ジャンクSPORTS 村田修一&杉内俊哉&山口鉄也&後藤武敏!現役引退選手

『ジャンクSPORTS』(ジャンク・スポーツ)は、フジテレビ系列で放送されているスポーツを題材としたトークバラエティ番組。2000年(平成12年)4月11日から2010年(平成22年)3月21日までレギュラー放送され、レギュラー終了後は、特別番組として不定期に放送されていたが、2018年(平成30年)1月28日から毎週日曜日19:00 - 20:00 (JST) にて再度、レギュラー放送されている。ステレオ放送、文字多重放送、ハイビジョン制作を実施している。通称は『ジャンク』『ジャンスポ』。こちらでいう「ジャンク」とは英語で「中毒」のこと。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年12月16日(日) 19:00~20:00
放送局 フジテレビ

番組概要

オープニング (その他)
19:01~

平成最後の全日本フィギュア12月21日(金)開幕

オープニング映像。

ゲストが挨拶をした。

キーワード
全日本フィギュア
村田修一
杉内俊哉
後藤武敏
山口鉄也
松坂世代

ジャンクアンケート 一問一答 (バラエティ/情報)
19:01~

気になる質問にYESかNOで回答。「Q正直まだやれると思っている」は村田だけがYES。「Q引退をして正直ホッとしている」は全員YES。山口は子供が幼稚園に行くのを見送ってソファーでゴロゴロして…、このままじゃダメだなと思って杉内さんとか村田さんにメールしてちょっと安心すると話した。「Q打たれる気がしなかったボールが止まって見えた」は杉内だけがYES。杉内はいいときは無双状態でしたねと話した。村田は止まっているようには見えなかったが振っているところにボールが来ている感じはあったと話した。後藤はボールの回転が見える、ピッチャーが投げた瞬間に分かる、ただ野球人生1回か2回くらいですと話した。山口は打たれる気しかしなかった、怖がりながら投げていたと話した。

後半戦ではお金事情に迫る!

プロ野球 現役引退お疲れ様SP (バラエティ/情報)
19:05~

プロ通算360本のホームランを放った右の大砲・村田修一。村田の人生初ホームランの貴重映像を公開した。当時小学4年生で見事ランニングホームラン。小学5年生時の作文に書いた将来の夢はプロ野球選手だった。名門東福岡高校のエースで主砲として甲子園に二度出場。松坂、杉内らと高校日本代表にも選出された。日本大学進学後はその長打力が注目され2002年、横浜ベイスターズ入団。プロ入り後は2年連続ホームラン王を獲得。2011年巨人にFA移籍すると四番打者としてセ・リーグ3連覇。2017年は新外国人の加入により出場機会が限られる中ホームランを14本打つ活躍をしたが、ホーム最終戦で放ったこのホームランの約2周間後、突然の戦力外通告。去就はどうなるのかファン注目の中、たびたび獲得の噂が上がりはするものの結局所属先が決まらず春を迎えた。村田はそれでも引退せず独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスでプレーを続けNPBからのオファーを待ち続ける道を選んだ。自身の健在ぶりを示しつつ迎えた契約期限の7月31日、ついにオファーは届かず。村田修一37歳は栃木でバットを置いた。

村田修一自らが選ぶベストプレーを紹介。2008年、2年連続のホームラン王を目指していた村田の前に立ちはだかったのは、当時の巨人の四番・ラミレス。最終戦1試合ずつを残し村田が1本リードしていたが、ラミレスが最終戦でホームランを打ち45本で並ぶことに。その翌日、単独でホームラン王になりたかった村田は、第3打席で見事ホームランを披露。見事2年連続のホームラン王に輝いた。このタイトル獲得の裏にあった秘話とは。

スタジオトーク。村田は「ラミレスのホームランは家のテレビの前で嫁と2人で正座して見ていた。ラミレスが打たなかったら次の日打たなくても良かったが、見ていたら打たれてしまい頭を抱えた。翌日の試合はホームランだけをずっと狙っていた。」と告白。その時のチームの雰囲気を聞かれると「チームは最下位だが、僕のホームラン王も単独じゃないが2年連続は決まっていたので、良いだろうという雰囲気だった」などとコメント。しかし将来的に1人で名前が乗りたかったため、「絶対打つ」と村田ただ1人意気込んでいたという。

ビビる大木は本当に驚いたんですよ、打ったまま戦力外になったんでえ?なんで?と話した。村田は戦力外となってすぐ新聞とかに出たので興味ある球団があるかなと…、野球は続けたいと思っていたので、こういう面構えなのかどうなのか…と話した。杉内は正直びっくりでしたけどその後の村田の対応はすごかったと思う、球団納会にもちゃんと出席して最後に皆の前で一言話して退団したと話した。村田は優勝させてもらったので恩義を感じているのでありがとうと言って離れようかなと思っていたと話した。

まさかの大活躍!? 村田修一 先輩の引退試合で大暴れ!

