ジャンクSPORTS 山本美憂が涙の初告白!不屈の超人たちの知られざる裏話

『ジャンクSPORTS』(ジャンク・スポーツ)は、フジテレビ系列で放送されているスポーツを題材としたトークバラエティ番組。2000年4月11日から2010年3月21日までレギュラー放送され、レギュラー終了後は、特別番組として不定期に放送されていたが、2018年1月28日から毎週日曜日 19:00 - 20:00(JST)にて再度、レギュラー放送されている。ステレオ放送、文字多重放送、ハイビジョン制作を実施している。通称は『ジャンク』『ジャンスポ』。こちらでいう「ジャンク」とは英語で「中毒」のこと。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年6月9日(日) 19:00~20:00
放送局 フジテレビ

番組概要

不屈の超人SP 栄光と挫折の知られざる裏側 (バラエティ/情報)
19:01~

FIFA女子ワールドカップフランス2019の告知映像テロップ。

本日の出演者と見どころを紹介。山本美憂は弟KIDを亡くし涙で語る絆とは…など。

花田虎上は、大相撲はあまりやりたく無かったと語る。66代横綱の若乃花だった花田虎上の父は初代貴乃花、伯父は若乃花。弟は65代貴乃花と華麗なる相撲一族。苦悩と葛藤の日々があったという。10歳にして体重は100kg超え。肉丸くんとあだ名を付けられた。わんぱく相撲の杉並区の大会では優勝。しかし興味は流行のファッション。ダイエットを決意する。将来力士になろうとは思わなかった。美容師になりたかったと語る。当時は腹の塩もみなど毎日行っていたと語り、ダイエットの状態で相撲の練習に参加。急激なダイエットの結果貧血なダイエットのなどで倒れた。ダイエットには-33kgで体重を落とす。しかし弟・光司が中学卒業を機に藤島親方入門を決意。兄にも影響を受け、入門を促された。しかし当時は乗り気ではなかったと言う。注目を集めたのは貴乃花。記録を塗り替え、スピード出世を果たし、22歳で横綱昇進。平成の大横綱と呼ばれる。若乃花も下半身の筋肉と粘り強さで19歳で十両昇進。スピード出世を果たし、若貴ブームを引き起こす。しかし心の中では相撲を辞めたがっていたと花田虎上が振り返る。そこで父親から条件が突きつけられ、横綱になったら辞めさせてやると言われた。初土俵から5年後に大関昇進を果たす。父と同じ位置に来れたのは嬉しかったと語る。しかし右大腿二頭筋断裂の大怪我。診察した医師は無理は出来ない。引退を考えるべきと勧告を受けた。周りのマスコミや付いていた人など去っていったと語る。その後懸命のリハビリで復帰。その場所を執念の勝ち越し。父親に報告にいくと駄目だと思っていたと言われた。その後怪我に見舞われたが諦めずに奮起。1998年5月27歳で横綱昇進。相撲界を背負う偉大な力士になった。

花田虎上は最初は父親にやるように言われたと語り、当時は美容師になりたかったと振り返る。横綱になったら辞めさせてやるという条件について、当時は十両が目標だった十両になったら次の人生が見えると思ったとコメント。横綱になると使者が来るが当時は謹んでお断りしますと言われたがすごい怒られたと振り返る。若乃花の下半身の強靭な筋肉が素晴らしいと紺野美沙子が紹介した。

紺野美沙子が紹介する1997年対横綱曙戦の対戦を振り返った。体重差100kgの体格差を下手投げで勝利する取り組みを振り返った。

紺野美沙子が解説する中、足を引っ掛けて勝利する場面を紹介。花田虎上は弁慶に引っ掛けて勝利したと語る。若乃花の忘れられない一番で兄弟での優勝決定戦を振り返る。1995年12勝3敗で並ぶ。この取組は若乃花が勝利。胸中は複雑だったと語り、最悪だったと語る。若乃花はあの時は大好きな弟に勝利。取り組みの後の会話を質問されると優勝賞金1000万円を半分にしようと提案したが貴乃花からはいらないと言われたと振り返った。

山本美憂は総合格闘技の転向に対し、去年逝去した弟KIDの絆を振り返る。長女、弟、次女と全員がレスリング経験者。世界選手権を3度制し、1995年に結婚を機に引退。2004年にアテネ五輪で女子レスリングが正式種目に採用されると、現役を復帰。しかしわずかの差で落選。2004年に2度目の引退。さらに2012年に復帰をするも再び落選。2016年にリオ五輪代表選考で国籍をカナダに変更し挑戦するも手続きの問題で断念。42歳で大きな決断をした。総合格闘技への転向だった。理由はオリンピックに出られなかった悔しさと語った。しかし別の理由で、弟の病気を知ってコーチが弟を務めるのでずっと一緒にいられるので総合格闘技を始めたと語る。山本KID徳郁は2016年の弟にがんが発覚。二人三脚での挑戦が始まった。しかしコーチになると本当に怖かったと用意をちゃんとしないと危なくて上げられないとすごい厳しかったと語る。転向から3か月後にデビューを果たす。相手はトップ選手のRENA。しかし1RKO負けだった。その後4戦3敗。2018年にはKIDの容態が悪化し、療養のためグアムへ。山本美憂は2か月後の試合を欠場を決めたが理由は自分が離れたく無かったと語る。しかしKIDは試合して欲しいと言われ、次に絶対勝たないとと思ったと振り返る。その後KIDが初めていない試合で対戦。相手は石岡沙織。空手出身の打撃系ファイター。山本美憂はKID仕込みの打撃で応戦。試合は山本美憂が勝利。周りに聞くとKIDは泣いて喜んでいたという。その後12月の試合の間の9月の試合にお願いをし、トレーニングを行う。一方KIDもは容態が悪化し、2018年8月26日にがんを公表。その後9月18日に永眠。試合の12日前だった。山本美憂は悲しみを背負いリングに立った。

