ポツンと一軒家 傑作選 明日は岩手県と福井県で発見!!

『ポツンと一軒家』(ポツンといっけんや)は、朝日放送テレビ(ABCテレビ)の制作で、テレビ朝日系列で2018年10月7日から毎週日曜日の19時58分 - 20時54分(JST)に放送されている教養トークバラエティ番組かつドキュメンタリー番組である。通称『ポツン』または『ポツンと』。2017年10月22日から2018年8月19日までは『所&林修のポツンと一軒家』(ところ はやしおさむのポツンといっけんや)として不定期特番が8回放送された。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年7月6日(土) 13:00~14:30
放送局 テレビ朝日

番組概要

良好生活研究所 (バラエティ/情報)
13:00~

きょうのテーマは「災害に備える企業向けサービス」。東京都品川区・トヨクモ株式会社の企業向けシステム「安否確認システム2」を案内した。クラウドサービスを利用し、社員増加時に自動でサーバを増強するなどの特色を持つ。

キーワード
品川区(東京)
トヨクモ
安否確認システム2

オープニング (その他)
13:01~

オープニング映像。

所&林修のポツンと一軒家 (バラエティ/情報)
13:01~

一軒目は福島県のポツンと一軒家。衛星写真からは、建物の周囲に畑があることなどが分かる。ゲストらは郷土玩具である赤べこの工房、旧幕府軍の末裔の家などと予想した。捜索班は最寄りの集落から捜索を開始。地元住人によると辺りは冬になると3mもの雪が積もる豪雪地帯。山奥の集落では除雪も困難で現在は人が住んでいないという。ご自宅でアイスコーヒーをご馳走になった後、山奥の一軒家まで案内してもらった捜索班。衛星写真に写っていたポツンと一軒家はやはり空き家となっていた。元の住人は麓の町で次男家族と同居しているとのこと。

捜索隊は地元住人の案内でポツンと一軒家に住んでいたという須佐アキエさんの元へ。須佐さんは仲人に麓の集落から15分で行ける場所だと伝えられて山奥へ嫁いできたと説明。しかし、46年前に子どもの通学のため麓の集落へと移住したそう。その後、捜索隊は同居する次男からポツンと一軒家の情報を入手。隣町の山奥に一軒家があるという。

すぐに隣町へと移動した捜索隊。趣味で錦鯉を育てているという地元住人に話を聞くと、ポツンと一軒家に住んでいるのは東京から移住した一級建築士で、奥さんと2人で暮らしているとのこと。教えてもらった道を通り、ポツンと一軒家へと到着した。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝テロップ。

キーワード
赤べこ
戊辰戦争
福島県
錦鯉

番組宣伝 (その他)
13:14~

「トリニクって何の肉!?」の番組宣伝。

所&林修のポツンと一軒家 (バラエティ/情報)
13:19~

深い山奥に立つポツンと一軒家へとたどり着いた捜索隊だが、建物自体はまだ新しい。一級建築士だった御主人が元はボロボロだった築200年の古民家を24年ほど前に購入し、6年の歳月をかけ夫婦で改築したのだという。その後、子供たちが成人したのを機に移住。現在は自宅の工房で家具を製作し受注生産している。一方、専業主婦だった奥さんは山へ来てから趣味で裂織りを開始。今ではプロ級の腕前に。しかし、一軒家が立つのは山奥の豪雪地帯。冬場は屋根まで雪が積もるため、階段を上がり屋根から外出。町に用がある時はカンジキを履いて片道2.5kmの山道を往復するのだという。食べ物などは秋の間に計算して備蓄しておくそうだ。冬には室内でも氷点下になる過酷な環境だが、辛いことばかりではない。夫婦は高校時代に吹奏楽部の先輩後輩だった関係で、今も楽器の演奏を楽しんでいるという。

福島県のポツンと一軒家についてスタジオトーク。ちょっとした笑顔が充実感を物語っている、ネット社会の発達のおかげで可能になったポツンと生活などと話した。

本日2軒目のポツンと一軒家は北海道中央部の山奥に立つポツンと一軒家。捜索隊は最寄りの集落から捜索を開始した。地元住人に話を聞くと、人が住んでいるのは知っているが誰かは知らないとのこと。この町は昭和40年代まで炭鉱集落として栄えたが、エネルギー革命により衰退。鉱山は昭和49年に閉山し、現在は炭鉱住宅だけが残りほとんど人気がなくなってしまっているという。

教えてもらった山道を進みポツンと一軒家を目指す捜索隊だが、道中に行く手を遮るチェーンが張られていた。森林組合に連絡を取ると、この先の土地や建物は個人の所有になっているという。その後、捜索隊に一軒家の住人から着信。仕事の後で自宅へ伺うこととなった。時間を改めてポツンと一軒家を訪問。山奥の高台に立つ建物を発見したが、衛星写真に比べると屋根の形や色が違っている。

北海道の山奥にあるポツンと一軒家に住む岸英夫さんとご対面。さっそく衛星写真に写る家を確認してもらうと、これは少し山を下ったところにある知人の家だという。岸さんの案内で目指していたポツンと一軒家へと向かったが、現在は空き家となっていた。捜索隊は再び岸さんのご自宅へ。床下に風を通すため土管と鉄筋コンクリートの柱で組んだ背の高い基礎は岸さん自身も基礎造りに参加。その他にも自ら作業を手伝い、15年前に山頂に建設した。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝テロップ。

