NHKスペシャル 戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945−1946

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年11月4日(土) 0:55~ 1:55
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
00:55~

オープニング映像。

戦後ゼロ年 東京ブラックホール (バラエティ/情報)
00:55~

秩序ある都市と言われる東京も72年前、欲望剝き出しの無法地帯だった。東京湾からは日本軍の隠匿物資の一部が引き揚げられ、占領軍兵士専用の売春施設が設けられていた。毎月100人が餓死する町で占領軍の家族は奢侈な生活を送っていた。1945年8月15日からの1年間を記録した数々の映像が発掘され、CIA機密文書から人、モノ、カネを飲み込む「東京ブラックホール」が浮かび上がってきた。銀座や六本木には日本人立入禁止の東京租界が生まれ、外国人マフィアが暗躍した。右翼や大本営参謀は占領軍に寝返り、スパイ活動や密輸に手を染めた。当番組では21世界を生きる若者がタイムスリップし、戦後0年を追体験する。

2017年8月15日、リストラされ、酒に酔った「俺」は祖父の亡霊を見、後を追って長い地下道を歩いた。戦争の記憶が映し出された空間に立ち入ると、気づいた時にはそこは1945年の東京だった。米軍の空襲によって10万人以上が犠牲となり、市街地の半分が焦土と化していた。行き倒れ寸前の「俺」を助けてくれたのは祖父と思しき復員兵で、跳梁跋扈、欲望うずまく東京の有様を滔々と語った。復員と引き揚げは9月から本格化し、620万人が本土へと帰還していた。家も仕事も失った人々の中には闇商売へ飛び込む人も多かった。

焦土と化した東京で生まれた闇市は非合法の自由市場で、45年9月に新宿のテキ屋が闇市への参加を呼びかけた。広告を出したのは東京のカポネと称された関東尾津組の尾津喜之助組長。闇市では時に政府の統制価格の30倍に及ぶ値がつくこともあった。配給だけでは生きられない「俺」も闇市へと足が向くなか、手入れが行われた。

東京へ進駐した占領軍は皇居に面する建物を接収し、連合国軍総司令部を設置した。マッカーサーは水洗トイレのある資産家の邸宅なども接収し、将校の家族の住まいとなった。丸の内では帝国ホテル、映画館や劇場も接収の対象で、アーニー・パイル劇場で天皇を主人公としたオペラ「ミカド」が上演された。占領に伴う経費は日本政府が負担し、国家予算の1/3に達した。占領軍専用列車で避暑地などの旅行を楽しむ家族も多かった。1947年、東京都は復興計画としてヨーロッパの都市をモデルとした新たな都を作るというPR映画「二十年後の東京」を製作。だが占領軍は東京の復興に無関心で、計画について冷笑していた。

闇市では芋、密造酒、ごった煮など得体の知れないものが溢れ、ご馳走は進駐軍の残飯シチューだった。老いも若きも進駐軍が捨てたタバコを拾い、闇市へと持参すればいい稼ぎになった。ねぐらはガード下や土管、防空壕などで、人々はノミやシラミに悩まされた。また、飢えを凌ぐため、コオロギを粉にして配給せよと提言する医者さえいた。「俺」は闇市を彷徨する浮浪児を目にした。ヤクザやマフィアの手先になる子どももいれば、乏しい稼ぎで家族を養う人もいる。役人はそんな浮浪児を狩り込み、1匹、2匹と数え、施設へと連れ去った。

大都市では毎月100人を超える餓死者が出るなか、食糧難につけ込んだ犯罪も発生。元海軍三等兵の小平義雄は米を安く分けてくれる善人がいると女性に甘い言葉を吐き、物欲しさについてきた女性を次々と殺害した。小平は後に死刑となった。

戦後、東京湾から日本軍の隠匿物資の一部が引き揚げられ、その価値は現在の価値にして数兆円にものぼったとされた。遡ること8月14日、鈴木貫太郎首相は軍需用保有物資などの緊急処分を言い渡していた。GHQの内部文書によると帝国陸海軍が保有していた全資産のうち約70%は消失し、政治家や資本家などが莫大の恩恵に浴したという。46年の正月、陸軍の倉庫から軍人が隠匿していた食料などが見つかり、5月には外務省で禁制品のウィスキーなどが発見されている。こうした物資が闇市に流れ、高値で取引されていた。マサチューセツ工科大学のジョン・ダワー名誉教授は「国民に対する犯罪」と痛烈に批判している。

