箱根駅伝“絆の物語” スタート直前生情報

放送日 2015年1月2日(金) 5:50~ 6:45
放送局 よみうりテレビ

番組概要

オープニング (その他)
05:50~

オープニング映像。

箱根駅伝“絆の物語” (バラエティ/情報)
05:50~

東洋大学の中心選手は3年の服部勇馬と2年の服部弾馬の兄弟だ。2人は新潟県十日町市出身。4人兄弟の長男と次男。前回の箱根駅伝では兄・勇馬は花の2区を任された。「その1秒をけずりだせ」という言葉を腕に書いて力走、区間3位だった。翌朝、復路の小田原中継所で弟・弾馬のスタートを見守った。弟の腕に「その1秒をけずりだせ」と書いた。弾馬は区間賞をとる走りを見せた。兄・勇馬は涙を見せた。三男・服部風馬は愛知県豊川高校陸上部に所属している。風馬は勇馬と弾馬について「一緒にいるときは普通のお兄ちゃん。走っているところは憧れる」と語った。

長男の勇馬は東京オリンピックに向けてマラソンに挑戦している。勇馬は「自分は弟のようなセンスはないので、トラック競技は勝てない」とマラソンに挑戦することにした理由を語った。弟の弾馬は2014年の世界ジュニア選手権で1万メートルで8位に入賞した。しかし、世界との壁を感じた。弾馬は兄の決断にやや焦りを感じていた。2014年11月全日本大学駅伝が行われ、弾馬は1区を任された。2区には兄・勇馬が待っている。しかしトップと1分10秒差の10位で襷を渡した。兄・勇馬は区間賞の走りで2位にした。しかし、最終的に東洋大学は4位だった。全日本大学駅伝後の上尾シティハーフマラソンには弟・弾馬だけが出場。兄に頼らず自分1人で走りたかった。自己ベストの1時間2分31秒だった。風馬は「弾馬は全日本大学駅伝を失敗してるので箱根駅伝にぶつけてほしい」と語った。

このあとは、迷い道を涙で歩んだ親子の物語。

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箱根駅伝
東洋大学
葉月
東京オリンピック
世界ジュニア選手権
上尾シティハーフマラソン

箱根駅伝“絆の物語” (バラエティ/情報)
05:59~

早稲田大学の山本修平は2014年1月3日の箱根駅伝後涙を見せていた。山本はサッカーやピアノなどなんでもこなした。小学6年生のときに地域のマラソン大会で優勝して走ることの楽しさをあじわった。家族の応援を受け、「臙脂、Wのマークに憧れた。竹澤選手に憧れた」と山本は語った。早稲田大学を受験したが、不合格だった。母・智美さんは「心配してたけどピアノの音が聞こえてきた。私は泣いてしまった。1か月ぐらいひきこもり状態だった」と語った。しかし、以前からエントリーしていたハーフマラソン大会に出て走ることの喜びを再確認し、浪人して早稲田大学を目指すことを決めた。その後、家族で箱根旅行をした。箱根駅伝ミュージアムでは憧れの臙脂のユニフォームの前で写真を撮った。

早稲田大学に山本修平は合格した。1年生で山本は箱根駅伝出場。5区を走った。翌年も5区を走り、山のスペシャリストとして2年連続区間3位。3年生のときは全日本インカレに出場。2種目で入賞した。しかし、その年の冬、左アキレス腱を負傷。親にも内緒にしていた。しかし、母は新聞で知った。早稲田大学はそのシーズンの箱根駅伝は4位だった。迎えた最終学年。山本はチームをキャプテンとして引っ張ってきた。全日本大学駅伝で山本は見事に復活した。山本は箱根駅伝で「恩返しできる力強い走りをしたい」と語った。

このあとは、高校から夢を誓い合う同級生の物語。

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早稲田大学
箱根駅伝
ジュニアオリンピック
竹澤健介
全国高等学校総合体育大会
穂の国豊橋ハーフマラソン
箱根(神奈川)
全日本インカレ
全日本大学駅伝

箱根駅伝“絆の物語” (バラエティ/情報)
06:09~

箱根駅伝に出場する青山学院大学の久保田和真と山村隼は、2012年に一緒に上京してきた。2人は熊本県九州学院高校の同級生だ。最後の高校駅伝の大会直前に山村は怪我をした。山村は久保田に「手に漢字を書いてくれ」と頼まれて「思い」と書いた。久保田は1区で区間賞の走りを見せた。しかし全国制覇は出来なかった。「いっしょに走って優勝」という目標を早稲田で叶えたいと考えている。久保田は出雲駅伝でデビューした。そして青山学院大学はチーム史上初優勝。しかし一緒に走って優勝という夢は叶えてない。箱根駅伝に出場したのも久保田が先だった。しかし、久保田は怪我で走る情熱を失っていった。