キーワード
東福岡高校
松坂
日本大学
横浜ベイスターズ
巨人
セ・リーグ
産経新聞
日刊スポーツ
サンケイスポーツ
スポーツニッポン
スポーツ報知
栃木ゴールデンブレーブス
ラミレス
NPB
村田修一

プロ野球 現役引退お疲れ様SP (バラエティ/情報)
19:15~

ここで小沢一敬が「村田さんはホームランバッターとして伝説があるが、引退試合でもホームランを打って変な空気を作る神」と暴露。2007年、広島・佐々岡投手の引退試合で、9回2アウトの時点で10-0とカープがリード。佐々岡が登場し、超満員のカープファンから「佐々岡」コールがある中、バッターに村田が登場。誰もが佐々岡の有終の美を期待する中、村田はまさかの特大ホームランを披露し、球場は異様な雰囲気となってしまった。更にその3年後、阪神・矢野投手の引退試合でも。この時優勝争いをしていた阪神は、リードして9回2アウトを迎えた場合のみ矢野を捕手として出場させることになっていた。9回0アウト時点で阪神が3-1とリードしていたが、連続フォアボールで1打逆転の大ピンチに。そんな中、村田がバッターとして登場。そして逆転3ランホームランを披露し、矢野は引退試合に出場できなかった。

杉内俊哉は小学校4年で野球を始めた。エースとして全国大会優勝を経験。その後は鹿児島実業のエースとして甲子園にも出場した。甲子園ではノーヒットノーランを達成し、スポーツ紙の一面を飾った。その後は福岡ダイエーホークスに入団し、沢村賞を受賞するなどの活躍を見せた。2011年には4年総額20億円でジャイアンツに移籍、背番号「18」を背負った。その後は怪我などが重なり2018年に現役を引退した。

現役生活の怪我について杉内は「金槌か何かで叩かれたような傷み」などと話した。さらに出演者は「納得が行かなかった時の杉内選手はベンチでバシンとやって骨折する」などと話していた。若き杉内俊哉、まさかの失態とは?

スタジオで浜田雅功は村田に「いい加減にしなさいよ」とコメント。すると村田は「佐々岡投手の時は僕を含め4人がホームラン35本で並んでいた。初タイトルがかかっていたもののさすがに困惑したが、佐々岡も真剣勝負したいと言っていると言われた。しかしそうは言っても暗黙の了解があるのは知っているのでまずは見送っていたが、2球目に佐々岡の決め球のカーブが来たので佐々岡が本気だと思った。その日の新聞で佐々岡が「最後は直球」と話していたので、思いっきり打ったらあのホームランになった。」と話し、スタジオは爆笑。村田はその1本によって初めてホームラン王になり、その後佐々岡にも「これで踏ん切りよくやめられる」と言っていただけたという。一方、矢野燿大の引退試合については「これ俺また打っちゃったらやばいと思い、適当に三振しようと軽く振ったら当たってしまった」と告白。実況の方が「行くな行くな」と言っていたが、村田も走りながら「行くな」と思っていたという。

当時のニュースを再現。かつて杉内は2回で7失点の大乱調の試合で自身の投球に納得ができずにベンチでパンチををし、病院に直行。両手の指を骨折し全治3ヶ月の怪我をした。

熱くなりすぎて怪我をした時の事を杉内は「王監督に怒られた」などと話した。また、スタジオの押切もえは旦那が同じことをやったらどうするか聞かれ押切は「温かく迎えたいけど声が震えてしまうと思う」などと話した。

「杉内俊哉 偉業達成の裏に まさかの助け!?」、「村田修一 号泣のワケとは?」

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広島
佐々岡投手
鹿児島実業
横浜
甲子園
スポーツ報知
福岡ダイエーホークス
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阪神
矢野投手
ジャイアンツ
日刊スポーツ
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ロッテ
王貞治監督
涌井秀章投手
矢野燿大
杉内俊哉
村田修一

