黒柳徹子のミャンマー報告 2017年8月19日放送回

放送日 2017年8月19日(土) 10:50~11:40
放送局 テレビ朝日

番組概要

世界の子ども達と33年 黒柳徹子のユニセフ報告 (バラエティ/情報)
10:50~

黒柳徹子がユニセフ親善大使になってから33年。今回は民主化進むミャンマーにやってきた。アウンサンスーチーさんが国のリーダーになって本当に自由になったという。軍国主義からみんなが自由に喋るられるようになったが急激な経済発展に貧しい人はついていけず、家を追われ親をなくし困っている子どもたちが増えているという。今回はそういった子どもたちがどういった生活を送っているのか報告するという。ミャンマーは130以上の民族が暮らしており、政府軍と民族武装組織の間で激しい武力衝突が今でも続いている。家を焼かれ、家族を失い、故郷を追われ、避難民キャンプで生きる子ども達がそこにはいた。そんな過酷な状況でも希望を失わず生きる子ども達がいた。そして今回は特別に作曲家の小林亜星さんが名曲をプレゼント。

キーワード
ユニセフ
アウンサンスーチー
ミャンマー

世界の子ども達と33年 黒柳徹子のユニセフ報告 (バラエティ/情報)
10:55~

1984年黒柳徹子さんはアジア人として初めてユニセフ親善大使に就任した。以来、世界中の恵まれない子ども達に耳を傾けてきた。今回は30年以上に渡る黒柳さんの活動に敬意を表し、ある特別なプロジェクトが進行していた。立ち上げたのは作曲家の小林亜星さん。小林亜星さんが黒柳さんにプレゼントしようと合唱団の子ども達と一緒にやってきた。小林亜星さんは黒柳徹子さんの活動に共感し世界の子ども達に贈る応援ソングを無償で作ったという。多くの名曲をともに手掛けた伊藤アキラさんと作った。

1992年に訪れたエチオピアでは3年間雨がふらず、干ばつと飢餓に襲われ衰弱しきった子ども達。そして母親に支えられ懸命に歩こうとする子ども達の姿があった。飢餓の恐怖は衰弱だけではない。タンザニアで出会ったのは重度の栄養失調で脳の成長が遅れてしまった少年だった。黒柳さんは栄養失調はやせ細るだけのものだと思っていたが、本当の栄養失調の怖さは脳に栄養が行き渡らず這うことしか出来なくなってしまう事だと話した。内戦と干ばつに苦しむスーダンでは子ども達の命をつなぐ飲水は黒く濁った川の水だった。黒柳さんが33年この活動を続けてこられたのは「今日よりも明日が良い世界になるために出来ることがしたい」という思いだったという。

ひつじ合唱団が「あした見る世界」を合唱した。

ミャンマーのヤンゴン国際空港にやってきた黒柳さん。ミャンマーは日本から直行便でおよそ7時間。去年、長年続いた軍事独裁から歴史的政権交代が起き、民主国家として生まれ変わった。主要産業の農業に加え、外国資本の進出ラッシュに沸き、閉鎖的な経済政策から脱却。アジア最後のフロンティアとして称され、発展を遂げている。親日国家としても知られ、去年アウンサンスーチー国家最高顧問が来日。経済分野などで連携教化が進んでいる。 ヤンゴン郊外の経済特区には日本が官民協同で開発に携わるなど多くの日本企業が進出している。しかし順調な成長の一方でこの国が抱える深い闇があった。ミャンマーはビルマ民族と130以上の民俗から成る多民族国家。第二次世界大戦後独立を果たすが、政府軍と武装組織による紛争が今でも続いている。その結果ミャンマー国内だけで、50万人以上が故郷を追われている。黒柳さんはカチン州へ向かった。カチン州はカチン俗武装組織と政府軍の間で軍事紛争が継続している。

カチン州では10万人以上が避難民になっている。ミャンマーは仏教徒が多いが、カチン州はクリスチャンが多く、このキャンプもキリスト系の団体が運営し、2000人以上が暮らしている。子供も大人も顔に塗っているものがあり、その名前は日本人にも馴染みが深い響きの「タナカ」というらしい。日焼け止め等に使用されているという。避難民の多くが6年近くキャンプで暮らしているという。キャンプの壁はなくなってしまっていた。その中を子ども達は裸足で歩いていた。下から釘が飛び出していることもあるだろうから危ないと話した。ミャンマーは半年に及ぶ長い雨があり、屋根が壊れた家に降り注ぐ雨を考えると心が痛むという。黒柳さんはこのキャンプで12歳の少女に出会った。家族5人で暮らす4畳ほどの仮設住宅の屋根や床は痛みが多いが、修理のめどは立っていない。家がほしいと話し、時々どんな家に住むみたいか想像を膨らませているという。この少女の家族のいた村は紛争に巻き込まれ家も畑も燃やされたという。逃げ出さなければ今頃は命がなかったという。持ち出した財産は村で撮った子供の写真のみだという。

