お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺 「令和」を迎えたこの夏こそ行っておきたい!全国のスゴい寺社SP

『お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺』(おぼうさんばらえてぃ ぶっちゃけじ)は2014年9月30日(29日深夜)から2017年2月13日まで、テレビ朝日系列で放送されていたバラエティ番組。全66回。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年8月12日(月) 19:00~21:48
放送局 テレビ朝日

番組概要

オープニング (その他)
19:00~

オープニング映像が流れた。

令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
19:01~

「令和」の典拠に日本最古の歌集「万葉集」が選ばれていた。その万葉集の和歌が詠まれたのが太宰府天満宮で、天才政治家の菅原道真とゆかりのある場所となっている。今回はそんな太宰府天満宮をランキング形式で紹介していく。

境内の入口にある牛の像「御神牛」の頭を撫でると「頭がよくなる」とされる理由が紹介された。菅原道真が学問の神様なので、牛の頭をなでて自分の頭をなでると知恵を授かる事ができるからだという。さらに牛の体をなでると悪い所が治るといわれている。境内に10体以上、こうした牛の像があるのは菅原道真が丑年の生まれで牛を可愛がっていたからだった。

インドでは牛が神様で、日本でも五穀豊穣の神といわれてきた。お盆の時期にはご先祖様が馬に乗ってやってきて、牛に乗って帰っていくという。牛を慈しんでいた菅原道真は、無実の罪で左遷されたが国の平安を祈り続けていた。

太宰府天満宮に太鼓橋が3つあるのは「未来・現在・過去」をあらわしているからだという。室町時代からあるこのような橋を渡るのは、仏教において修行の意味が込められている。橋を渡ることで此岸である迷いの世界から、彼岸の悟りの世界に渡っているという。

「令和」のもととなったのは、太宰府天満宮から3km離れた現在の坂本八幡宮で行われた「梅花の宴」だという。この宴では太宰府役人が、梅の花見を楽しみながら和歌を詠んでいた。宴から1300年を経て、太宰府天満宮の曲水の庭で「曲水の宴」という神事として執り行われている。神事は曲水溝から盃を流し、その盃が自分の前に来るまでに一首の歌をつくる。そしてその盃を飲みあげ、歌と盃を渡すという。盃が流れてくるまでの時間は2、3分となっている。この曲水の宴の先駆けとなったのが、730年頃に太宰府長官をつとめた大伴旅人梅花の宴だった。上野さんは令和の元となった和歌の序文について「令和という元号も日本人はこんな楽しい宴をしてきたんですよ。そんな心で新しい時代をむかえましょうというという想いがある。詠われた場所が九州の太宰府で、外来文化が最初に来る玄関口で、そんな所から令和がとられた」などと解説した。

曲水の庭で太田&室井が記念の一首!御本殿の配置に隠された道真の驚きのエピソードとは!?

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
19:23~

曲水の庭で太田さん達は曲水の宴に挑戦した。室井滋さんは「やっと来た おひさしぶりのミンミンに 涼しき夏に サラバと笑う」と詠み、太田さんは「一つずつ 歩いて来たよ 川の流れのサライの空に」と詠んだ。こうした宴は時間が限られている事で、素直で正直で純粋な心を詠む事ができると紹介された。

伝説の樟&道真が聴いた日本最古の鐘 ぶっちゃけ寺ならでは!徳川のお宝 テレビ初公開!

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
19:29~

手水舎で手を清めた一行は、開運スポットである樟にやってきた。樟は元々外にあったが、中に入って屋根を突き抜けていったという。そんな樟は防虫剤としても使用されており、木からはお香の匂いがすると室井さんが伝えた。

太宰府天満宮には「梅」に関するものが多く、空を飛んだ伝説が残る梅の木「飛梅」があるという。平安時代に右大臣をつとめていた菅原道真が、無実の罪で太宰府に左遷點せられた時に梅の歌を詠んだ。その時に、梅が道真公を慕って飛んできた伝説から「飛梅」の名前になったという。そんな梅は仏教において冬の寒さが厳しいほど、春に美しい花を咲かせる事から、修行に例えられていた。5歳で梅の和歌を詠んだ道真公は、33歳の若さで文章博士となった。道真公はその後左遷させれられ榎社にいた時、罪人同様だったので見かねた老婆が梅の枝にまきつけて蔀戸から差し入れた事から名前がついた「梅ヶ枝餅」も有名だという。

太宰府天満宮の御本殿は905年に創建されたが、戦で炎上した。1591年に筑前国主の小早川隆景が再建した。そんな御本殿には菅原道真のお墓があり、道真公は自分の遺体を牛に引かせて止まった所に埋めよと遺言をしていたのでこの場所になったという。さらにこの御本殿をつくったのは、道真公の門弟である味酒安行さんだった。つまり、今回紹介してくれた味酒安則さんが42代目だという。

平安時代に左遷させられた菅原道真は、太宰府天満宮から車で10分の所にある「観世音寺」で鐘の音を聴いたという。746年に完成し、空海と鑑真も滞在した記録もあるこの寺の鐘の音を、太田さん達もこれから聴くことにした。

