テレメンタリー 2018「機雷眠る海」

『テレメンタリー』は、ANN系列のドキュメンタリー番組である。タイトルは「テレビドキュメンタリー」からの略称による造語。タイトルの後には年号が入る(例:『テレメンタリー2017』)。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年8月26日(日) 4:30~ 5:00
放送局 テレビ朝日

番組概要

オープニング (その他)
04:31~

オープニング映像。

機雷眠る海 (バラエティ/情報)
04:31~

太平洋戦争中、米軍によって大量の機雷が投下され、海峡は「船の墓場」と呼ばれた。日本が戦後復興を果たすには機雷の除去が不可欠だった。戦後、元海軍軍人たちによる決死の掃海が行われていたことを知る人は少ない。

関門海峡を昔から眺めている野村忠司さんは、海峡が「船の墓場」と呼ばれたことは知らなかったという。米軍は関門海峡に機雷を投下し、日本が震撼したのはその起爆性能だった。

戦没した船と海員の資料館のスタッフ、大井田孝さんは戦後の民間船の機雷被害は130隻強、死者約2000人であるなどと語った。元掃海隊員の今井さんは、当時は失業もしているし使命感半分、生活半分だったという。掃海艇には磁気を出さない木造船を使用していたが、エンジンは鉄なので危険には変わりない状況での作業だった。

関門海峡の掃海は終わりが見えなかった。野村さんが偶然撮った写真には掃海艇が写っていた。1949年5月23日に掃海艇が沈没し4人が死亡する事故が起きたが、現場にいた元掃海隊員の豊田さんは、当時の悲惨さを語った。戦後の掃海殉職者は78人。事故記録について大井田さんは、金刀比羅宮で具体的に聞いたという。

キーワード
陸奥湾
海上自衛隊
太平洋戦争
機雷
関門海峡
戦没した船と海員の資料館
呉市(広島)
神戸市(兵庫)
金刀比羅宮

機雷眠る海 (バラエティ/情報)
04:43~

5月、金刀比羅宮で掃海殉職者追悼式が行われた。遺族の岡崎さんは、遺骨はなく白木の箱だけが届いたらしいと語った。

掃海隊員の岡崎祐義さんは1945年に事故で死亡したが、甥の義次さんは祖母から戦死だったと聞かされていたという。同じ船で亡くなった隊員の妹の安永さんは、自分自身は戦死としか考えていなかったと話した。米軍が箝口令を敷いていて、理由は機雷の寿命などが国際条約に違反していたから。戦後処理業務で死亡した人で、掃海作業の場合は戦死と同等と定められていた。元掃海隊員は「死んだ海がひとりでに安全な海になったと錯覚している人が多いのが悔しい」と話す。

1985年、国内の掃海は終了したが、1991年に爆発事故が起きた。関門海峡周辺には約1900個の機雷が残存している。第七管区海上保安本部は、事故は機雷と関係ないとし、船舶の通常航行に危険はないとした。2014年には極めて危険な状態で機雷が発見された。

海上自衛隊下関基地隊の掃海部隊によって、機雷は処理された。2008年から2013年の間、処理作業が行われた様子が流れた。

関門海峡では海底の磁気探査が行われ、機雷の事故を避けている。かつて「船の墓場」と呼ばれた関門海峡は、今もその後遺症は疼き続けている。

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関門海峡
金刀比羅宮
機雷
岡山市(岡山)
徳山港
岡崎祐義さん
山口市(山口)
大久保武雄初代長官
呉市(広島)
第七管区海上保安本部
海上自衛隊

エンディング (その他)
04:58~

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エンディング映像。

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