このあと (その他)
19:26~

「まさかの貯金額大公開!?」、「家族からのメッセージ スタジオ大号泣!」

プロ野球 現役引退お疲れ様SP (バラエティ/情報)
19:28~

杉内俊哉自身が選ぶベストプレー。2012年5月30日巨人vs楽天。田中将大投手とのエース対決。杉内は圧巻のピッチングで三振の山を築くと9回までノーヒットという完璧なピッチング。このまま完全試合となれば94年の槙原投手以来18年ぶりの快挙となる。最終回、ピッチャーゴロと空振り三振でツーアウト。完全試合まであとアウト1つ。3人目の打者にフルカウントから投じた6球目がフォアボールとなりランナーを許してしまった。完全試合は消えたものの最後の打者を見逃し三振に抑える圧巻のピッチングで見事ノーヒットノーランを達成した。この偉業はある男のおかげだという。

フォアボールになった球について、杉内はあれはボールです、最後のノーヒットノーランが決まった瞬間のボールもボールです、あの試合主審の良川さんがストライクゾーンが広くて相性がずっと良かったのでと話した。ビビる大木は杉内さんは男気があるんですよ、自ら給料下げてくれと言うと話した。2015年5億円(推定)から2016年は4億5000万円ダウンの5000万円(推定)。杉内はかなり減るけどなんとかなるでしょという感じでと話した。

杉内の姿を誰よりも間近で見ていた内海哲也投手からメッセージが届いた。内海はプロ野球で股関節の手術をして復帰した選手はいないっていうくらい難しい手術で、後半は肩も痛めていたみたいで、それでも一回も(愚痴を)言わなかったですねなどと話した。

山口は3年くらい杉内さんはリハビリされていたがずっと愚痴も言わずに…と話した。

育成選手から3億円プレーヤーに山口鉄也。横浜商業高校で神奈川ベスト8まで進むもほぼ無名の存在。高校卒業後、単身アメリカへ。ダイヤモンドバックスの入団テストに挑戦。4年間マイナー生活を送るもメジャー昇格ならず2005年帰国。すると記念受験だったという巨人の入団テストに合格し育成選手としてプロ生活スタート。才能が開花したのは2007年から一軍に定着し中継ぎの絶対的存在となり、2008年には育成枠出身初の新人王に。2008年から9年連続60試合以上登板(プロ野球記録)。入団時240万円(推定)だった年俸も2012年には2億4000万円(推定)に。入団から100倍の年俸は新聞の一面を飾るほどの話題となった。最高年俸は3億2000万円(推定)に到達。WBCメンバーにも選ばれ名実ともに日本を代表する中継ぎ投手となったがここ数年は故障がちに。今年ついに引退を決意した。引退会見には多くの盟友がサプライズで登場し、山口は35歳でマウンドに別れを告げた。

アメリカ時代の髪型について、山口はパーマだと話した。ビビる大木は最近は千賀投手や甲斐キャノンいらしゃいますが元祖育成の投手が山口さんだと話した。年俸は入団以来12年連続上がり続けた。最高で133倍まで上がっているがプロ野球史上最高のUP率。山口はトントン拍子に上がっていったんでビックリした、こんなに上がるとは思っていなかったと話した。山口は長嶋終身名誉監督が春のキャンプに視察に来られたときにピッチャーの中では長嶋監督に触ってもらうとその年は活躍するという伝説がある、左肩をポンポンと触ってもらってその年いい成績を残せたと話した。2012年の防御率は0.84。杉内は僕も1年目に触ってもらいました、記者もそれを狙ってますよねと話した。

キーワード
巨人
楽天
田中将大投手
槙原
横浜商業高校
ダイヤモンドバックス
スポーツ報知
WBC
千賀滉大投手
甲斐拓也選手
ジャイアンツ
長嶋終身名誉監督

ジャンクアンケート 一問一答 (バラエティ/情報)
19:37~

気になる質問にYESかNOで回答。「来年の税金が怖い」という質問に後藤だけがYESと答えた。村田は「僕はもう対策をねっていたので」などと話した。ここからは質問に対してYESと答えた人数のみ出ることになった。「貯金額1億円以上ある」という質問に3人がYESと答えた。「貯金額3億円以上ある」という質問に3人がYESと答えた。貯金額10億円以上ある」という質問。結果はCMのあと。