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
19:51~

左遷させられた菅原道真も拝んだかもしれない「観世音寺」の巨大観音像は約5mもあり、全てが重要文化財に指定されていた。680年頃に製作され、日本最古といわれる国宝の梵鐘の鐘の音を室井さん達は聴いた。上野先生は、道真公はこの鐘の音を無念の思いで聴いたと解説した。

室井滋 新曲&エッセイ「ウイルスのチャチャチャ」、「ヤットコスットコ女旅」の紹介テロップ。

2017年に徳川家の銀印が150年ぶりに大発見された。この銀印は日米修好通商条約の時に押したものと印影が全く同じもので、徳川記念財団が蔵の整理をした時に偶然発見したという。そこで、2017年以降に新発見されたお宝を特別公開する。

徳川光圀が大切に拝んできたという仏像は、水戸徳川家の菩提寺「常福寺」で大切に保管されていた。2018年からの調査によって鎌倉時代のものと判明され、現在は神奈川県立金沢文庫に保管されている。その極小仏は6から7mmの阿弥陀三尊像で、目に見える最小の「微塵」に宇宙があって小さいものにも功徳があると光圀公は説いているという。

川島さん達は常福寺の「聖観音菩薩立像」も見せてもらった。この像は常福寺の末寺で保管されていたが、東日本大震災でお堂が倒壊して仏像も首部分が破損してそこから墨書きが発見された。この墨書きで、仏像が浅草寺の本尊をイメージして作られたと判明した。常福寺では仏像を10月24日から31日まで一般公開しているという。

大坂の陣は冬の陣と夏の陣2回にわたって徳川軍が、豊臣軍を滅ぼした戦いだった。これまでも大坂の陣の配置図は発見されていたが、昨年発表された配置図は最大級の大きさだという。縦が約1.9m、横が約1.2mの大きさの配置図を見た川島さんは驚いていた。豊臣軍の配置はこれまで分かっていたが、徳川家の配置は分かっていなかったという。配置図には最強の砦として、真田幸村の名前もあった。徳川軍の武将達は付箋のような紙に書かれ、動かせるようになっていた。この巨大配置図は広島県立歴史博物館で10月4日から、11月24日まで公開されている。

埼玉県の大聖寺では、家康が関ヶ原の戦いの前に戦勝祈願で訪れた縁の深い寺となっている。そんな大聖寺にあった徳川家康が実際に使用したとされる「御垢附 御夜具」が公開された。家康は戦国時代の終わりから江戸時代の始めに大聖寺に来たので、その頃は布団をかけて寝ていたという。

愛知県の徳川美術館では、家康の死後400年が経過しても保存状態が良い湯たんぽが保管されていた。テレビ初公開となったこの湯たんぽは高さ38.1cm、長さ84.2cmで日本最古の物とみられている。湯たんぽはお湯の温度を保つために注ぎ口が小さく設計したとみられている。

家康が履いていたとされる足袋は、鹿の皮で足の形が残っていた。サイズは23.5cmで、墨書きで名前も記されていた。

江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜は書の達人といわれているが、去年発見されたのは側近のために書いた「誠の書」だった。この書は広辞苑の編纂者・新村出の押入れの中から出てきた。新村出の姉は慶喜の側室で、父は慶喜の側近を深めていて親交が深い間柄だった。テレビ初公開となったこの書の「誠」は真実で嘘偽りがないことを指し、1番武士に求められていた事だったという。

2017年に平成の大修理を終えた日光東照宮の隣にある輪王寺では、三仏堂が8年ぶりに姿をあらわしている。今回はお坊さんとともに寺などをまわり、徳川家のナゾとお宝を大公開していく。

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
20:27~

日光東照宮には輪王寺や二荒山神社があり、この1つの寺と2社が世界遺産となっている。今回はそんな東照宮を日光ガイドの大高さんとともに紹介していく。大高さんは家康が日光に自分のお墓を作らせたのは、江戸城からみて日光が鬼門の位置だったので、徳川家を守るためにあえてこの地を選んだという。そんな東照宮の石鳥居は幕府繁栄の願いをこめて設置されたが、角度が6度ずれているという。門を造った後にあえて角度をずらしたのは、崩壊を防ぐためにわざと欠点をつくったという。こうした不完全さは陽明門の、柱の模様違いにもあらわれている。

石鳥居に書かれた「東照大権現」という文字は、朝廷が用意した家康の神としての名前だった。朝廷が用意した家康の名前の候補は他にもあるが、それは何か問題が出された。

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
20:40~

「東照大権現」は朝廷が用意した家康の神としての名前だった。朝廷が用意した家康の名前の候補は他にも、時の関白が選んだと言われる「日本大権現」もあった。家康にまつわる言葉で光が多いのは東の天照大神になぞらえているためといわれている。ちなみに石鳥居付近には天気が占える「照降石」もある。

