ザ・ノンフィクション 悪ガキ ガチンコ物語 4年後の決心

『ザ・ノンフィクション』は、1995年10月15日からフジテレビで放送されている日本のドキュメンタリー番組。字幕放送で、一部放送回ではステレオ放送あり。BSフジでも2011年4月7日から2014年9月までレギュラー放送された。現在は不定期放送。

出典:goo Wikipedia

放送日 2014年9月21日(日) 14:00~14:55
放送局 フジテレビ

番組概要

オープニング (その他)
14:00~

オープニング映像。

悪ガキ ガチンコ物語 4年後の決心 (バラエティ/情報)
14:00~

悪ガキたちを鍛えなおす格闘技のジム。ヨシキ(18歳)のライバルは後楽園ホールのリングで活躍。ヨシキはこの姿に刺激を受け始めた。今回は、体当たりで悪ガキたちを鍛え直した男と変貌を遂げた少年の真実の物語を紹介。

4年前、東京都足立区・西新井大師で育った少年・ヨシキ(当時中学2年)を取材。ヨシキは数年間に渡り母親から総額150万円ほど盗んでいた。母親は財布から消えているお金に気づき叱っていたが、盗み癖は治らなかったという。精神的に追い詰められた母親は親子心中も考えたことがあり、そんな時にある人物と出会った。

親子心中をしようとまで考えたヨシキと母親を救ったのは、ボクシングジム「パワーオブドリーム」会長・古川誠一。ヨシキは10歳の時にジムに入り、古川会長の厳しい指導が始まった。練習は毎日3時間、気を抜けばすぐにバレ、会長から激が飛ぶ。またいい加減な生活態度には体罰もあり。古川会長は、「強ければいいと思っていたら大間違い、人としてちゃんとしていないと」と話す。

古川は小さい頃から運動神経が軍を抜いており、サッカー部では得点王だった。中学時代に父親から格闘技を習うことを反対され、それをきっかけに喧嘩を繰り替えるようになったという。高校卒業後は地元の会社でボディーガードとして働いていたが、26歳でコーチとしてボクシング選手育成を始めた。K-1で活躍しているシング・心・ジャディブ選手も古川が一から育て上げた。

古川会長は何人かの子供を引き取って共同生活をしており、ヨシキも会長の家で暮らしている。古川会長の妻・美津江さんが家事などを行っている。結婚してまだ1年、子どもたちと共同生活をすることについて「最初はビックリしたが、みんな良い子で気にならない」と話した。ここで暮らす最年少は小学6年。学校や家で問題児と言われ続けてきたコウタは、反省の気持ちを表すためここに住んでいるという。

コウタの家は焼き鳥屋。両親は、低学年の頃からヤンチャぶりに困っていたという。両親はなにかあるたびに古川会長に相談してきた。古川会長は、乱暴な子どもほど可能性を秘めていると、コウタを引き受けることに。コウタは今、世界チャンピオンになることを夢に頑張っている。

古川会長は子どもたちの格好には寛容で、金髪など奇抜な髪型をしている子どももいる。2人の子供をジムに通わせている父親は、格闘技は礼儀正しくなるし外で喧嘩もしなくなる、と話す。中学1年のチカラはヨシキの良きライバル。そんなチカラの存在が4年後、ヨシキの選択に大きな影響を与えることになる。

古川会長は子どもたちと過ごす時間が長ければ長いほど情熱が伝わると信じている。2歳違いのヨシキとコウタは兄弟のようで、ヨシキはコウタの勉強を見るなど面倒をよくみている。母子家庭で育ったヨシキは会長を父親のように慕っている。以前盗みを繰り返していた理由について、ヨシキは「寂しかった、泥棒すれば母親に気付いてもらえる」と思っていたと話した。そしてお金を稼げるようになったら、母親と会長に少しずつ返していきたいと話した。

4年前、東京都足立区・西新井大師で育った少年・ヨシキ(当時中学2年)を取材。ヨシキは数年間に渡り母親から総額150万円ほど盗んでいた。母親は財布から消えているお金に気づき叱っていたが、盗み癖は治らなかったという。精神的に追い詰められた母親は親子心中も考えたことがあり、そんな時にある人物と出会った。

ヨシキは強くなるため、いくつもの試合に参戦。古川会長とヨシキには強い絆があった。

選手の健康管理には特に気を配る古川会長は、しょっちゅう選手を実家に招き、小料理屋を営む母親の料理をごちそうする。

取材開始から半年、周囲との不協和音が原因で、古川会長がジムを離れることになってしまった。ジム運営に興味がなく一部の子どもたちばかり集中的に指導する会長の姿勢に疑問の声が上がったという。数日後、練習場所を失った古川だが、子どもたちと公園などで練習を再開していた。ヨシキやチカラは、ジムがなくなっても古川についていくと決意したという。

