日本人が愛した最高の商品100 2017年11月25日放送回

放送日 2017年11月25日(土) 15:30~17:30
放送局 フジテレビ

番組概要

オープニング (その他)
15:30~

昭和49年「アップルハウス」篇の映像が流れた。

日本の食卓を変えたと言われている「バーモントカレー」。カレーは辛い大人の食べ物という常識を覆し、甘口に仕上げたカレー。以降カレーは子どもから大人まで食べられる国民食になった。愛される商品にはワケがある。世界初のカップ麺「カップヌードル」はこれまでに世界中で400億食を販売。そのCMはいつもスタイリッシュな映像で話題を呼んできた。世界一過酷レースと言われるパリダカの映像で若者の胃袋をキャッチ。思い出と共に蘇る懐かしい商品。愛される最高の商品を一挙公開する。

カップヌードル「パリダカ ローラン」編が流れた。

水道橋博士が各世代の皆さんにお越しいただいたとゲストを紹介。アイドル時代のひかる一平さんの写真を公開。

キーワード
「アップルハウス」篇
バーモントカレー
カップヌードル
カップヌードル「パリダカ ローラン」編

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
15:33~

男子がドキドキしたおもちゃ「ラブテスター」。遊び方はコードの先に付いたボールを握る、そして手をつなぐと男女の愛情度をテストするというもの。

スパイ気分を味わえる「ウルトラスコープ」。高さが1メートルほど伸び、上二鏡がついていてそこからのぞきこむことにより上になにがあるのか見ることができる。

去年世界を熱中させた「ポケモンGO」、累計7億5000万ダウンロードを記録。伝説のポケモンも登場し、今なお多くのファンを魅了している。そのポケモンで有名な任天堂と言えばマリオでおなじみ、ファミコンこと「ファミリーコンピュータ」。世界で6000万台以上を売り上げた超ヒット商品。

世界で売り上げ4300万個以上売り上げた「ゲーム&ウォッチ」。昭和55年に任天堂初の携帯型ゲーム機。なにより驚かせたのはその小ささ。そこにヒットの理由があった。この商品はサラリーマンの通勤時間の暇つぶしとして開発。手で隠しながら遊べるようにと設計。そのためYシャツのポケットに入るようにコンパクトなサイズだった。意外にも子どもたちの人気を集めるとカラー版やマルチスクリーンへ進化。;

後に「ニンテンドーDS」の大ヒットへも繋がった。

電源を入れるとクルクル回り始めたのは「チリトリー」。今流行のお掃除ロボットより40年近くも前に開発していた。ラジコンで自由自在に動かせるという。

昭和41年 伸縮自在 第三の手と呼ばれた任天堂のウルトラハンド。昭和55年にはルービックキューブが登場。昭和50年には黒ひげ危機一髪が登場し、世界で売り上げ1300万個以上が売れた。昭和48年には日本人が発明したオセロが登場し、全世界でヒットした。

蛇腹で伸び縮みする第三の手「ウルトラハンド」。先端の吸盤でものを掴んで運ぶことができる。

昭和33年には、エポック社から野球盤が発売された。全体は家具職人が、選手はこけし職人が全て手作りした。おもちゃ屋には子供が殺到した。野球盤のパッケージには長嶋茂雄の写真。毎日お宅へ通ってお願いしたとのこと。スーツ姿の写真だ。球団から許可は出ず、ユニフォーム姿では出られなかったとのこと。消える魔球は大発明だった。打てないため、独自のルールを作った人が多かった。水道橋博士は、野球盤でメモをつけ、そのノートをスタジオに持参した。

昭和42年には魚雷戦ゲームが発売された。モデルチェンジを8回したロングセラーだった。

昭和48年には生き残りゲームがタカトクから発売。レバーひとつで駆け引きできる。相手の意外な本性が見えるゲームだ。

昭和40年代には空前のボウリングブームがあった。プロボウラー中山律子さんを広告に起用したパーフェクトボウリングがヒット。リアルを追求した投球人形が人気の秘密。水道橋博士はこれを持って友達の家にいったとのこと。

