思い出ビデオ再生します めざましテレビPresents

放送日 2016年9月14日(水) 1:35~ 2:35
放送局 フジテレビ

番組概要

オープニング (その他)
01:35~

オープニング映像。

めざましテレビPresents 思い出ビデオ再生します (バラエティ/情報)
01:36~

自宅に眠ったままのビデオを再生する当番組が好評につき、スペシャル版でお届け。壊れてしまったテープやデッキを再生し、懐かしの映像を紹介する。

2歳の時に生き別れた息子が25年ぶりに1本のビデオを持って母親のもとを訪れた。ビデオに書かれた文字は母親の筆跡と推察された。

神奈川・横浜市に住む鈴木るり子さん(55)はラベルに翔くんと書かれた1本のVHSテープを見せてくれた。鈴木さんは28年前に離婚し、当時4歳の娘と2歳の息子がいたが、息子は手放すこととなった。離れ離れになる直前に撮影した1枚の写真は肌身離さずに大切に持ち続けていた。その後、2013年3月19日に27歳になった息子の翔さんがるり子さんの元を訪れた。1本のビデオテープを持参してきたが、3年が経過した今も息子を育てられなかった負い目、申し訳無さから見ることができずにいた。それでも今回、番組をきっかけにみる決心をしたという。

息子の翔さん(30)は一人暮らしをしていて、幼少期に母親と別れたとあって自分は望まれて生まれてきたのかと疑問を覚えたという。19歳の時に自衛隊に入隊し、25歳で母親を探すために探偵専門学校に入学。さらに除籍謄本を入手し、母の名前を初めて知った。るり子さんと再会できた時には母に引き取られた姉の里奈さんと記念撮影をした。その時に翔さんは再婚したるり子さんには新しい家族がいることを知り、爾来、自分から母のもとを訪れることが躊躇われるようになったという。

4ヵ月ぶりに翔さんはるり子さん、姉の里奈さんのもとを訪れ、一緒にVHTテープを再生した。画面の日付は86年9月23日で、翔さんの1歳の誕生日だった。食卓にはバースデーケーキや多くの料理が並べられていた。食事中にるり子さんは翔さんを抱きかかえ、ケーキを口元に運んでいた。他にも家族で遊園地に出かける映像も映っていて、生き別れた1つの家族の幸せな時間が記録されていた。上映終了後、里奈さんは「1つの温かい家族があったことを知れた」、翔さんは「愛されていた、大事にされていたと凄い伝わってきた」と述べ、目頭を熱くしたるり子さんは「お母さんはあなたを産んで良かったと思っているし、里奈を産んで良かったと思っている。これからもお母さんの子でいてね」と語った。翔さんは「愛情を正面から受け止め、親孝行して結婚し、孫を抱かせてあげるように頑張りたい」と述懐した。

井戸田潤は「家族3人がそんなに大きくないソファーでギュッとなって映像を見ていたのが凄く良かった」、佐々木健介は「最高のビデオ」とコメント。

佐々木健介が携帯電話に入れていつも持ち歩いているビデオを公開。映像では木にしがみつく次男の誠之助くんの背後から浣腸しようと母の北斗晶が忍び寄っていたり、6歳の誕生日を迎えた佐々木健之介くんのバースデーパーティーの様子が映っていた。佐々木健介は2人の息子は声変わりが始まっていて、当時の声が聞けないので映像を見ると懐かしく思うと明かした。

2つ目のビデオは中学時代に恩師の先生が撮影してくれたもの。視聴としようとするもカビがあるという。

埼玉・川越市に住む大塚桂子さん(36)は約20年前の中学時代に撮影された17本のビデオテープを披露した。ラベルには学校行事などが書かれ、撮影者は恩師の会田裕先生。熱血漢で生徒思いの先生で、不良からいじめられっ子まで分け隔てなく接したことから生徒たちからの人望も厚かった。だが16年前に51歳で逝去し、葬儀には多くの教え子や保護者など約1300人が参列した。月日がたち、今年になってビデオテープが出てきたが、カビが生えていた。

お借りしたビデオをダビングスタジオ東京池袋本店に持ち込み、担当者はテープを分解してこびりついたカビをアルコールで丁寧に拭き取った。テープは綺麗になり、川越市立大東西中学校でビデオ上映会が開催されることになった。大塚さんは久方ぶりに同級生らと再会し、まずは校内を散策。生後4ヵ月の息子を抱いた諏訪裕美さんは人見知りだった自分を引き出してくれたのが会田先生だったと思うと語り、現在は結婚式の司会を行っている。若林正樹さんは会田先生から背中を押され、車好きがこうじて自動車販売の仕事に就いていた。

