プログレス賞 花に逢はん〜人としての尊厳を求めて〜

放送日 2013年1月2日(水) 6:00~ 7:25
放送局 テレビ朝日

番組概要

オープニング (その他)
06:00~

フィリピン・クリオン島はかつてハンセン病患者が隔離されていた島。現在でもその関係者が暮らす島を伊波敏男さんが訪れた。

キーワード
クリオン島(フィリピン)
ハンセン病

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
06:01~

今年2月に長野県上田市出身の伊波敏男さんはハンセン病の正しい知識を伝え、偏見や差別をなくそうと長野県青木村の青木中学校を訪れ講演した。伊波さんは小学生の頃に発症したが、菌の検出が難しいT型ハンセン病だったため小児神経炎と診断されてしまう。中学生になり、ハンセン病の宣告を受け療養所に隔離された。妹の長嶺敦子さんは別れの日に散山節を弾いた父の思いについて語った。

名護市屋我地島の沖縄愛楽園は国立の療養所だった為、戦後アメリカ軍の管理下に置かれた。兵士への感染を恐れ米軍政下でも隔離政策がとられた。不治の病と恐れられていたが、特効薬プロミンで完治するようになったが療養所でしか処方されなかった。

沖縄の療養所に入所後、伊波さんは園内の中学校で学び始めた。しかし、園内には高校が無かったため全国の療養所で雄一高校を抱えた岡山の長島愛生園へ 父親に懇願した。伊波さんは父親とともに米軍の検問をくぐり抜け、鹿児島行きの船に乗り込んだ。

岡山県瀬戸内市の長島愛生園を伊波敏男さんが訪れる。命がけの逃走から1年後、新良田教室に入学したがハンセン病患者の伊波さんには偏見と差別が待ちうけていた。しかし新しく赴任してきた橋爪長三医師との出逢いが伊波さんの人生を大きく変えた。5年間で12回の手術を受け手足が動くようになった。

講演会で中学生からの質問に伊波さんは、家族が理解できないのではなく偏見で家族が押しつぶされていると語る。妹の長嶺敦子さんら兄弟は差別を受けた話す人はいない。現在でも全国の療養所に取り残されているハンセン病回復者に触れた。16年前厚生大臣が回復者に謝罪し、らい予防法が廃止された。

5年後、熊本地裁でハンセン病国家賠償訴訟の判決が下された。回復者らが損害賠償と人権回復を求め国を訴え、全面的に訴えが認められた。当時の小泉総理は控訴を断念し、ハンセン病回復者の人権救済に努めると約束した。しかし現在でも療養所に多くの回復者が取り残されている。講演を聞いた中学生が感じたことを語った。

キーワード
上田市(長野)
青木村(長野)
T型ハンセン病
小児神経炎
プロミン
屋我地島(沖縄)
ハンセン病
沖縄愛楽園
鹿児島県
岡山県
沖縄県
橋爪長三医師
瀬戸内市(岡山)
らい予防法
小泉総理
熊本地裁

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
06:17~

伊波さんは妻・繁子さんと福祉活動を通して出会い、18年前に2度目の結婚をした。高校を卒業した伊波さんは東京・東村山市の多磨全生園に入所した。授産施設の東京コロニーに就職し社会復帰を果たした伊波さんは看護師の女性と結婚した。しかし世間からの風当たりは辛かった。

共働きだった伊波さんは職員組合の保育園に息子を預けたが、伊波さんが保育園に来ないという条件付きだった。

差別はこれだけにとどまらず、妻は精神的に追い込まれていった。ハンセン病問題を訴えようと伊波さん夫婦の姿をカメラで追っていた大谷英之さんが当時の様子を語った。妻はハンセン病回復者としてではなく障害者として生きていけないかと懇願したが、伊波さんは受け入れず家族と別れた。

子供たちと別れ30年。妻の繁子さんと愛犬と一緒に幸せに暮らしている伊波さん。成人した息子たちとも現在は交流がある。

8年前長野県上田市に暮らす伊波さんのもとをWHO医師のスマナ・バルア博士が訪れた。賠償金の使い道を考えていた伊波さんに、医療過疎に悩むフィリピンで医師や看護師を育成する基金に提供して欲しいと申し入れてきた。伊波基金の一期生となるチョナ・バリチュアさんさんはハンセン病隔離の島・クリオン島出身で祖父もハンセン病回復者だった。

キーワード
東京コロニー
東村山市(東京)
ハンセン病
フィリピン
上田市(長野)
クリオン島(フィリピン)
WHO

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
06:29~

今年2月、伊波さんは那覇市内にある沖縄県ゆうな協会を訪問した。周囲に隠れて通院してくるハンセン病患者の治療にあたっていたのが、沖縄愛楽園所長だった犀川一夫医師。犀川医師は体の治療だけでなく傷ついた心も救いたいと信念を強くもっていた。