山村は以前、熊本県民テレビが制作した「都大路へ 九州学院の夢」というテレビ番組のDVDを久保田に見せた。走りの原点を思い出した久保田は前回の箱根駅伝では裏方でチームを支えた。一方の山村は箱根駅伝は初出場した。青山学院大学はチーム最高タイの5位だった。その翌日2014年1月4日、原晋監督は「箱根駅伝に出るチャンスがあるのになぜ放棄するのか、それはもったいない」と語った。さらにキーマンとして久保田の名前をあげた。久保田はひざの手術をし体幹トレーニングをした。そして2014年5月の関東インカレ2部3000m障害で山村は初優勝。7月、久保田も本格的に復帰。11月の全日本大学駅伝では2年ぶりに襷をつないだ。今回の箱根駅伝で初めて一緒に優勝するという夢を叶えるチャンスが来た。

このあとは、駒澤をささえる同期の物語。

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箱根駅伝
青山学院大学
全国高等学校駅伝競走大会
出雲全日本大学選抜駅伝競走
都大路へ 九州学院の夢
インカレ
全日本大学駅伝

箱根駅伝“絆の物語” (バラエティ/情報)
06:20~

駒澤大学の中村匠吾は高校時代から活躍してきた。しのぎを削ってきた村山謙太と仲間になった。同期の仲間でありライバルだ。前回の箱根駅伝では、1区を中村が、2区を村山が走った。しかし、東洋大学に負けた。翌日中村はキャプテンに指名された。しかし、試練の年となった。さきに結果を出したのは村山だった。10000mで現役学生のトップタイムを出した。5000mでも自己ベストを出した。しかし、中村は結果が出ない上に体調不良で関東インカレを欠場した。中村が治療につとめる間に村山がチームを支えた。中村は2014年11月の全日本大学駅伝で復帰した。1区は村山が、4区は中村がはしり、駒澤は優勝した。中村は「今年1年箱根駅伝で勝つことが目標」と語った。

2014年10月の箱根駅伝予選会で東京農業大学・浅岡満憲は泣き崩れていた。浅岡は岐阜県飛騨市出身。御嶽山で合宿することが多かった。高地トレーニングで有名だ。浅岡の馴染みの宿・スポーツインオラも標高1300mのところにある。東京農業大学陸上部が予選に向けて合宿を行う他、様々なチームが常連。宿の支配人・藤原さんは「おとなしい子だった。期待してる」と語った。御嶽山が噴火したのは浅岡が訪れた2週間後だった。ふるさとを思い臨んだ箱根駅伝予選会で浅岡は個人4位だった。運命の結果発表で創価大学に敗れた。箱根駅伝への切符を逃した。浅岡は挨拶に立ったが涙で言葉にならなかった。浅岡に手を差し伸べたのは同じ4年の竹内竜真だった。竹内は「あいつが泣き崩れる姿は苦しかった。最後も襷を繋ぐ予定だったので」と語った。浅岡に与えられたのは関東学生連合としての出場。浅岡は「大学のチームとして走りたかった。生意気な言い方ですが、学生連合チームでは走りたくないという迷いがあった。でも連合チームとして走っている姿を応援したいと言ってくれる人もいた。そういう人の気持ちに応えてたい」と語った。

このあとは、約束の箱根路へ、父と子の物語。

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箱根駅伝
インカレ
全日本大学駅伝
東京農業大学
箱根駅伝予選会
創価大学
高山(岐阜)

箱根駅伝“絆の物語” (バラエティ/情報)
06:32~

山梨学院大学の市谷龍太郎は「箱根駅伝で優勝できるように頑張りたい」と入学時に語っていた。市谷は石川県津幡市出身。双子で未熟児で生まれた。更に生後すぐに左目の視力を失った。スポーツが好きでサッカーをやりたがると父に陸上をすすめられた。中学のときに出場したジュニアオリンピックで市谷は3位に入った。それをキッカケに山梨学院大学附属高等学校への入学を果たした。そんなときに父・保さんが癌におかされているということが分かった。そんなときでも父・保さんは龍太郎が出る大会の応援に駆けつけた。母・智子さんによると保さんは龍太郎さんのいないところで褒めていた。龍太郎は保さんと箱根駅伝に出ることを約束した。

その後、保さんは龍太郎が箱根駅伝で走る雄姿を見る前になくなった。龍太郎は「大舞台で活躍するところを見せたかった」と語った。以前にもまして龍太郎は練習するようになった。全国高校駅伝で山梨学院大学附属高校は初優勝した。次の約束・箱根駅伝のために龍太郎は練習に励んだ。全日本大学駅伝には1年生で出場した。市谷の寮の部屋には父の写真がかざってある。箱根駅伝には父・保さんの写真を持っていく。保さんの「走るからには一番」という言葉を胸に箱根駅伝に臨む。

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市谷保
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全日本大学駅伝
甲府市(山梨)

エンディング (その他)
06:42~

全長217.1km、2日間に渡る継走。いよいよ箱根駅伝が始まる。

東京・大手町のスタート地点から水卜麻美がリポート。駒澤大学の中村匠吾、東洋大学・田口雅也らの姿が映し出された。

キーワード
箱根駅伝
大手町(東京)
中村匠吾
東洋大学
田口雅也
  1. 1月2日 放送