キーワード
ラブテスター
ファミリーコンピュータ
ポケモンGO
任天堂
ゲーム&ウォッチ
ゲーム&ウォッチ マルチスクリーン
ニンテンドーDS
チリトリー
ウルトラスコープ
ウルトラハンド
ツクダオリジナル
トミー
ルービックキューブ
黒ひげ危機一発
オセロ
エポック社
野球盤
週刊少年サンデー
長嶋茂雄
巨人の星
梶原一騎
川崎のぼる
講談社
魚雷戦ゲーム
タカトク
生き残りゲーム
カスタム
パーフェクトボウリング

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
15:47~

売り上げがギネス世界記録に認定された大ヒット商品は「ブルーレットおくだけ」。手を汚さないトイレ洗浄はまさに主婦の味方。この商品は昭和44年から発売されているのだが、当初はタンク内に吊り下げる方式だった。商品名も「ブルーレット」のみ。新商品のネーミング会議は社員全員参加。「置くだけ」の手軽さを凝縮して主婦の心を鷲掴みした。現在160億円以上の売り上げとなっている。

誰もが知っている音楽に乗せて商品名を連呼し、お風呂でのスキンケアをアピールした。見事に主婦の心を射止めヒット商品となった。

ユニークなネーミングと共に受けたのが主婦の本音が共感を呼び、この年の流行語大賞にもなった。臭わない防虫剤の先駆けとなり、今も主婦から支持を得ている。

「町内会」編のCM映像が流れた。

「手をつなぎたくなる芸術家が好む坂道(佐藤さん)編」のCM映像が流れた。

思わず口ずさむメロディーといくつになっても手をつなぐ理想の夫婦像。実際の夫婦を起用した。CMの舞台は函館市、市の観光マップで紹介されている。

「レッツバスロマン」編のCM映像が流れた。

人々の暮らしが一変したヒット商品といえばスマートフォン。この中に入った昭和のヒット商品は数知れない。

キーワード
ブルーレットおくだけ
バスロマン
タンスにゴン
「町内会」編
木野花
もたいまさこ
チャーミーグリーン
「手をつなぎたくなる芸術家が好む坂道(佐藤さん)編」
バスロマン「レッツバスロマン」編
ギネス世界記録
小林製薬
スマートフォン

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
15:54~

スマホの使い道1.音楽。昭和43年にラジカセが登場。ラジカセは日本が世界に先駆けて開発された。スマホ世代の中学生に聞くと使い方が全員わからなかった。NHKの朝ドラで家電の時代考証をしている松崎さんが絶賛するラジカセが、1970年代に発売されたAIWAのCS-80。当時はキャリーコンポとも呼ばれた。

スマホの使い道3.電話。昭和では黒電話を使っていた。今時の若者に見せると、使い方がわからないなどの声があがった。ペン先で回すこともあった。40代男性に黒電話の思い出を聞くと、「好きな女の子にダイヤルまわす時間が今より長かったので、緊張感があった」などの話をしていた。

ラッタッタの愛称で親しまれた「ロードパル」は買い物の足として活躍したと紹介。

サンヨーのWラジカセU4が人気を博した。ターゲットは女性でカラフルなポップな見た目。持ち運びやすいようにスリムに軽量化された。80年代には原宿で竹の子族がラジカセで音楽をならして踊った。このラジカセの最大の特徴はダイビング機能を備えたWカセット方式。オリジナルテープ作りに夢中になった。

図工で使われた「ぺんてるよいこのくれよん」サクラクレパスの「マット水彩絵の具12色」「クーピーペンシル12色」。「油性ダーマトグラフ」などを紹介。

レタリングシールを使ったインデックス作りもオリジナルテープの醍醐味だった。50代の男女は「A」や「I」など母音の部分が足りなくなったなどと話した。

カセットテープのCMで有名だったのがボン・ジョヴィの出演したCM。昭和61年の「BON JOVIスパーク」編が流れた。現在のボン・ジョヴィのPVが紹介された。

昭和61年の「BON JOVIスパーク」編が流れた。

クラスの人気者に!文房具、ニッポンの食卓を変えた!食品が続々登場。

スマホの使い道2.カメラ。昭和52年にはジャスピンコニカが発売。当時の人達はフィルムカメラを使っていた。自分でフィルムをセットして撮影していた。20代の男女はカメラにフィルムの入れ方がわからず苦戦していた。