ハンセン病国立療養所は全国に13施設ある。岡山の長島愛生園は全国初のハンセン病国立療養所として設置された。犀川一夫医師は周囲の反対を押し切って長島愛生園で勤務した。入所者の宇佐美治さんは犀川医師に助けられたと当時の様子を語った。初代の光田健輔園長は当時のらい予防法のもと患者を収容したが、ハンセン病特効薬プロミンの効果を信用せず隔離政策を続けるべきと主張した。橋爪長三医師はハンセン病は薬を飲めば感染しなくなると説明した。

光田園長の主張に異を唱えたのが犀川医師だった。プロミンの効果に確信を持ち患者の人権を守るためにも在宅治療にするよう進言した。しかしらい予防法は継続され落胆した犀川医師は日本を離れ台湾などでWHOの職員として在宅治療を手がけた。その後政府の要請で沖縄愛楽園園長に就任した。犀川医師と働いた砂川栄子さんは、当時の様子を語った。犀川医師が行った講演の様子が流れる。

キーワード
犀川一夫医師
沖縄県ゆうな協会
沖縄愛楽園
那覇市(沖縄)
ハンセン病
光田健輔園長
プロミン
WHO
らい予防法

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
06:41~

今年2月に那覇市で伊波さんは塩川盛長さんら高校の後輩と再会した。賠償判決後の社会の変化について話した。伊波さん国の誤った政策によって引き起こされた偏見と差別はハンセン病問題だけにとどまらず、薬害エイズ・薬害肝炎・水俣病も政治の隠ぺいによって弱者が生まれてしまったと話す。

キーワード
那覇市(沖縄)
薬害エイズ
薬害肝炎
水俣病
ハンセン病

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
06:49~

沖縄訪問最後の夜、伊波さんの講演を受け高校卒業後もボランティア活動を行なってきた人たちと再会した。賠償判決から2年後、熊本圏内のホテルがハンセン病回復者の団体の宿泊を拒否する事件がおき、ホテル側が謝罪した。この事件に対して川満美幸さんや祖堅加奈枝さん達は行動を起こしたが、インターネットに誹謗中傷が書き込まれた。

キーワード
沖縄県
ハンセン病

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
06:56~

伊波さんは14年前に「花に逢はん」(人文書館)を出版した。著書には波乱に満ちた伊波さんの反省が綴られている。

今年5月に伊波さんのもとに伊波基金第一期生でクリオン島の病院で働くチョナ・バリチュアさんか一通の手紙が届き、基金受給者に会いに行く決心をする。ハンセン病患者の隔離先とされたクリオン島を訪れた伊波さんの到着を総合病院のアルチュロ・クナナン博士らが出迎えた。

伊波さんを出迎えた看護師のオーディン・ダイアージさんも伊波基金で看護師となった1人。アルチュロ・クナナン博士は、ハンセン病回復者が抱える貧困の悪循環を断ち切るには教育だと語る。チョナさんは現在サウジアラビア・ジェッダで家族を支えるため働いており父・ヒナーロ・バリチュアさんは伊波さんに感謝を伝えに訪れた。

クリオン島の公立診療所では、内科・小児科・婦人科など診療科目は多岐に渡る。ダイアージさんの姿を見て診療風景の原点を見た気がすると伊波さんは語った。現在クリオン島では従来型ハンセン病は完全に撲滅されている。 かつて療養所は総合病院となっている。

伊波さんは病院の一角にある資料館を訪れた。当時の薬や医療器具は日本の診療所を思い込させた。夜、島に住むハンセン病回復者と食卓を囲んだ。

キーワード
花に逢はん
クリオン島(フィリピン)
チョナさん
ジェッダ(サウジアラビア)
ハンセン病

花に逢はん~人としての尊厳を求めて~ (バラエティ/情報)
07:13~

マニラから南東に約600km、太平洋戦争末期にマッカーサーが上陸したレイテ島。伊波基金はこの街で地域医療に携わる医師を育成する大学・フィリピン国立大学医学部レイテ分校で使われている。

レイテ島の無医村カン・ウグイブ村に向かった伊波さんは、村の推薦で助産師コースを終了した19歳のルッチェル・ドセナさんに話を聞いた。ルッチェル・ドセナさんは村で助産師をしながら国家資格の医師を目指す為、伊波さんが援助を申し出ると涙を流した。伊波さんは基金の生きてる実物を見せてもらったと語った。フィリピンでは保険制度が確立しておらず医師も高賃金を求め海外流出し人材が不足していた。

伊波基金の受給者が卒業を前に集まった、受給者たちは貧しい家庭の出身で伊波基金がないと卒業ができなかったと話す。卒業式では伊波さんがスピーチし医療に携わる大切さを話した。長年思い続けたフィリピンへの旅は伊波さんの半生を振り返る旅となった。

キーワード
マッカーサー
太平洋戦争
フィリピン国立大学 医学部レイテ分校
マニラ(フィリピン)
レイテ島
カン・ウグイブ村(フィリピン)
フィリピン

エンディング (その他)
07:22~

伊波さんは人との出逢いに感謝し、自分と出逢った人たちが意味を見出してくれるよう努力したいと語った。

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