番組宣伝 (その他)
19:42~

SUITSの番組宣伝。

ミニオンズの番組宣伝。

ジャンクアンケート 一問一答 (バラエティ/情報)
19:42~

「貯金額3億円以上ある」という質問。YESの人はいなかった。

プロ野球 現役引退お疲れ様SP (バラエティ/情報)
19:42~

甲子園時代は松坂大輔と共に連覇し、プロに入ってからは勝負強いバッティングでファンを熱狂させ、ゴメスの愛称で慕われる後藤武敏。小学3年に野球を始め中学時代はシニアリーグで浜松の怪童と呼ばれ、横浜高校に進み甲子園で春夏連覇を達成した。法政大学では東京六大学のリーグ戦で三冠王に。2002年に西武ライオンズに入団した。開幕戦では、4番でスタメンデビュー。ルーキーの開幕4番は44年ぶりの快挙だった。2011年、ベイスターズに移籍すると主に代打の切り札として6年プレーした。しかしケガの影響もあり1軍での出場は減少し2018年引退することになった。引退の挨拶では「16年間支えてくれた嫁さんと子ども、家族両親、最大の気持ちを込めてお礼を言いたいと思います。そして松坂世代の一員としていられたことに感謝し今日引退します」と挨拶をした。

続いては、第一に家族のためにプレーしてきた後藤武敏について。しかしここ数年は思うように成績をあげることが出来ず、2018年シーズンは1軍での出場機会がないまま9月を迎え、ついに家族に引退を発表。すると妻・英里さんは「仕方ないわね。よく頑張ったわ。」と冷静に受け止めたが、長男・輪太郎くんは「仕事なくなるの?」とコメント。そんな中引退セレモニーが行われたが、その直後から、これまで野球に全く興味を示さなかった輪太郎くんが野球をやり始めたという。なぜ野球を始めたのか輪太郎くんに聞くと、輪太郎くんは「お父さんの引退試合を見て始めた」と一言。引退セレモニーの前に行われた引退試合で、野球の迫力に感動したという。お父さんからのアドバイスも受けた輪太郎くんは10月から少年野球チームに加入。輪太郎くんは最後に「家に帰ったらキャッチボールやってください」とお父さんにお願いしていた。

後藤武敏は「松坂があそこで泣くとは思わなかった。涙見たのは初めてだったので感動しましたね、自分のことなので」などと話した。

スタジオトーク。感激した様子だった村田修一に、ここで奥様から手紙のプレゼントが。「子どもたちの記憶に残る年齢まで現役でいてくれてありがとう」などといった手紙に、村田は更に感激していた。

村田修一 男泣き!

キーワード
松坂大輔
横浜高校
法政大学
甲子園
西武ライオンズ
横浜ベイスターズ
DeNA
広島
小池正晃
英里さん
中日
村田修一

番組宣伝 (その他)
19:52~

「映画『ドラゴンボールZ 復活の「F」』」、「Mr.サンデー」、「S-PARK」の番組宣伝。

「全日本フィギュアスケート選手権」の番組宣伝。

プロ野球 現役引退お疲れ様SP (バラエティ/情報)
19:55~

今年8月1日、引退会見を行った村田修一。この会見の前日、村田は息子たちに「野球選手はやめるけど、君たちの親父であることは一生変わらないから」と伝えると、次男・凰晟くんは「次は僕ががんばる」と話したという。迎えた引退セレモニーで、村田は改めて子どもたちに言葉を送った。凰晟くんには自分の姿を重ね合わせ想いを伝えたところ、今回凰晟くんから手紙をいただいたという。「いつも野球を教えてくれてありがとう。努力して、プロ野球選手を目指します。」といった手紙をスタジオで披露すると、村田は男泣きしていた。

スタジオトーク。浜田雅功は、男泣きした村田修一を指しながら後藤武敏に「これ(が正しい)やないか!」と示すと、後藤は「撮り直しましょ」と一言。浦田は次男・凰晟くんについて「怒っちゃっても泣きながら”またやる”と言う。僕もそういう小学生だったので、”俺の息子だな”と思う。」と嬉しそうに話していた。一方、杉内俊哉は息子について「野球とピアノをしていて、”野球選手になりたい”と言っているが、ピアノのほうが才能あるかなと僕は思っている」とコメント。また、山口鉄也は「うちも男の子だが、YouTuberになりたいって言っている」と告白していた。

キーワード
閠哉くん
凰晟くん
瑛梧くん
栃木ゴールデンブレーブス
YouTuber

エンディング (その他)
19:59~

「ジャンクSPORTS」の次回予告。

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