このあと、蘇った恩師の言葉に涙。

キーワード
横浜市(神奈川)
佐々木誠之助くん
北斗晶
佐々木健之介くん
会田裕先生
ダビングスタジオ東京池袋本店
豊島区(東京)
川越市立大東西中学校

めざましテレビPresents 思い出ビデオ再生します (バラエティ/情報)
02:02~

川越市立大東西中学校でビデオ上映会が開催。最初に映しだされたのは京都に向かう新幹線の車内で、タイムレコードは94年2月22日。会田裕先生は修学旅行を楽しむ生徒たちを撮影していて、宿舎で開かれたかくし芸大会で会田先生の姿が映っていた。依頼者の大塚桂子さんは2人の同級生と学園天国を熱唱し、オオトリには被り物をした会田先生が満を持して登場。修学旅行のビデオの終わり、先生は生徒たちを前に今は大人になりかけだから失敗をして繰り返さなきゃいいと叱咤激励し、家に帰宅したら親に良かったこと、悪かったことを喋りながら反省し、明日は紙に書いてもらうと語った。

2分5秒の映像から当時の出来事がまざまざと思い出され、大塚桂子さんは「改めて、先生に言って貰ったような気がします。これからも見守って貰いたいなと思います」とコメント。最後に教室で同級生たちと記念撮影をおこなった 。

先生に褒められたことよりも、怒られたことを覚えているという井戸田潤は当時に思いを馳せたところ、「そんなにないです」と謝罪した。岡副麻希は「当時、先生はいいことを話してくれていたと思うが、ちゃんと聞いておけば良かった」とコメント。

このあと、めざましファミリーの思い出ビデオ初公開!

キーワード
会田裕先生
川越市立大東西中学校
学園天国

めざましテレビPresents 思い出ビデオ再生します (バラエティ/情報)
02:13~

倉田大誠アナの学生時代、青春の1ページを切り取ったという思い出ビデオが公開。当時20歳、大学の卒業製作ビデオに出演。元ホストで新聞記者という役どころを演じていた。

永島優美アナウンサーと父で元サッカー日本代表である永島昭浩氏との親子映像が公開。当時2歳だった長嶋アナの誕生日パーティーが開かれ、現役だった当時30歳の永島氏は愛娘を抱っこしていた。岡副麻希の映像は無く、次回の放送があったら間に合わせたい考え。また井戸田からチャーミングと言われた岡副は欧米かとツッコみ、井戸田はそれ俺じゃないとし、こんなに噛み合わないのかとコメント。

3つ目のビデオはビデオや写真撮影が大好きだった父が亡くなり、我が家で上映会ができなくなった今、依頼者は父のことを思い出しながらもう一度上映会を開いて子供達にも幸せな時間を感じてもらいたいという。

このあと、昭和の家族愛に感動。

キーワード
永島昭浩氏

めざましテレビPresents 思い出ビデオ再生します (バラエティ/情報)
02:18~

愛媛・大洲市にある割烹 あか月で依頼者の日野聡美さん(49)がスタッフを出迎えた。自宅の引き出しには古い8mmフィルムで溢れていて、いずれも40年以上前に撮影されたもの。撮影者は父の照友さんで、割烹料理店の板前を務めていた。仕事一筋で、聡美さんは子供時代に寂しかったというが家族5人揃ってのミニ上映会は特別な時間だったという。6年前に照友さんは69歳で病没し、使っていた映写機、スクリーンは今父以外、扱うことができない。聡美さんにはフィルムを回す時の音にワクワクしたことは今も忘れることができず、35年ぶりにミニ上映会を開きたいと切願していた。

聡美さんからの連絡を受け、母や兄弟家族が実家に集結した。映写機は壊れていたため、映写技師の山下満佐子さんが替わりの映写機をスタンバイ。昔使っていたスクリーンには懐かしい映像が映しだされ、35年ぶりのミニ上映会がスタートした。

このあと、亡父が遺したフィルムに感涙。

キーワード
大洲市(愛媛)
割烹 あか月
HMD愛媛

めざましテレビPresents 思い出ビデオ再生します (バラエティ/情報)
02:26~

35年ぶり、家族揃ってのミニ上映会がスタート。亡父が生前に記録した8mmフィルムには聡美さんの妹で当時2歳だった理恵子さんのバースデーパーティーの様子が残され、実家の割烹料理店で出していたオレンジジュースで乾杯していた。誕生日会など特別な日にだけ飲むことができた思い出のジュースだった。さらに時代は遡り、昭和47年の運動会の映像では小学1年の聡美さんが元気な姿を見せていた。家族の記憶が鮮やかに蘇り、フィルムの終盤で運動会に参加するは父・照友さんの姿があった。

ミニ上映会終了後、聡美さんは「父の愛情を感じることができたかなと思います」と感涙した。そして家族全員で海岸へと繰り出し、この地方に伝わるお盆の行事として先祖を送るための送り火を行った。泉下の父への感謝を込めて供え物を瀬戸の海へと流し、聡美さんら家族は手を合わせた。

キーワード
大洲市(愛媛)
割烹 あか月
HMD愛媛

エンディング (その他)
02:32~

みんなの思い出ビデオを大募集。めざましテレビHPからお寄せください。

キーワード
めざましテレビ 公式ホームページ
  1. 9月14日 放送