表門には夢を食べる霊獣といわれている「バク」の彫刻が彫ってあった。バクは鉄を食べるともいわれ、平和な時代になったので武器はいらないと平和の象徴の意味もあった。

石畳には戦の際に鉄砲の玉となった鉛が使われているという。石畳だけではなく、三神庫の屋根瓦も戦の際に使っていた。詰め込むと1000人入って兵士などの数を数える事ができる石畳も、あわせて紹介された。

石畳を抜けると有名な三猿を見ることが出来た。仏教では有名な猿の物語として「西遊記」の三毒とこの三猿は深い関係にあるという。三毒では戒律を守ることで欲望をおさえ、怒り自体が空であることに気づき、思いやりの心を物事を見る事と説いている。

いよいよ!日光東照宮最大のミステリー 陽明門の謎 美しい彫刻に隠された願いとは!?特別公開!晩年の家康を描いた伝説の肖像画

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
20:54~

陽明門に行く前の石段では「恐悦跳び越えの獅子」という石像があった。この石像は1つの石を彫り出したものとなっている。陽明門の彫刻は家康の思いを後世に伝えるものだった。陽明門は高さ11.1mで家康の孫である家光が、当時の技術の粋を集めて作られていた。緊迫がふんだんに施された陽明門には、上段と下段の龍の顔に違いがあった。これは修行を続ければ成長できるという意味が込められているという。中国では古くから龍を治める風習があって、トップに立つ人間は全てコントロールできるといわれている。そして龍の他にも彫られている子供の彫刻には、子供が遊べる時代になるようにとの願いが込められていた。子供の彫刻の中心部には、司馬温公が水瓶よりも友人を助けた言い伝えをあらわす水の彫刻が彫ってあった。

水瓶の彫刻の下には、古代中国の優秀な政治家が髪を洗いながら家臣たちの話を聞いている彫刻が彫られていた。これには家康の「人の声を聞くことが平和の時代をつくる礎」になるという思いが込められていた。

参勤交代などを発案した徳川家光は、日光東照宮の隣にある輪王寺に眠っている。黒門を抜けると平成の大修理を終えた「三仏堂」があらわれた。このお堂の中には巨大な三体の仏様が眠っており、見せてくれる事になった。仏は「日光三所権現本地仏」といって檜に金箔が塗られている。日光は約1250年前から山岳信仰の聖地となり、3体の仏様は家族繁栄の願いが込められたものだった。平和の祈りが捧げられた巨大な仏像は、台座に乗って参拝者を見守ってくれていた。この台座は、台座がないと仏像の威厳が無くなる「台無し」という言葉の由来にもなっていた。

石鳥居から徒歩10分のところには、家光の霊廟である「大猷院」があった。ここは歴代将軍や限られた人しか入れなかったという。

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
21:22~

徳川家光が日光に眠っているのは、遺言で自分の好きだった祖父・家康の側で眠りたいと願っていたからだった。家康が眠る日光東照宮も豪華にした家光は、唐門の奥に位牌がある。今回、特別に中を見せてもらうと大猷院の拝殿には一面に金が散りばめられていた。別名、金閣殿と呼ばれる拝殿の天井には140枚の龍の絵が施されていた。さらにこの拝殿には、家光が着用したとされる鎧も置かれている。拝殿を抜けた先には相の間と本殿があり、家光の位牌があるという。太田さん達は本殿のぎりぎりまで見せてもらい、特別な日にしか公開されない家光の位牌の扉も開けてもらった。また、家康が「東照大権現」の名を与えられたように、家光も「大猷院」の名が与えられている。この大猷院の意味は、250年以上続く戦争のない世の中の大きな道を開いたという意味があった。さらに家光は亡くなった後も、家康を守るべく北東に大猷院を配置していた。

家光が夢に見た晩年の家康の肖像画が公開された。その肖像画は家族にしか見せない顔が描かれていたという。

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
21:35~

三代将軍の家光が夢に見た祖父の家康の姿を、当時の有名絵師・狩野探幽に描かせた肖像画が公開された。その肖像画には、威厳のある家康と違って心を開いた身内にしか見せないくつろいだ様子だった。太田さんはこの肖像画を見て「仏の顔。悪いことも全部経験した上で到達する。だから神様にしようと思ったのかな」などとコメントしていた。この肖像画は10月10日から12月3日まで輪王寺宝物殿に展示されている。

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令和ゆかりの寺社&徳川のお宝大公開SP (バラエティ/情報)
21:41~

阿川佐和子さんは自身が出演している「セミオトコ」が、今週金曜日の夜11時45分から放送されていると伝えた。

東照宮の横から入る中禅寺湖のほとりには、中禅寺がある。そこには大地に木の根をはった立木観音があった。さらに近くには日光を開山した勝道上人が見つけたとされた伝説の温泉があった。

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エンディング (その他)
21:43~

大塚寧々さんは自身が出演している「劇場版おっさんずラブ」の紹介をしていた。

エンディング映像が流れた。

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劇場版おっさんずラブ

番組宣伝 (その他)
21:44~

報道ステーションの番組宣伝。台風10号接近 相次ぐ水難事故

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