お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月〜 2012年1月22日放送回

放送日 2012年1月22日(日) 14:00~15:25
放送局 テレビ朝日

番組概要

オープニング (その他)
14:02~

このあと、芸人たちが東日本大震災の被災地へ向かう。

東日本大震災時の津波の映像が放映された。桂三枝は我々がこういう所でお笑いを提供していいのかと話し、大村朋宏は俺らが行って励ますなんて大それたことして大丈夫なのかと思っていた。

キーワード
東日本大震災
津波

お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月 (その他)
14:08~

東日本大震災の津波で実家を失ったパンサー 尾形貴弘は両親は避難して無事だが会うことが出来ずいた。4月5日、震災から26日が経ち初めて実家へと向かっていった。

尾形は実家のあった野蒜を歩きまわり、尾形が子供の頃よく遊んだという白鬚神社が無残な姿で残っているのを前に唖然とした。生まれ育ったふるさとの面影はどこにもなかった。

尾形は両親のいる避難所へ訪れ、両親の無事を確認した。両親の両隣の家族は亡くなってしまったが、尾形の親族は全員無事だった。

5時間後、尾形は渋谷のヨシモト∞ホールでの舞台の仕事に向かった。尾形はお笑いで元気を与えたりも思っていると話していた。

2011年3月11日の東日本大震災時の宮城県仙台市内の様子が放映。震源地から400km近く離れた吉本興業東京本部でも震度5を観測。吉本興業・東京本部でも一部建物が崩壊した。芸人たちはテレビに映し出される宮城県仙台市名取川の映像に衝撃を受けていた。

宮城県・石巻市の、東日本大震災時の映像が流れた。

東日本大震災から43日目の4月22日、阿部智則は地元、宮城県石巻市にいる母親・明美さんに会いに車で向かった。日和山公園からは見下ろすと津波で崩壊した町のがあり、その景色の中に、昔阿部が行った岡田劇場の崩壊した姿もあった。

東京では、節電など自粛ムードが漂っていた。そんな中、石田明ら芸人たちは募金活動を行っていた。中田カウスは、「自分たちに出来ることは、舞台と募金をすることだ」、笑福亭仁鶴は「被災者たちに笑って辛いことを忘れてもらいたいが、難しいことだ」、桂三枝は「3、4カ月たつと笑えるゆとりもでてくるかもしれない」と、それぞれの思いを語った。

キーワード
東日本大震災
仙台市(宮城県)
名取川(宮城)
東松島市(宮城)
渋谷(東京)
石巻市(宮城)
津波
野蒜(宮城)
節電

お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月 (その他)
14:25~

東日本大震災の被災地である宮古市に向かったトータルテンボスは向かった。トータルテンボスは崩壊した家々を目にし、震災の脅威を感じていた。町の人に笑いで励ましたいと告げ、トータルテンボスは自分たちを相手してくれることに感謝した。

トータルテンボス、もう中学生らが宮古市立鍬ケ崎小学校に訪れた。学校の校庭でよしもとあおぞら花月が行われ、漫才を披露し小学生はサインを求めるなど喜んだ。勇気をもらい、楽しめた人もいた。

東日本大震災から5ヶ月後、宮古市立鍬ケ崎小学校の児童たちは「今ではお腹の底から笑えるようになった」と、当時の津波の様子から5ヶ月後を振り返った。

キーワード
よしもとあおぞら花月
東日本大震災
宮古市(岩手)
津波

お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月 (その他)
14:35~

なだぎ武らが宮城県・南三陸町に到着。ワッキーらは降車して東日本大震災の被害を受けた町を見た。

なだぎ武らが避難所になっている宮城県志津川高等学校に到着。ワッキーらは被災者たちにお笑いを持ち込んでいいのかの決心がまだつかずにいた。学校でガリットチュウら、ワッキーが漫才を披露し、子どもたちは楽しんだ。

宮城県・亘理町では、ケンドーコバヤシと宮川大輔がトークライブを開催したり、亘理町市立逢隅小学校を訪れ、東日本大震災の被災者たちを勇気づけていた。

ケンドーコバヤシと宮川大輔は地元の災害臨時放送局のりんごラジオにも出演。りんごラジオではお笑いのパワーを語っていた。代表の高橋厚さんは、笑いを提供してくれるのは東日本大震災の被災者を楽しませてくれ、そういう時間が大切で積み重ねが大事だと話していた。