キーワード
福島県
北海道
北海道新聞

番組宣伝 (その他)
13:41~

「トリニクって何の肉!?」の番組宣伝。

所&林修のポツンと一軒家 (バラエティ/情報)
13:46~

元々目指していた家よりもポツンと度が高い一軒家へと訪れた捜索隊。家に住むのは71歳の岸さん。室内はログハウス調のゆったりとした1ルームで、感染症の恐れがあることから水は水道水をひいて使っているという。厳しい冬の寒さを凌ぐのは囲炉裏に七輪、薪ストーブ。室内で炭を起こせるよう巨大なダクトも備えている。2階は床の間に畳を敷いた8畳間。窓からは麓の市街地までが一望できる。岸さんによれば、他にも6人の仲間が山奥に家を建てているそう。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝テロップ。

キーワード
北海道
キタキツネ
エキノコックス

番組宣伝 (その他)
13:50~

「トリニクって何の肉!?」の番組宣伝。

所&林修のポツンと一軒家 (バラエティ/情報)
13:54~

岸さんによれば、他にも6人の仲間が山奥に家を建てているそう。衛星写真で見つけて最初に目指した一軒もそのひとつ。15年前、山好きの地元仲間が各自で土地を購入。建築関係の仕事をしている人が多く、全員で協力して道を作り家を建てたのだという。週末には仲間が集まり山ぐらしを満喫していた。3m以上の積雪がある冬でもスノーモービルで山をあがり、雪山での生活を楽しんでいたのだとか。しかし、15年の間に家も人もずいぶん年をとり、今となっては岸さん以外の家主が山の家を訪れることはないという。道中にあった丸太小屋は、仲間で作ったという共同浴場だった。

北海道のポツンと一軒家についてスタジオトーク。自分たちで建てた家だからこそ楽しい、写真に残しておくのが大事などと話した。

本日3軒目のポツンと一軒家は新潟県佐渡の島東部に立つポツンと一軒家。捜索隊は6km離れた集落から捜索を開始した。地元住人によると朱鷺の世話をするおじいさんが住んでいたが、現在は空き家だという。確認のため捜索隊は山道を抜けてポツンと一軒家を訪問。そこには高野毅さんという男性が。捜索隊は会ってすぐの高野さんにコーヒーとパンをご馳走になった。

岸さんが仲間と共に作った共同浴場の内部を見せてもらった。最初に作った時は檜造りだったという贅沢なお風呂。井戸を掘って出た冷泉を沸かして入る広いお風呂は仲間みんなのお気に入りだった。かつては週末ごとに家族7世帯が集まり目一杯山を遊び尽くした。しかし、いま山に残っているのは思い出の亡骸ばかり。今も山に登り1人で週末を過ごす岸さんは、元気なうちはこのままにしていたいと語った。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝テロップ。

キーワード
佐渡(新潟)
朱鷺
北海道

所&林修のポツンと一軒家 (バラエティ/情報)
14:13~

新潟県佐渡のポツンと一軒家は高野さんが生まれ育った実家。平成元年までは父母が暮らしていたが、現在は誰も住んでいないという。家の裏手には山が崩れて出来たという広い棚田があり、高野さんが一人で管理している。かつて朱鷺の餌場だった高野家の棚田は絶滅した日本種の朱鷺が最後までエサを食べに来ていたという。高野さんの亡父は戦地へ赴く出兵前日、田んぼで横たわる朱鷺を発見。腕に抱え家へと連れ帰ろうとした矢先に朱鷺は亡くなったが、自分の身代わりになってくれたのだろうという思いで出兵。戦地で肩を負傷するも生還することができた亡父は恩返しにと佐渡トキ保護センターの飼育員となった。子供たちからは「朱鷺のおじさん」と慕われたという。現在も高野家のそばの木にはたくさんの朱鷺が。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝テロップ。

キーワード
佐渡(新潟)
朱鷺
高治さん

番組宣伝 (その他)
14:18~

「トリニクって何の肉!?」の番組宣伝。

所&林修のポツンと一軒家 (バラエティ/情報)
14:22~

新潟県佐渡の山奥で見つけたポツンと一軒家。戦時中、出兵前日にここで朱鷺と運命の出会いを果たし、朱鷺に一生を捧げた高野さんの亡父・高治さん。そんなお父さんの長年の努力が実り、佐渡トキ保護センターでは中国産朱鷺の人工繁殖に成功。その後は順調に数を増やし、現在およそ350羽の朱鷺が生育している。亡父の遺志を受け継ぎトキに愛情を捧ぐ高野さん。父の生前から田んぼは朱鷺の餌場として残してあるのだからしっかりと見守っておくようにと言われ、現在も整備を続けている。さらに佐渡の他の集落に呼びかけて餌場作りを推進。島内外から子供や学生たちへの課外活動も指導している。

亡父の遺志を継ぎ、2代目 朱鷺のおじさんとして精力的に活動する高野さん。この日、捜索隊も棚田の整備を手伝った。しかし、中国産の朱鷺は人間が育てた部分が多いため麓の平地が生活の拠点。棚田へは年に1,2回ほどしか姿を現さないという。高野さんは「私たちが昔ここに住んでいて、朱鷺と遭遇した光景をいつまでも佐渡の空に残していきたい」と語った。

新潟県のポツンと一軒家についてスタジオトーク。日本産の朱鷺が絶滅した経緯や、朱鷺の羽の裏の色について話した。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝テロップ。

次回の「ポツンと一軒家」の番組宣伝。

キーワード
佐渡(新潟)
朱鷺
佐渡トキ保護センター
高治さん
キン
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