夜、公民館を借りて練習をする古川と子どもたち。練習場所に困っているという噂は町内に広まり、空手教室が開かれる週に1回、体育館の隅を借りられることになった。師範・宮嶋節雄さんは、会長のことが人間的に好きだから貸した、子どもたちも素直だと話した。子どもの父親たちも仕事終わりに積極的に手伝っている。子どもたちはこの状況を気にもせず、会長だけを信じて練習に打ち込んだ。

取材をはじめて4年、古川誠一は新たな場所でジムを開いており、毎日30人ほどの小学生が通っていた。古川には2人の子どもが産まれていた。会長を信じてついてきた3人の悪ガキは、果たしてどうしているのか。

キーワード
西新井大師(東京)
シング・心・ジャディブ

悪ガキ ガチンコ物語 4年後の決心 (バラエティ/情報)
14:31~

取材から4年、中学を卒業したコウタは今も古川誠一のジムに通い、格闘家の夢を持ち続けている。これまでにチャンピオンベルトを3回巻いたという。高校へは進学せず、月に10日ほど現場作業のアルバイトをしている。セア建設の常田社長は、「挨拶がしっかりしている、リングの上でやっているのはカッコイイ」と話した。

4年前、中学2年生だったヨシキは、高校3年になった。古川会長とヨシキの生活は7年目となり、古川家に子供が生まれてもこの関係は変わっていなかった。都立足立東高校へ通うヨシキは、ボクシング部に在籍。3年からは部長に選ばれ、顧問達からの信頼も厚い。この夏、インターハイ出場をかけた大会で存在感を出せば、有名大学から推薦オファーが来ることもあり得るという。強豪が集まる東京ブロックの予選、ヨシキは順調に勝ち進んでいたが、キックボクシングの経験が落とし穴となり、反則負けをしてしまった。しかしヨシキの試合を見ていたある大学から、思ってもみない推薦入学のオファーが来た。しかし大学に進学すればプロへの道が遠のくため、ヨシキは迷っていた。古川会長はあえて何も言わず、本人の希望にまかせているという。

悪ガキ ガチンコ物語 4年後の決心 (バラエティ/情報)
14:39~

取材から4年、16歳になったチカラは独特な髪型と刺青の入った体で現れた。高校へは進まず、父親と同じ解体業をしている。そしてこの夏、念願のプロデビュー戦が決まっていた。デビュー戦は格闘技の聖地・後楽園ホール。その姿を見つめるヨシキは、羨ましいと話した。

4年前、中学2年生だったヨシキは、高校3年になった。古川会長とヨシキの生活は7年目となり、古川家に子供が生まれてもこの関係は変わっていなかった。都立足立東高校へ通うヨシキは、ボクシング部に在籍。3年からは部長に選ばれ、顧問達からの信頼も厚い。この夏、インターハイ出場をかけた大会で存在感を出せば、有名大学から推薦オファーが来ることもあり得るという。強豪が集まる東京ブロックの予選、ヨシキは順調に勝ち進んでいたが、キックボクシングの経験が落とし穴となり、反則負けをしてしまった。しかしヨシキの試合を見ていたある大学から、思ってもみない推薦入学のオファーが来た。しかし大学に進学すればプロへの道が遠のくため、ヨシキは迷っていた。古川会長はあえて何も言わず、本人の希望にまかせているという。

そして1000人以上の観客が見守る中、チカラのデビュー戦当が始まった。

キーワード
都立足立東高校

悪ガキ ガチンコ物語 4年後の決心 (バラエティ/情報)
14:46~

格闘技の聖地・後楽園ホールで行われたチカラのプロデビュー戦。空手の名手を相手に好戦し、判定勝利した。しかしチカラは「負けても当然な試合だった、会長が納得する試合をしたい」とコメント。一方会長は、大きなケガがなかったことに安心したと話している。

ライバルの勇姿を目の当たりにしたヨシキは、数日後、大学進学をやめプロのキックボクサーを目指す決意をした。早くプロになって闘いたい、稼いで会長に恩返しもしたい、それが今のヨシキの想いだった。ヨシキは「チャンピオンになってその姿を会長に見せるのも恩返し、一人で生きていけるような大人になるのも恩返しだと思う」と語った。

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