この村での生活は育ち盛りの子供がいるので食料が心配だという。補助金はあるのだが、それだけでは生活が苦しいという。今は日雇いの仕事を見つけてなんとかしのいでいるという。モウ・セツ・プウィンちゃんの将来の夢は歌手になることだという。黒柳さんのリクエストに答えて歌ってくれたのは賛美歌だった。日本語に似ているという。

カチン州だけで10万人の避難民がいる。2011年に始まった紛争が今でも終わらず、避難民は6年近く故郷に帰れていないという。黒柳さんは仮設の学校で懸命に学ぶ子ども達のもとに向かった。

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世界の子ども達と33年 黒柳徹子のユニセフ報告 (バラエティ/情報)
11:16~

民族紛争が続くミャンマーを初訪問し、ワインモー郡公立学校に訪れた。子どもたちが使っているユニセフの仮設校舎は長引く紛争で、耐用年数は越えているという。ミャンマー最北地におり、冬の寒さが厳しい渦中では窓さえ壊されていた。さらにお母さん・お父さんがいなくなった人がいると徹子は聞き、その中で手を挙げたサンダーさん・トゥエさんは故郷の村から6年前に逃げてきたという。サンダーさんの父が頭一箇所・腹を二箇所銃で撃たれ場面を目撃したことやトゥエさんの父が死んだことを聞いた人ことなど話した。また話の途中でトゥエさんは涙をながし両親の死を悲し、両親に会いたいと訴えた。

ミャンマーは人口3分の1が子どもで、子どもの貧困率は約60%にのぼっている。厳しい状況でも、子どもたちは新しい時代がやってくると信じている。ミャンマーの子どもたちの将来の夢「経済学者」「ミュージシャン」など夢を教えてくれた。目を輝かせ夢について語ってくれた思いが叶うよう平和を祈っている。

しかし一方で、ミャンマーでは子どもが武器をもって戦っている現実もあり、紛争では現在も子ども徴兵が今も行われ国際的な問題となっている。かつて子ども頃2年ほど徴兵だった17歳の元少年に話をきいた。彼は14歳~16歳少年兵として戦闘に参加し、銃を撃ったことがあるという。きっかけは、近所のおじさんにヒスイを取りに行こうと誘われたことだった。貧しい子どもに「いい仕事がある」と近づきだまして少年兵にするケースもあるという。彼は最初は怖かったが「敵を撃たなければならない」という気持ちになってしまったという。また友達と逃げてなんとかはなったものの、兵士なる時に「逃げたら呪われてトラに襲われる」と言われていたため、人生の先を思うと今でも不安が消えないという。また3日1人地雷の被害者になることもあるという。

キーワード
ワインモー郡公立学校
ミャンマー
貧困率
徴兵

世界の子ども達と33年 黒柳徹子のユニセフ報告 (バラエティ/情報)
11:26~

ユニセフ大使となった黒柳さんは、何度も地雷の被害の姿を何度も見てきたという。またユニセフでは地雷教育を実施しており、地雷の基本的な知識を教えている。教室にいたのはほとんど子どもで、人生に習うことが「地雷」という現状だという。また今年1月地雷の被害にあった18歳の少年に話を聞いた。野菜を収穫しに畑を歩いている道で地雷にあい、ものすごい音がありながらも右足を亡くした。悲しさも今は感じていないが、「義足ができた時にオートバイの修理工として働きたい」などコメントした。またミャンマーでは3日に1人のペースで地雷の被害が出ているという。

ミャンマーでは宗教や民族の対立が暴動へと発展している。そんな中ヤンゴンでは宗教を超えた子どもたちのための協力プラットホームを開催。仏教、キリスト教、ヒンドゥー教、イスラム教の指導者たちが子供の権利の実現や多様性を尊重する社会の構築を目指す協力体制をとっている。黒柳徹子は子どもたちと会話し、「どんな社会にしていきたいか」を質問。「1人1人が憎しみを抱かず、お互いを思いやる社会にしていきたい」「国の人達がお互いに助け合って困っている人の力になれるような大人になりたい」などと答えた。宗教が違っても仲良く出来る自信があると子供たちは頷いた。

unicef親善大使募金口座のお知らせ。銀行振込はみずほ銀行六本木支店 普通 1546555 ユニセフ親善大使 黒柳徹子まで。郵便振込は00130-5-8060 ユニセフ親善大使 黒柳徹子まで。地雷被害も多く、まだ紛争も多い地域で、子どもたちが学校に通える保証はない。まだすべきことがたくさんあると語った。

♪あした見る世界/小林亜星

キーワード
ユニセフ
地雷
カンボジア
ミャンマー
仏教
キリスト教
ヒンドゥー教
イスラム教
ヤンゴン(ミャンマー)
あした見る世界
小林亜星

世界の子ども達と33年 黒柳徹子のユニセフ報告 (バラエティ/情報)
11:36~

黒柳徹子にサプライズの応援プレゼント。子供たちみんなが描いた似顔絵のボードだ。大事に大事にします、とコメント。

エンディング (その他)
11:37~

エンディング映像。ミャンマーの子どもたちの心に少しでも寄り添うことができればこれほど嬉しいことはない。笑顔を絶やさないためユニセフ親善大使を続けていきたいとコメント。

スポット

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