人生で大事なことは○○から学んだ 高橋尚子…実は知らないマラソン秘密

『人生で大事なことは○○から学んだ』(じんせいでだいじなことはまるまるからまなんだ)は、朝日放送の制作により、テレビ朝日系列で2017年1月15日から9月10日まで毎週日曜日の19:58 - 20:54(JST)に放送されていた教養トークバラエティ番組。全18回。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年2月19日(日) 19:58~20:54
放送局 テレビ朝日

番組概要

オープニング (その他)
19:58~

オープニング映像。

人生で大事なことは○○から学んだ (バラエティ/情報)
19:58~

林修はランニング愛好家だと話した。東京マラソンは人気で抽選倍率12倍だという。ゲストの高橋尚子が登場。

今、ランニング人口約1000万人を数える空前のマラソンブームだという。シドニーオリンピックで金メダルをとった高橋尚子について紹介。現役引退から9年、高橋尚子は今もマラソン大会で走り、ファンへ恩返しをしているという。2020年東京オリンピックアスリート委員会の委員長として活動している。

高橋尚子が疲れない正しい走り方を紹介する。林修の走り方をチェック、両腕が触れていないので、振ると歩幅が広がる、走り方は後半バテる走り方なので、はねない、飛ばない、蹴らないのが基本だという。カラダを前に倒したときに自然とでる足運びが理想だという。両腕を振り、足は前に置くようにだす。大きな腿の筋肉を使うイメージだという。再度林修が挑戦した。

高橋尚子はもともとマラソン選手ではなく、中距離選手だった。大学4年で、東海陸上選手権の大会新記録を出した。8つの実業団からスカウトがかかったが、すべての誘いを断り、面識のない小出義雄監督に会いに行って直談判した。しかし、断られてしまった。

キーワード
東京マラソン
シドニーオリンピック
国民栄誉賞
千葉マリンマラソン
東京オリンピック
小出義雄監督
有森裕子
バルセロナオリンピック

人生で大事なことは○○から学んだ (バラエティ/情報)
20:12~

高橋は指導を受けたくて、合宿だけでもと頼み込んだ。当時のことを小出監督は、しつこかったんだ、と話した。高橋は自費で合宿に参加、監督にアピールをした。合宿最終日に監督が契約社員として誘ったという。

高橋が入部すると、小出監督がマラソン専属コーチになることが決まったという。高橋は会社に何度も訴えたという。有森裕子は当時の高橋の食いつきはすごかったと話した。最後は泣き落としで監督の指導をうけることになった。小出監督は、高橋はマラソンに転向するよう助言した。小出監督にはマラソンに向いているという自信があったという。

小出監督と高橋は、競走馬と調教師の関係のようだなどと話した。高橋は、素直になり、疑わないことが強さの秘訣と話し、林修は、疑うことは学問の基本だと話した。Qちゃんと呼ばれている由来について、オバケのQ太郎の踊りを踊ったことでQちゃんというあだ名がついたという。

走っている時、白バイが気にならないの?という質問に、あまり気にならないと話した。それより中継車が気になるときがあると話した。

キーワード
リクルート
有森裕子
ルネ・デカルト
オバケのQ太郎

人生で大事なことは○○から学んだ (バラエティ/情報)
20:25~

ドーピング検査について、検査の部屋に尿を出すためにビールが置いてあるという。検査官にみられながらする、また家にも来るという。月4回きたときもあったという。血液検査もするが、ランダムだという。

走っている時何を考えるかという質問に、 30kmまでは80%の力で走り、最後の12kmで残っている選手の調子を息遣いや足音を聞いているという。息は他の選手がいない方向に吐いていたという。

レース前後の食べ物について、炭水化物を多く取っていたという。また、マラソンで体重は落ちない、体脂肪率が4%で、毎日5~80km走っていたという。

ドーピング検査について

高橋尚子はマラソンから、あきらめたら終わりだと学んだと話した。24歳からマラソンを始め、2度目のレースで日本最高記録で優勝した。1999年の世界陸上で、左足の靭帯を損傷した。

キーワード
リディア・シモン
名古屋国際女子マラソン
シドニーオリンピック
セビリア世界陸上

人生で大事なことは○○から学んだ (バラエティ/情報)
20:35~

セビリア世界陸上をケガにより出場を断念したとき、小出監督は、今は山をおりよう、次はもっと大きな山を登らせてやる、と話したという。最後のオリンピック選考レースで大会最高記録で優勝した。シドニーオリンピックに出場、ルーマニアのシモン選手と激しいデットヒートを繰り広げた。当時のことを振り返り楽しかったと話した。

現在のシモン選手を訪ねた。今も現役として活躍している。シモン選手もすごく楽しかったと話した。シドニーオリンピックの映像を紹介した。

スタジオで、高橋はシモン選手の存在は、ライバルだけど一緒に頑張っている同志だったと話した。

金メダルをとった1年後、ベルリンマラソンで世界最高記録を樹立した。次のアテネオリンピックの選抜では野口みずきというライバルが現れた。野口みずきは現在上海で暮らしている。当時、高橋のことは意識していたと話した。高橋は、アテネオリンピック代表に落選し、進むべき道を見失ってしまった。

そんな高橋のもとに、毎日100通を超える手紙が届いた。2年のブランクののち、ふたたびレースに出場し優勝した。

高橋は、マラソンから学んだことは、あきらめたらおわりだと話した。

スタジオで、弱い自分も応援してくれたからこそ、みなさんのありがたさがわかったなどと話した。

キーワード
セビリア世界陸上
名古屋国際女子マラソン
シドニーオリンピック
ベルリンマラソン
アテネオリンピック
野口みずき
東京国際マラソン
ボルダー(アメリカ)

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