大切にされていた黒電話には電話カバーがかけられていた。その周りには、受話器を置くと保留音が流れる保留オルゴールや卓上電話帳など様々なものがあった。

昭和の傑作についてスタジオトーク。井森美幸は「テレビで音楽番組をやっていると録音しましたよね。茶の間の話し言葉が入ったりしたことがありましたね。」とコメント。井森美幸は悲しい時に聞く曲を集めたベスト集などをもらったことがあるという。

キーワード
ラジカセ
黒電話
とと姉ちゃん
AIWAのCS-80
ロードパル
本田技研工業
Wラジカセ U4
竹の子族
原宿(東京)
ボン・ジョヴィ
マット水彩絵の具12色
クーピーペンシル12色
BON JOVIスパーク
サクラクレパス
油性ダーマトグラフ
AXIA GT-X
ぺんてる
眞崎大和鉛筆
ディス・ハウス・イズ・ノット・フォー・セール
ジャスピンコニカ

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
16:07~

子どもたちの意見を反映しボタンを押すだけで飛び出す筆入れ「アクション7」が発売され、累計販売100万本を記録した。

さらに進化し9面の「ジョイント9」が発売されたが、子どもたちからどこに入れたのかわからなくなるなどの意見があった。

サンスター文具一番の大ヒット商品はゾウが踏んでも壊れないがキャッチフレーズの知られる「アーム筆入れ」。発売当初は年間500万本を売り上げた。当時暴走族が信号機に意思を投げるというニュースをみて、なぜ割れないのだろうという疑問を持った所から始まったという。投石されても大丈夫なよう作られたポリカーボネート製信号機に目をつけ、筆入れに利用したという。追手門学院小学校は50年前から指定の筆入れにしている。

筆入れは多面ブームが終わるとその反動のように「缶ペンケース」が爆発的な人気になった。

昭和50年代に登場した「5面マチック筆入れ」を紹介。売りはたくさん蓋がついていたこと。シリーズ累計は1000万本以上だという。販売したサンスター文具で開発に携わった山本さんは、その頃はロボットアニメが流行っていて男の子は装着などが好きで筆入れを宝物にしていたなどとコメントした。

筆箱で輝いた!あの文房具

キーワード
アクション7
ジョイント9
アーム筆入れ
缶ペンケース
追手門学院小学校
サンスター文具
京三製作所
5面マチック筆入れ

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
16:15~

昭和40年代にはシャーペンは多くの小学校で禁止されていた。その頃登場したのが「ロケット鉛筆」。たくさんの芯が透明なボディに入っている。使い切った芯を外し後ろに入れると新しい芯が出てくる仕組み。この時代の小学生の決まり文句が「これはシャーペンじゃなくて鉛筆です」だという。

昭和55年に発売された「ポケットカラーペン」はボディにぎっしりとカラフルな芯が詰まった商品。先端の芯を抜き、ボディにある芯と交換することで使える。

uniの高級鉛筆は持っているだけでお金持ちに慣れた気分になれたという。普通の鉛筆の5倍の価格だったが滑るような書き味の良さが人気だった。

昭和10年代に「朱藍鉛筆」が発売され人気となった。青と赤の両サイドから削ることが出来た。

今では誰もが持っている透き通ったボールペンは当時、インクの減り具合が見える画期的な商品だった。

昔の懐かしい商品についてトーク。出演者は彫刻刀について「隣の女の子の鉛筆を削ってあげていた」と明かした。また実家が文房具屋だという出演者はロケット鉛筆について「これが出てきた時にたくさん仕入れたが学校で禁止になった」と語った。

日本の食卓を変えた!/思い出が詰まったお菓子

キーワード
ロケット鉛筆
ポケットカラーペン
uni
朱藍鉛筆
眞崎大和鉛筆
ゼブラクリスタル4100
ゼブラ

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
16:22~

昭和38年に発売されたのがバーモントカレー。今や家庭用カレーの代名詞となった。人気の秘密はこの名前にあった。バーモンドは長寿で有名なアメリカ東部の州。この地方に伝わるリンゴ酢のハチミツの健康法をヒントにしたことが名前の由来。

