ものづくりネットワーク大賞 その命尽きるまで…〜闘将32回目の夏〜

放送日 2015年12月29日(火) 3:55~ 4:55
放送局 テレビ朝日

番組概要

オープニング (その他)
03:55~

闘将と呼ばれた上甲正典監督について伝える。上甲正典監督は監督人生で32回目の夏だと伝えた。それは病と戦い続けた夢への挑戦だと伝えた。

キーワード
上甲正典監督
宇和島東高等学校

その命尽きるまで…~闘将32回目の夏~ (バラエティ/情報)
03:58~

上甲正典監督の娘の上甲夕美枝さんは高校時代は父のもとでマネージャーをしていたと伝えた。そこで高校時代や大学時代の上甲正典監督の写真が紹介された。野球関連の写真が多いと伝えた。野球があったから病気とも戦えたのではないかと伝えた。上甲正典監督は1988年に宇和島東高等学校を指揮して衝撃を与えた。そこで選抜初出場して初優勝した。1998年の試合では土壇場で試合を同点にした様子が伝えられた。2002年には済美高等学校の初代監督に就任した。就任から2年で2度目の選抜初出場初優勝を果たした。

上甲正典監督が育てた選手には岩村明憲選手や平井正史投手や宮出隆自選手がいると伝えた。済美高等学校に移っても、鵜久森淳志選手や福井優也投手らを送り出した。これまでに10人のプロ野球選手を育てた。最後の10人目は安楽智大投手だと伝えた。

上甲正典監督は全国の名将たちとも交流を深めてきたと伝えた。高嶋仁は最後まで諦めないことを学んだと語った。馬淵史郎監督は病気のことを忘れさせてくれる存在だったと伝えた。

上甲正典監督は安樂智大の右腕に夢を託したと伝えた。上甲正典監督と安樂智大は3つの約束をしたと伝えた。それは夏の甲子園全国制覇とドラフト1位でプロ入り、 160キロ出すことだと伝えた。夏の甲子園のころに上甲正典監督はガンを患っていたと伝えた。

キーワード
上甲正典監督
宇和島東高等学校
龍谷大学
馬淵史郎監督
前田三夫監督
岩村明憲選手
平井正史投手
宮出隆自選手
鵜久森淳志選手
福井優也投手
安楽智大投手
夏の甲子園

その命尽きるまで…~闘将32回目の夏~ (バラエティ/情報)
04:12~

上甲正典監督の娘の上甲夕美枝さんは高校時代は父のもとでマネージャーをしていたと伝えた。

夏の甲子園が終わって、いつもの場所に上甲正典監督の姿はなかった。2014年の初詣に上甲正典監督の姿があった。治療をとるのか、選手たちと甲子園を目指すのかと伝えた。そして監督はグラウンドに戻ってきたと伝えた。監督は病気を隠しながら戦っていたと伝えた。見つかった時には手術はできない状態だったと上甲夕美枝は語った。

済美高等学校は3月に練習試合を行うことになった。毎年のことだが今年は重みが違っていると伝えた。

済美高等学校での練習試合の様子を伝える。抗がん剤を飲みながら練習試合に参加していたと伝えた。上甲正典監督は治療も野球に例えていたと伝えた。自分の体よりもチームの状態を心配していたと伝えた。

キーワード
上甲正典監督
宇和島東高等学校
龍谷大学
馬淵史郎監督
前田三夫監督
夏の甲子園
橋野純監督

その命尽きるまで…~闘将32回目の夏~ (バラエティ/情報)
04:24~

2014年4月に安樂智大が半年振りに実戦マウンドに戻ってきた。上甲正典監督はホッとしたと語った。自分から投げたいという気持ちになっただけでもいいと上甲正典監督は語った。済美高等学校に明るい兆しが見えた。6月に上甲正典監督が67回目の誕生日を迎えた。選手たちから監督のお気に入りの曲でお祝いしたと伝えた。

夏の大会まで約2週間になって強化練習の様子が伝えられた。そこで大会での決意が伝えられた。それを聞いて上甲正典監督に涙が見えたと伝えた。上甲正典監督は感動を与えられるようなチーム作りをしたいと語った。

2014年7月に決起集会が開かれた。焼き肉を囲って束の間の休息を味わった。上甲正典監督は夏の大会前は寝れないと語った。

夏の大会の前日に上甲正典監督は14年前にガンで亡くした妻の墓参りをした。毎年必ずここを訪れていると伝えた。

キーワード
上甲正典監督
安樂智大
光GENJI
勇気100%

その命尽きるまで…~闘将32回目の夏~ (バラエティ/情報)
04:34~

2014年7月14日に大会が開幕した。上甲正典監督はことしで32回目だと伝えた。何年やっても初戦は初舞台だと語った。続けられるのは勝った選手の笑顔だと語った。安樂智大はなんとか甲子園にという思いがあったと語った。そして3回戦相手は温高だと伝えた。安樂智大がこの日も三振の山を築いたが、試合には負けてしまった。上甲正典監督はこの三年間は楽しかったと語った。

この後に済美高等学校の野球部に不祥事が発覚して1年間の対外試合禁止処分になった。時を同じくして上甲正典監督の容体が急変して緊急入院した。そして2014年9月2日に亡くなったと伝えた。馬淵史郎監督は最後の面会でも野球のはなしばっかりだったと語った。岩村明憲は感謝してもしきれないと語った。安樂智大はプロ野球で活躍することが最高の恩返しだと弔辞で語った。

上甲正典監督が亡くなってから51日目にドラフト会議が行われた。安樂智大は会見場に上甲正典監督の娘の上甲夕美枝を呼んでいた。安樂智大は東北楽天ゴールデンイーグルスに1位で入団が決まったと伝えた。安樂智大は監督との約束の一つが果たすことができたと会見で語った。その日の夜に安樂智大は上甲正典監督の仏壇に報告したと伝えた。

上甲正典監督は監督生活32年で甲子園出場17回通算25勝だと伝えた。さらに誰も成し得てない2度の選抜初出場初優勝をしていると伝えた。高嶋仁監督は野球に始まって野球に終わるのは羨ましいと語った。馬淵史郎監督は上甲正典監督が亡くなる2日前に書いた書を披露した。

キーワード
上甲正典監督
ドラフト会議
東北楽天ゴールデンイーグルス

キャスト

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