどまることができなかった」などの意見が出た。

先月、宮城・気仙沼の仮設住宅で住まいを失った住民を対象とした相談会が開かれた。会を呼びかけたのは神戸の一級建築士の野崎隆一さんで、どうすれば元居た地域の人たちと暮せるのかアドバイスを行った。町の再生には顔なじみ同士の繋がりこそが力になるというのが野崎さんの信念。

阪神淡路大震災の際に野崎さんはボランティアとして被災した住民の住宅再建の相談に乗った。資金不足などから自力で再建できずもとの地域に戻れない人が大勢いたため、野崎さんは共同再建という 近隣の人たちで土地を確保し共同で住宅を建てることで一戸あたりの負担を減らせる方法を提案した。さらに事業費の約2割を行政からの補助で賄うことができた。神戸・東灘区に野崎さんが関わった共同住宅があるが、このように共同再建が実現したのはほんの一部で、多くの住民が再建を諦め地元を離れてしまった。野崎さんらの働きかけで兵庫県は震災の8カ月後、被災した住民が支援を要請すれば行政が経費を出し専門家を派遣する仕組みを作った。

宮城・気仙沼の被災地に入った野崎さん。自治体は瓦礫撤去や仮設撤去に追われ、住民に専門家を派遣する仕組みは手付かずだっため、野崎さんは支援が必要な住民を探すことから始めることにした。只越地区には120世帯が暮していたが津波で38世帯が住まいを奪われた。住民は地元の人々と暮したいと考え高台への移転なども考えていたが住民だけでは限界があると感じていた。

地域を再建する方法として市が示しているのは集団移転事業。この事業は移転先の土地の取得や造成費は行政が負担するが住宅の建築費は自己負担になるというもので、自己再建できない人は地域の繋がりが失われてしまう恐れがある。

吉田やゑ子さんは津波で自宅を流され今は隣りの地区の娘夫婦の家で暮している。高齢のためローンが組めず、自力再建は諦めている。震災前の楽しみは仲が良かった友人とお茶を飲むことだった。震災前に良く吉田さんが脚を運んだ商店の女性は「おばあちゃんたちは先がないことを自分でわかっている、でも私たちは何もしてあげられない」と涙ながらに語った。

野崎隆一さんは仲の良いお年寄り達が一緒に住める共同住宅を建てていたため、阪神大震災の経験が生かせると考えた。先月、只越地区の住民に共同住宅を提案。共同住宅を建てることができれば、お年寄りもそこに住み地域のつながりを保てるのではないかと考えている。野崎さんは東北でも住民を専門家に繋ぐ仕組みの整備を急ぐ必要があると考えている。

住田功一は「地域のつながりが失われると孤独死や自殺といった自体にもなりかねない そうした被害を繰り返さないためにも高齢者の割合が多い東北の被災地で一刻も早い専門家と自治体が一緒になった制度の整備が求められる」と話した。

住田功一が「阪神・淡路大震災での私たちの経験や後悔を今こそ生かし 被災した人たちのための復興を実現してほしいと強く願う」と話した。

キーワード
阪神・淡路大震災
長田区(兵庫)
亘理町(宮城)
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南三陸町(宮城)
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気仙沼(宮城)
神戸(兵庫)
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兵庫県
只越地区(宮城)
阪神大震災
只越地区(岩手)

エンディング (その他)
02:08~

エンディング映像。

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