昭和46年ニッポンの食卓を変えたのはカップヌードル。発売当時、銀座での試食販売の行っていた。歩きながら食べるのがかっこいいと若者たちのライフスタイルを変えるインパクトがあった。当初のパッケージは一見、当時と変わらないように思えるが、平成6年以降、Lのところの変更が加わった。

グリコアーモンドチョコレート「列車編」のCM映像が流れた。

昭和60年代はビックリマンチョコが大ブームに。ヒットの秘密はおまけとしてついてくるシールにあった。豊かなキャラクターとキラキラシールが当たり、最盛期には年間4億個を売り上げた。発売されたのはブームになる8年前のこと。初代のシールはイタズラに使えるシールだった。

昭和35年頃から、家族で外食といえばデパートの最上階にあった外食堂だった。当時の人気はカスタードプリンでそんな時代に発売されたのは、家でプリンが作れるプリンミクス。お湯だけで簡単にプリンが作れるとあり当時の子供たちは大興奮。

昭和42年には冷やして固めるだけでゼリーが作れるゼリエースが発売された。初めて見るゼリーの形や鮮やかな色や食感に心を踊らせた。

昭和46年にはソフトエクレアが発売された。キャラメルの中にクリームが入っている。新しい食感だった。2010年には復刻版が発売された。

昭和38年にはナボナが発売され、チーズクリーム味は今でも大人気だ。王選手がCMに出演したきっかけは、亀屋万年堂の会長が昔、ジャイアンツにいて、王さんと一緒にプレーしたという。國松彰選手がご主人だ。CM公開から50年がたち、王貞治さんはナボナの名誉大使になった。

量販店には並ばない子供たちの心をひきつけるお菓子の数々があった。昭和50年にはカラーペンチョコが発売された。

「アップルハウス」編のCM映像が流れた。

ロングヒットのお菓子を用意した。ピノは昭和51年発売で40年前に発売以来ヒットを続けているがパッケージは14回リニューアルされスタジオでピノを試食した。

グリコアーモンドチョコレート「列車編」のCM映像を紹介。このCMの歌は松崎しげるさんの歌だった。松崎しげるさんは近藤正臣さん、南野陽子さん、志垣太郎さんなど5作品あり「君は何を教えてくれた」「黄色い麦わら帽子」など5曲を歌ったと話した。

「歩行者天国」編のCM映像が流れた。

カバヤ食品のジューCは、軽快なCMソングでおなじみだった。CはビタミンCのCだ。

業界初のどんぶり型の容器に入った「日清のどん兵衛」が発売。最大の魅力と言えば、柔らかく大きな油揚げ。それを最大限にアピールしたのは「「ただの素うどん」編のCM映像だった。

カバヤのジューC「ローラースケート」編のCMが流れた。

「ただの素うどん」編が流れた。

当時の子どもたちにはちょっと怖かったこの顔のパッケージは「シュガーカット」。甘さは砂糖の2倍、しかし血糖値は上がらないというもの。ダイエット甘味料の草分けだった。この女性の正体は外国人のスタイルにかなり意識があったと浅田飴の勝田さんが説明した。

「シュガーカット」のCM映像が流れた。

ナボナCM「ナボナはお菓子のホームラン王です」編が流れる。

昭和43年にはシャービックが登場。金属製の製氷皿も懐かしいアイテム。アイスでもシャーベットでも無い独特の製氷菓子を作ることが出来た。シャービックが登場してからデザートの元は全盛期を迎える。

昭和51年、子どもの頃大好きだった給食時間。メニューの中で圧倒的に人気のあったのは、コーヒー牛乳の元として発売されたミルメーク。牛乳に溶かせば美味しく飲めると牛乳を残す子どもが激減した。