日本人の中には占領軍との人脈を作り、米軍物資を横流しする者も現れた。ライフの清水信次会長は若き日、闇市で財を成し、富の源泉は米軍の横流し物資だった。同会長によると無法地帯の東京はアメリカにとって金のなる木で、アメリカの政商と関係を築いた。また、田中角栄は占領軍からの発注でいかに建設業者が潤ったかを述べている。占領軍の建設発注は現在の価値で6500億円にのぼり、土建業界は潤ったが財政は逼迫した。

皇居前広場では進駐軍の兵士が日本人女性と公然とデートしていた一方、メディアには交際報道を厳しく禁じていた。翻ってアメリカでは「女はいくらでもいる」などとあからさまに報じられ、女性を落とす手練手管さえも特集。敗戦直後、性犯罪を恐れた政府は防波堤として売春施設を作ることを決定し、大蔵省は現在の価値にして約10億円を用意。管理組織はRAA、国内では「特殊慰安施設協会」と呼ばれた。衣食住の保障、高額支給と銘打った広告を出す一方、仕事内容については触れていなかった。

46年1月1日、天皇の人間宣言が報じられ、昭和天皇は全国巡幸を始めた。3ヶ月後、空腹の群衆が焼跡暮らしの苦しみを天皇に直訴したいと坂下門に集結した。5月19日の食糧メーデーには25万人が集まったという。それから5日後、敗戦から2度目の玉音放送があったが、人々は食糧問題が解決できるわけではないなどと批判した。また、敗戦後、600の宗教団体が誕生し、一番人気は北村サヨを教祖とする天照皇大神宮教だった。教徒は路上で我を忘れて踊り、「俺」も参加していた。

46年1月の公職追放令により、27の右翼団体が解散を命じられた他、衆議院議員も3割が追放されるなどした。アメリカにとり日本の民主化を果たすための政策だったが、一方で軍国主義舎や戦争指導者の多くを温存していた。CIA機密文書によると、占領軍の諜報機関にいち早く協力したのは陸軍中将の有末精三で、大本営の参謀を次々とリクルートしていった。多額の資金提供を受け、対ソビエトのスパイ活動に従事し、戦犯として裁かれることを免れた。右翼活動家の児玉誉士夫は占領軍に日本軍の情報を提供し、戦後はアメリカの反共政策に協力していた。

「俺」は銀座のキャバレーに通い、にわかバンドマンとして働くことになった。敗戦の年の秋、銀座には占領軍専用のキャバレーやダンスホールが矢継ぎ早に誕生し、占領軍相手の売春施設を作った特殊慰安施設協会が経営にあたった。バンドマン、バーテンダーなどは日本人が雇われ、いい稼ぎになったという。日本ジャズ界の大御所である原信夫氏は敗戦直後、進駐軍クラブに食を求め、ジャズに出会った。また、占領軍に雇われた江利チエミ、雪村いづみなど10代の少女歌手が一世を風靡し、渡辺プロの創始者である渡辺晋はショービジネスを学んでいた。一方、ダンサーの仕事は過酷で、性病検査も強制され、労働組合を結成して声をあげる者もいた。

1946年、ハンフリー・ボガートの「カサブランカ」が大ヒット。

王長徳は東京租界の顔役で、闇社会に君臨した。占領後も莫大な資金力で政財界に食い込み、田原総一朗氏は取材経験があった。王はあるキャバレーの開店祝い、屋上から札束をばら撒いて、人々が奪い合う光景を睥睨した。田原氏によると東京租界では警察による取締がない無法地帯で、金が力を握っていたという。

この頃、日米のカップルが結婚してアメリカに渡ることが認められ、1000組に近いカップルが海に渡った。「俺」は憧れを抱いていた女性が進駐軍の兵士に捨てられたことを知り、女性をあてこする職場の男と諍いを起こしていた。終戦から約1年、東京の治安は急速に悪化し、闇市での抗争が激化した。占領軍は闇市の撤去を指示し、警察が動員された。その後、ラジオ部品の闇市だった秋葉原は世界最大の電気街へと成長し、アメリカも占領政策も変わった。日本を反共の防波堤とするため、戦犯容疑者の追放が解除された。

戦後、生きるためなりふり構わずがむしゃらに生き抜いた人々がいたから、今の東京がある。「俺」は現代の東京と戻り、無職として新しい生活の一歩を踏み出そうとしていた。

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エンディング (その他)
01:52~

エンディング映像。

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