NHKスペシャル 日本国憲法 70年の潮流〜その時、人々は〜

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年5月6日(土) 21:00~22:00
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

日本国憲法が施行されてから70年を迎えた中、人々は憲法とどう向き合ってきたのか。NHKは憲法改正の賛否について、1962年から14回に渡って世論調査を行ない、「護憲」と「改憲」の間で揺れ動いてきた。憲法をめぐる議論の焦点は戦争の放棄を定めた9条に他ならなかった。東西冷戦が終結し、日本が国際貢献を求められた90年代を経て、20年代に入ると憲法を改正する「必要がある」が「必要ない」の2倍を超えるようになった。だが、今年3月の世論調査では差が縮まったが、9条をめぐっては改正する「必要はない」と答えた人が、「必要がある」と答えた人の2倍以上となった。

キーワード
日本国憲法
憲法改正
9条

日本国憲法 70年の潮流〜その時、人々は〜 (バラエティ/情報)
21:05~

1947年の5月3日、日本国憲法が施行された。天皇は日本国の象徴であるとされ、主権が国民にあることが定められた。「基本的人権の尊重」が明記され、第9条では「平和主義」が打ち出された。同年に国会議員に初当選した中曽根康弘元首相は憲法改正を訴え、「憲法改正の歌」も作詞した。問題視したのはGHQにとって憲法の草案が作られたことで、同氏は「自主憲法を作れというのが我々の根本だった」と話していた。

1950年に朝鮮戦争が勃発すると、戦力を持たないことへの不安感が広まった。2年後に読売新聞が行なった調査で、憲法改正に賛成と答えた人は47%で、反対の17%を大きく上回った。55年に自由民主党が結党し、党是に「現行憲法の自主的改正」を掲げた。2年後に憲法調査会が発足し、国際政治学者の神川彦松氏、高柳賢三氏などによる憲法の再検討が行われた。当時、憲法改正を支持したのは旧軍人や神社関係者で、憲法研究家の田尾憲男氏は明治憲法に戻したいという考えが改憲派の主流の1つだったと回想した。

改憲に対して護憲の動きも広がり、元参議院議長の江田五月氏は「1人1人の個人というものを一番大切にする社会になってきたんだというのはもう身についていたと思う」と振り返った。法政大学の大原社会問題研究所には憲法擁護国民連合(護憲連合)の記録が残され、地方に最大1万人を送り込んで護憲運動を全国に広めようとしていたことがわかった。同連合の戦略を練っていたのが曽我祐次氏で、社会党の副書記長も務めたことがある。同氏は戦争体験から二度と戦争はしてはならんという強い意志にもとづき、憲法の議論を9条に収斂させようとしていた。9条は1項で戦争を放棄し、2項で交戦権を認めないとしている。

朝鮮戦争から4年が経った1954年に自衛隊が発足し、護憲連合は9条を改正すれば戦争に巻き込まれかねないと世論に訴えた。だが、護憲の戦略を9条に集中化しすぎたことで議論が硬直化し、社会党の機関紙が憲法改正案とも受け取れる論文を発表したことがある。論文は憲法調査会で取り上げられ、社会党が憲法改正を考えているとされた。社会党は論文が改憲論者に利用されたことを遺憾とし、編集長を解任した。その後、9条は自衛隊を違憲とする以外での論議は党内でしにくくなったという。1960年に安保闘争が勃発し、岸内閣が総辞職。江田五月氏は9条だけが議論の焦点になったことで、議論自体が停滞してしまったと回想し、「憲法がこれだけ不毛な政治の対立の道具にされてしまったのは悲劇だと思う」と吐露した。

1960年代後半まで憲法改正を改正する「必要がある」、「必要がない」がほぼ拮抗していた。当時の池田勇人、佐藤栄作内閣は経済成長を最優先とし、憲法改正を政治日程から遠ざけていた。68年にGNPが世界第2位となり、敗戦からの復興は東洋の奇跡と称された。その一方、 国会の場で憲法改正を口にするだけで大臣が辞任に追い込まれる事態となっていた。こうした中で1970年11月25日に三島由紀夫が憲法改正を訴え、自衛隊に決起を呼びかけた。その後、三島は割腹自殺した。国民は時代錯誤などと冷めていたなか、事件に強く共鳴したのが右派の若者らと構成された日本青年協議会。メンバーは2000年代になると改憲運動を全国で展開していく、日本会議の幹部となっていく。

日本会議の政策委員で、国士舘大学の特任教授を務める百地章氏は「三島由紀夫の意志だけは継いでいきたいという気持ちがあった」と回顧した。日本青年協議会は明治憲法こそが日本に相応しいと、現行憲法の破棄を主張。76年5月には自民党本部に1500人余が集まり、糾弾した。だが厳しい批判を浴び、団体は憲法破棄を封印した。

キーワード
日本国憲法
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基本的人権の尊重
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三島由紀夫
日本青年協議会
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