爆風スランプが、出演していたCMでおなじみのドンパッチ。昭和54年に発売された商品だ。口の中でパチパチが楽しかった。

ドンパッチCMが流れる。

ハンコください!!は昭和60年に発売されたお菓子。宅配便が全国に普及し、これを真似たかった子供たちに人気だった。

昭和58年にはビエネッタというアイスクリームだ。ちょっと特別な日に食べたという町の声があった。

ビエネッタCM「スプーンワルツ」編が流れる。

ステッキチョコ、コンパスチョコもある。大阪八尾市に、これらを開発したチーリン製菓がある。コンパスチョコは暗闇で光り、子供に人気。画鋲を使いコストダウンさせている。小銭の音からチーリンという社名にした。商品には子供たちへの思いがつまっている。

駄菓子の値段はほぼ変わっていないと水道橋博士がいい、スタジオ出演者で駄菓子を手にとった。

バブル時代にお金持ちがこぞって買ったあれはいくらだったのか。

キーワード
バーモントカレー
カップヌードル
グリコアーモンドチョコレート
ビックリマンチョコ
ゼリエース
ソフトエクレア
亀屋万年堂 総本店
ナボナ
ジャイアンツ
王さん
丸の内(東京)
「アップルハウス」編
西城秀樹
ピノ
森永乳業
バーモンド(アメリカ)
日清食品
グリコアーモンドチョコレート「列車編」
銀座(東京)
グリコ
カップヌードル「歩行者天国」編
三浦友和さん
松崎しげる
近藤正臣さん
南野陽子さん
志垣太郎さん
日清のどん兵衛
君は何を教えてくれた
黄色い麦わら帽子
ジューC「ローラースケート」編
愛のメモリー
私の歌
カバヤ
「ただの素うどん」編
川谷拓三
ジューC
山城新伍
君がいればそれでいい
シュガーカット
ロッテ
不二家
シュガーカット CM映像
浅田飴
プリンミクス
ハウス食品
ナボナCM「ナボナはお菓子のホームラン王です」編
亀屋万年堂 総本店
シャービック
亀屋万年堂
ミルメーク
大島食品工業
國松彰選手
ドンパッチCM
爆風スランプ
ドンパッチ
味の素ゼネラルフーヅ
クラシエフーズ
ハンコください!!
ビエネッタCM
エスキモー
ビエネッタ
チーリン製菓
カラーペンチョコ
ステッキチョコ
パイポチョコ
コンパスチョコ
八尾市(大阪)
バブル時代

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
16:45~

1988年のバブル時代に発売された「リゲイン」を紹介。CMの24時間タタカエマスカは流行語になった。バブル時代は日経平均株価38915円の史上最高値を記録した。他にも「ショルダーフォン」や「シーマ」を紹介した。

バブル時代のジュリアナ東京で必須アイテムだった「ジュリ扇」を紹介。販売していた「伊場仙」は1590年に老舗店で、当時は一年間に3万本ほど売れたという。また最盛期に国内で100ヵ所以上あった「巨大迷路」と屋内スキー場「ザウス」を紹介。

バブル時代のデートスポット「ドライブインシアター」を紹介。現在「大磯プリンスホテル」の2010年に閉館したのを最後に日本から姿を消した。そしてペットとして人気だった熱帯魚「アロワナ」を紹介。当時一番高いのは250~300万円だが、現在は1匹1400円だという。

バブル時代を味わっていない20代の2人は映像を見て羨ましいななどとコメントした。また井森さんのバブル時代の写真が公開された。

学校で大流行したグッズ男子編、女子編。

キーワード
リゲイン
バブル時代
時任三郎
24時間タタカエマスカ
牛若丸三郎太
ジャンボ尾崎
ショルダーフォン
シーマ
三共
NTT
日経平均株価
日産自動車
リゲイン 「エアポート’89夏」編
Hanako
ジュリアナ東京
「クエスト ヴォーキング」編
ジュリ扇
伊場仙
ミツグ君
毎日新聞
週刊SPA!
東京都庁
ザウス
IKEA Tokyo-Bay
私をスキーに連れてって
三上博史
原田知世
ドライブインシアター
大磯プリンスホテル
アロワナ
セーラーズ

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
16:55~

昭和50年代初頭に空前の大ブームとなったのが、外国産のスーパーカー。プラモデルやミニカーなど数々の関連商品が発売された。男の子達に人気があったのが、スーパーカー消しゴム。元々はガチャガチャのはあずれ商品だったという。人気が出たのが子どもたちが机の上でレースをする遊びを発明したから。