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不屈の超人SP 栄光と挫折の知られざる裏側 (バラエティ/情報)
19:26~

2018年9月18日、山本“KID”徳郁は41歳で永眠した。それは山本美憂の試合の12日前だった。その後も美憂はトレーニングを続けた。美憂はトレーニングをやめることはKIDにとってはふざけんなとなるからそれだけはしたくなかったと話した。アンディ・ウィンと対戦した美憂は見事勝利した。美憂は自分はKIDを見えないけどKIDは天国から見てるから2連勝したよと思ったと話した。美憂は自分がやりたいと思っているうちは何も妥協せず、でないとKIDに怒られると話した。

山本美憂についてスタジオトーク。KIDは総合格闘技に転向することを反対していたと言われた山本美憂は、姉がリングで殴られてる姿を見たくないと言っていたと話した。また、療養中もグアムから技の動画を送ってくれたという。美憂は、KIDについて、スゴイ強い、最後も弱音を吐かずに逝っちゃったと話した。それを聞いていた花田虎上は、先程のトークが恥ずかしいですとコメントした。

山本昌はプロ野球界史上初めて50歳まで現役を続けた男。後輩・川上憲伸は山本は肩を壊したことがない、物理的にも不可能というか考えにくい等と話した。谷繁元信は、右バッターのインコースに来るストレートの角度が絶妙、速球だとは思っていなかったが差し込まれる等と話した。2006年には史上最年長41歳1か月でノーヒットノーランを達成した。山本は13個もの歴代最高年齢を記録した。

1983年、ドラフト5位で中日ドラゴンズに入団した山本昌は入団から4年で登板はわずか4試合で勝ち星もなかった。山本は、1年目の冬からクビの候補に名前が挙がっていた、右ピッチャーだったらプロには入れなかったと話す。小・中学時代は補欠の2番手投手で高校時代も県大会ベスト8止まりだった。5年目の1988年、中日はアメリカでキャンプを行っていて、当時の星野仙一監督は山本に「今年は日本に帰らずアメリカで1年間野球留学しろ」と言われたという。山本は日本の4軍に当たるドジャース1Aに所属することになった。山本は「冗談じゃねえよ」と思ったと話した。

山本昌は、内野手が遊びで変化球を投げているのを見て教えてもらった。その変化球が当時日本ではあまり知られていなかった「スクリュー」だった。山本は、試しに投げたら三振が獲れて、練習していたら、そのリーグの防御率1位になった話した。その後山本は1Aの4か月で13勝を挙げた。それを聞いた星野監督は山本を優勝争いするチームに招集した。4年間勝てなかった男が2ヶ月で無傷の5連勝を果たした。2015年に山本昌は50歳で現役を引退した。プロ野球史上最長の現役32年で対戦したバッターは13862人、投球数は53760球。

スタジオトーク。山本昌は、スクリューを教えてくれた選手は1ヶ月後にクビになってると奇跡的なタイミングだったことを明かした。

長すぎる現役生活で珍現象が!!

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このあと (その他)
19:40~

マスターズ陸上で超人発見!!

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不屈の超人SP 栄光と挫折の知られざる裏側 (バラエティ/情報)
19:42~

2015年に山本昌が引退する時、プロ野球には年下の監督が5人いて、12人全員対戦経験がある。5歳年下で中日の監督となった谷繁元信について山本は、監督発表の前日まで「シゲ」と話しかけていて、次の日からは「おはようございます!監督!」と言っていた、その日からずっと敬語だという。山本は、2007年に中日に入団した堂上直倫の父・照と一緒にプレーしていて、堂上直倫を抱っこしたことがあるが、20年後は守ってもらってたと話した。

アーチェリー五輪メダリスト・山本博は中学1年生からアーチェリーを開始し、高校時代はインターハイ3連覇、大学時代はインカレ4連覇を果たした。大学3年で初出場したロス五輪で銅メダルを獲得。それ以降メダルには届かなかったが、41歳で20年ぶりに銀メダルを獲得した。20年ぶりのメダル獲得は夏季五輪史上最長ブランク記録。現在56歳の山本博は、まだ現役で東京五輪で金メダルを目指していた。現在山本は、日本体育大学で教授を務めながら、東京五輪を目指して猛練習中。

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番組宣伝 (その他)
19:48~

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「令和決戦2019」の番組宣伝。

不屈の超人SP 栄光と挫折の知られざる裏側 (バラエティ/情報)
19:49~

山本博は老眼、歯に炎症、耳鳴りなど老化が悩みだという。そこで山本は車の運転中にお腹を叩いて腹筋のトレーニングをしているという。授業の合間も筋トレに励む。

スタジオトーク。山本博は50歳を過ぎてから色々なところが悪くなって、番組中も手がしびれていると話す。紺野美沙子が年齢を重ねて良いこともあるのではと質問すると山本は即座に「ないですね」と答えた。山本は去年11月に今年のナショナルチームを決める選考会があって成績が21位だった、16位までは全日本で、逆転された選手の中に中学3年生がいたと話した。山本は16名が五輪第一次選考会に出場し、8位以内に入れれば東京五輪の最終選考会となると話した。山本は昭和で銅メダル、平成で銀メダル、令和で金メダルが取りたいと話した。

とんでもない超人発見!!

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番組宣伝 (その他)
19:53~

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スポット

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