ワッキーは子供たちとサッカーを楽しみ、時間ギリギリまで子供たちと触れ合っていた。なだぎ武は、子供たちも元気でみんな笑顔で、今をちゃんと受け入れて明日を見ているという強さを感じたと話していた。

キーワード
亘理町(宮城)
りんごラジオ
南三陸町(宮城)
東日本大震災

お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月 (その他)
14:49~

笑福亭仁鶴と中田カウス・ボタンは6月3日に東日本大震災の被災地となった南三陸町、6月24日に仙台市に訪れた。南三陸ホテル観洋と秋保温泉旅館佐勘でそれぞれの芸を披露した。笑福亭仁鶴は「道具屋」を披露。今回は「火事場」を「道端」に言い換えた。

東日本大震災から73日の5月22日、西川きよしは気仙沼市の松岩公民館に訪れた。気仙沼市の人々は漫才を見て喜んでいる様子だった。

7月12日にしずるやロバートは大槌町の大槌町立吉里吉里小学校を訪れ、漫才を披露して子供たちを楽しませた。教師の千葉英悦先生は、笑いは子供たちの心にとっていいエネルギーで、これからも色々なところをまわっていただければと話していた。

東日本大震災から3ヶ月後、大槌町立吉里吉里小学校の芳賀勝くんの自宅を訪れた。芳賀勝くんの父親は今回の芸人たちの訪問は子供たちにとってありがたいと語った。

キーワード
南三陸町(宮城)
仙台市(宮城)
気仙沼市(宮城)
松岩公民館
大槌町立吉里吉里小学校
東日本大震災
大槌町(岩手)

お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月 (その他)
15:04~

7月21日、桂三枝は東日本大震災の被災地の石巻市を訪れ、落語や上を向いて歩こうなどを披露。湊小学校災害対策本部長の庄司慈明さんは、被災者が笑うということは必要で、面白いことには笑いたいと話していた。

2ヶ月後、避難所では桂三枝が訪問して以来、笑いが多くなった。今まであまり笑いがなかったが多く笑うようになり、実際に勇気づけられて、これからの生活にも笑いが必要だと話していた。

キーワード
上を向いて歩こう
石巻市(宮城)
東日本大震災

お笑い芸人と東日本大震災 〜よしもとあおぞら花月 (その他)
15:13~

7月22日、桂三枝は東日本大震災の被災者の釜石市に訪れ、落語などを披露していた。避難所の人々はしばらくぶりに大笑いをして、大盛り上がりで元気をもらったと話した。桂三枝は、長い芸能生活の中でも忘れられない一日になったと述べた。

桂三枝を前に涙を見せた寺崎幸季さんは、釜石市で釣りの最中に東日本大震災に遭遇した。寺崎幸季さんは避難したあとにずっと波を見ていて、母親とも連絡が取れずにいたと話していた。

東日本大震災から7ヶ月経った釜石港では、水が今も浸っていた。寺崎幸季さんは人を笑顔にする芸人さんはすごいと話していた。そんな寺崎幸季さんはたくさんのものをなくしてしまったが、今は桂三枝のサインが新しい宝物となり、笑顔をみせていた。

キーワード
釜石市(岩手)
東日本大震災
桂三枝
釜石港

エンディング (その他)
15:19~

よしもとあおぞら花月に参加した芸人は178組、訪れた場所は105ヶ所、約22000人の皆さんに集まっていただいた。これからもこの活動は続く。

ワッキーら芸人たちが東日本大震災の被災地を訪問したことを振り返り、漫才師でよかった、あの時の気持ちを忘れてはいけないなどを話していた。

尾形貴弘は自身の両親に家を建てたいと語った。

キーワード
東日本大震災
よしもとあおぞら花月

スポット

エンターテインメント/芸能

吉本興業東京本部

スクール/教育

宮城県志津川高等学校
亘理町市立逢隅小学校
宮古市立鍬ケ崎小学校
湊小学校

レジャー/交通

岡田劇場
ヨシモト∞ホール
日和山公園

宗教

白鬚神社

旅行

南三陸ホテル観洋
秋保温泉旅館佐勘
  1. 1月22日 放送