昭和45年にはキスミーシャインリップが流行した。日本初の艶出し専用リップは色が目立たないため、学校にもつけていけると人気に。ヒットしたもうひとつの理由があり、スーパーなどのフックにかかっている商品を、友達と好きなものを選びながら買えるというところが女子中高生にウケたのだという。開発したのは、江戸時代から続く老舗の伊勢半。フックにかけて販売し、気軽に買えるシステムをシャインリップに導入することで、昭和53ねには年間1000万本以上を売り上げた。現在伊勢半はヒロインメイクで旋風を起こしている。

少年たちが持っていたBOXYというペンが脚光を浴びた。机の上で遊ぶスーパーカーレースに使うため、ノック式の構造が大ヒットとなった。レースに勝つため様々な工夫をしていた。

昭和44年にサンスター文具から発売されたスパイ手帳が累計1000万個以上の売り上げを記録した。人気の理由は、当時放送されていたドラマ「スパイ大作戦」。サンスタースパイメモのCMが紹介された。このCMが男の子たちに大ウケした。

サンスタースパイメモのCMが流れた。

昭和20年代、しろうさぎ紙せっけんが女の子たちに大ブームとなった。40代女性は近所の駄菓子屋さんでお金をためて買っていたという。紙石鹸はせっけんを薄くスライスしたものだが、女の子たちは手を洗う目的ではなく、名札の裏やノートなどに挟み、香りを楽しんでいた。香りつきティッシュも女子の間で流行した。香り付き消しゴムも昭和56年に販売された。さらに、香り系アイテムで一世を風靡したのが、バンビコロン、通称香り玉。これは香料を練り込んだビーズ。筆入れの中に入れたりしていた。持っているものを交換して楽しさを共有したいという女の子の気持ちをとらえたアイテムが、プロフィール帳。自分の趣味などを書いて友達と交換した。

忘れられない名作おもちゃ。

キーワード
S
伊勢半本店
タカラトミー
三菱鉛筆
BOXY
サンスター文具
スパイ手帳
スパイ大作戦 シーズン1~7<トク選BOX>
サンスター スパイメモCM
しろうさぎ紙せっけん
三鳩化学工業
ヒノデワシ
かおりちゃん
柴田ゴム工業所
バンビコロン
キスミーシャインリップ
ヒロインメイク

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
17:07~

昭和53年子ども達の遊びを一変させたインベーダーゲームが登場した。それ以来ゲームセンターには次々とゲームが導入された。その一つが障害物を避けながらビルを登るクレイジー・クライマーである。これをボードゲームで再現したのは皆が驚いた。見たこともない縦型のボードゲームで高さは50センチ。引いたカードの指示に従って人形を進め、屋上のヘリコプターを目指すゲームである。しかしこの2年後にはファミコンが登場し、テレビゲームに遊びの主役を明け渡すことに。

昭和60年頃、レジでバーコードが普及しそのバーコードを使用した人気のおもちゃ、バーコードバトラー。商品のバーコードを読み込ませ攻撃力や守備力が違うキャラクターを作り対戦させる斬新なゲーム。商品の種類や価格は強さと無関係で子ども達は強いバーコードを探した。ついにはメーカーのエポック社に「うちの会社のバーコードを強くしてくれないか」といった問い合わせもあったという。

今でも覚えているのが昭和43年に発売の人生ゲーム。シリーズ累計1300万台売れたこのゲームは何種類有るのだろうか?歴代の人生ゲームをならべると全部で60種類。昭和43年の初代人生ゲームは元々アメリカ生まれの人気のボードゲームが日本に上陸。マス目を進めるためにアメリカ生活を想像したり日本ではありえない出来事に遭遇したりした。全てにルーレットがついているが過去に1作品だけ回さないルーレットがあった。回すボタンを押すと進むコマの数字が表示されるルーレットであった。発売から50年のロングヒットを支えていたのはルーレットだった。

昭和33年、皆が回したフラフープ一月で80万本も売れたという。

今までの凧とは全く違うゲイラカイト。海外のおもちゃはなんだかかっこよかった。

当時はその音色からカチカチボールという名前で発売されたアメリカ生まれのおもちゃ、アメリカンクラッカー。達人のプレイに憧れて練習したもののボールが当たって怪我をした。音がうるさいなどのクレームが相次ぎ発売から1か月でブームは終わった。スタジオでアメリカンクラッカーを遊んだ。

育てるペットシーモンキーの正体はアルテミアで小さな海老やカニの仲間。45年の時を経て現代に蘇ったシーモンキーだが、当時の謳い文句は一切かかれていない。

日本発で海外でヒットした水中のボールをボタン一つで操作するウォーターゲーム。それはイギリスなどでも大ヒットを記録した。

不気味な透明ボディで小学生にインパクトを与えたのが変身サイボーグ1号。別売りの変身セットは人気キャラクターのコスチュームでこれ一体でいろんなヒーローに変身できた。

音に反応し踊り続けるフラワーロックも世界中で850万個売れた。

たまごっちは当時の女子学生が夢中で育て、世界で8000万個売り上げた。

おままごとが当時人気だったことから母親の真似事みたいな事などが出来たママレンジ。直径9センチのフライパンは手のひらサイズだが本物のホットケーキを焼けるという。

数々の人気キャラクターが愛されてきた日本では女子ならリカちゃんシリーズ、男子はガンプラが人気を誇っていた。

昆虫採集セットは注射器は本物さながら、防腐液などは飲んだりしないでくださいなどの注意書きまであった。

子ども達に衝撃を与えたあの乗り物。100万台の大ヒットの裏には開発者の信念があった。

キーワード
クレイジー・クライマー
ファミコン
バーコードバトラー
人生ゲーム
フラフープ
ゲイラカイト
アメリカンクラッカー
ウォーターゲーム
インベーダーゲーム
バンダイ
テンヨー
宝島社
エポック社
シーモンキー育成キットBOOK
アルテミア
AG社
イギリス
フランス
アメリカ
タカラ
フラワーロック
たまごっち
アサヒ玩具
ママレンジ
読売新聞
リカちゃん
ガンプラ
変身サイボーグ1号

日本人が愛した最高の商品100 (バラエティ/情報)
17:21~

昭和49年に100万台の大ヒットとなったのが、ローラースルーGOGO。人気ドラマ「少年探偵団」に登場すると、子どもたちの憧れとなった。後輪のペダルを踏んで進むものだった。これはホンダが開発したもので、唯一エンジンがない乗り物。開発者の吉岡さんは、これまでにない子どもたちの乗り物を開発したかったという。面白くないものは作らないと後輪にキックレバーを装着。さらに工夫したのが、重心を傾けて曲がるようにしたこと。自分のちから出動かす喜びを伝えたかったという。

スタジオにはウィンカーやテールランプが光るフラッシャー付き自転車が登場。当時の子供達の憧れだった。水道橋博士は「デコトラみたいになってきた」などとコメントした。現在は販売されておらず、ネットオークションで入手するしかない。

キーワード
ローラースルーGOGO
アイルトン・セナ
本田技研工業
少年探偵団
少年探偵団 MUSIC COLLECTION

エンディング (その他)
17:24~

エンディングトーク。最高の商品を選ぶとしたらという質問に、井森美幸は「昔から変わらずあるピノ」などと答えた。玉袋筋太郎は「100じゃ足りない」などとコメントした。

キーワード
ピノ

スポット

インテリア

IKEA Tokyo-Bay

エネルギー/素材

柴田ゴム工業所
京三製作所

グルメ

亀屋万年堂 総本店
エスキモー
大島食品工業
チーリン製菓
森永乳業
ハウス食品
カバヤ
クラシエフーズ
亀屋万年堂 総本店

スクール/教育

追手門学院小学校

レジャー/交通

大磯プリンスホテル

住まい/暮らし(家庭用雑貨)

ぺんてる
眞崎大和鉛筆
サクラクレパス
三菱鉛筆

政治/経済/地方自治体

東京都庁

美容/健康/医療

伊勢半本店

趣味/スポーツ

ツクダオリジナル
エポック社
テンヨー
伊場仙
  1. 11月25日 放送