八方・陣内・方正の黄金列伝! 【IKKO】イジメにパニック障害(秘)壮絶人生

放送日 2019年2月17日(日) 16:30~17:30
放送局 よみうりテレビ

番組概要

オープニング (その他)
16:30~

グランドプリンスホテル新高輪の和室「秀明」からの中継で今日のゲストIKKOさんが紹介された。「IKKOさんが出だしの時に家直撃とか行ってるねん」「あ、そういうロケとか行ってるんですか」などと語られその時には借金を抱えていたなどと述べられた。

芸能人がこれまでの天国と地獄を赤裸々に語ったり徹底的にその人生を掘り下げる黄金列伝。今回はIKKOの波乱の人生を徹底解剖。

キーワード
秀明
IKKO
港区(東京)

芸能人の人生を徹底解剖 (バラエティ/情報)
16:31~

バラエティで異色の存在感を放つIKKOさんだが幼少期には壮絶な体験があったという。逸見政孝さんとの感動秘話、姉が明かすパニック障害、大ブレイク後に襲った借金地獄などIKKOさんの波乱の人生を丸裸にすると伝えられた。

「IKKOさん年齢出ちゃってますけどいいんですか?」「どうぞどうぞ」などと語られ、57になったと述べられた。バラエティーに出始めたのは41歳であるという。19歳からの幸せ・不幸せグラフが公開され19で-50からのスタートとなっており当時の写真が公開された。当時の写真は男の姿だが小学校時代まではずっと自分を女だと思っていたという。IKKOさんは福岡県田川郡で生まれ実家は母が営む美容室で、2人の姉と妹がいる4人姉弟で唯一の男の子だった。物心ついた頃から心は女の子だったが、小学校2年生頃から友達の反応が変わってきたという。

IKKOさんは当時オカマと言われてそんなに自分が汚いのかとナイフでえぐられたように感じていたという。「本当に凄い嫌な言葉だったんですよ」「それしか言葉がなかったんや」などと語られた。人と接しなければオカマという言葉を聞くこともないなどと考え、思春期に体が変わって行くときにもすね毛を見られるのが嫌で小学校から剃っていたなどとIKKOさんは述べた。これらの事でIKKOさんは殻に閉じこもって心を閉ざしてしまったのだという。

IKKOさんの壮絶人生を紹介する。イジメられてると家族にいうと、またコンプレックスが増幅すると思ったという。心は女性ということを言えなかった。理容室で働くお母さんの姿をみて、福岡県の美容専門学校へ通うようになった。19歳で横浜へ。

IKKOさんの子供の頃の様子についてお姉さんに話しを聞いたという。子供の頃はおとなしくて優しい子で姉から見ると今は強くなたように見えるなどと語られた。父が九州男児で唯一家を継ぐ長男として生まれたため父は九州男児に育てたいと思ったようで空手を習わせたりしたが男の方の遊びはどれも嫌がりままごとかお人形遊びをするのが好きだったという。中学生になり更におとなしくなったがあまり急に話さなくなったというイメージは姉にはなかったと語られた。いじめられていたことも話さず「私達は全然気が付かないままでした」と述べられた。

髪結處サワイイに勤務をはじめた。19歳で-50の幸せだった。厳しかったという。今は感謝している。全国から、若者が集まってきた。IKKOさんも寮に入った。初日から洗礼にあったという。オーナー婦人の澤飯さんから指導を受けた。自分だけごはんが出なかった。何もしていない人は食べられないと言われた。食べるスピードのことを言われたという。毎日が試練だったという。澤飯さんが厳しかったという。当時は嫌いだったというIKKOさん。

澤飯さんが登場。IKKOさんがつとめていた「髪結處サワイイ」のオーナー夫人だ。IKKOUさんの名付け親だとのこと。本名は一幸さんなのでそこからIKKOになったとのこと。夜行列車に乗ってきたIKKOさん。他の若い人とは違ったと澤飯さんがいう。練習熱心で真面目だったという。器用ではなかった。努力型だった。人の何倍も練習していた。

「これをやる」と言ったら、必ず努力する人だという。コンクールで優勝してみせるといい、トロフィーをもって帰ってきたと語る姉。寝る間も惜しんで努力した。25歳で技術者となり指名客が数百人いたとのこと。

オーナー夫人は、技術者になってからは他の子たちとはまったく違ったという。個性が強かった。独特の感性があった。IKKOさんを待つお客さんが何人もいた。

25歳で売れっ子美容師になった。27歳で、限界を感じたというIKKOさん。雑誌の世界が夢だったという。女優やモデルのヘアメイクが夢だった。いちから出直すことを決めたとのこと。ヘアメイクアーティストの伊藤五郎さんのアシスタントになった。女優たちのヘアメイクを手がけるようになった。意外な人のヘアメイクも手がけたという。

27歳で逸見政孝さんの専属ヘアメイクの担当になった。逸見政孝さんは売れっ子だった。30歳でアトリエIKKOを設立。スタッフを多数抱えた。女優たちのヘアメイクを次々と手がけた。

IKKOさんは、檀ふみさんを手がけた。その写真が公開された。

IKKOのヘアメイク時代のスゴさとは!?

キーワード
逸見政孝
ガン
パニック障害
過呼吸
豊田朝子さん
田川郡(福岡)
福岡県
横浜市(神奈川)
髪結處サワイイ
ビューティバランス
元町(神奈川)
伊藤五郎さん
逸見政孝さん
全日本有線放送大賞
杵島隆
檀ふみさん

芸能人の人生を徹底解剖 (バラエティ/情報)
16:52~

30代にして名だたる女優たちのヘアメイクを手がけてきたというIKKOさん。当時のIKKOさんをよく知る人として檀ふみさんから話を聞いた。雑誌「家庭画報」ではIKKOさんがヘアメイクを担当しその後撮影がある度に担当していたという。印象は自分でもキビキビ動きバンバン指示を飛ばしていてアシスタントに「とにかく綺麗にしてさしあげて、これ以上ないってくらい綺麗にしてさしあげて」と何度も言って壇さんは「私がプレッシャーに感じた」などと語った。

IKKOさんが来る時はヘアメイクの場所が見たことない状態になったという。「サロン・ド・IKKOがそこに出来上がるので」などと語られ、美容室がそのまま出来るほどの荷物が持ち込まれたと語られた。足のマッサージ機やスリッパなども置いてあったという。また「私が一番びっくりしたのはおしぼり製造機もお買いになって持ってらっしゃいました」などと述べられた。ヘアメイクの技術もまた空前絶後で毎回ヘアデザインの絵を描いてきており、素晴らしい世界をいろんなもので作り上げてくださった、撮影する時に一心同体になって私の気持ちになって一緒にいてくれたなどと述べられた。

IKKOさんとのトーク。「いやIKKOさん凄い気遣いの出来る方なんですね」「いやいや本当によく言って頂いてるだけだと思うんですけどね」などと語られ、おしぼりの製造機など女優はたまらないなどと述べられ、IKKOさんから「道具代に全部自分の稼いだお金が吹っ飛んでもメイクは弟子たちに教えてやってもらってその間に髪の毛をやってマッサージ機を置いてもうひとりがマニキュアをやるというシステムを作り上げたんです」などと語った。それぞれが自分の分野を完璧にやれば誰にも負けないと述べられた。

30歳からIKKOさんのグラフは低い所で上下を行ったり来たりしている。IKKOさんによると当時ヘアメイク会社を設立したが、毎月最低1000万円は稼がないといけなかったそうで、全てを完璧にしたいがためにスタッフ数を15人にもした。経営者としての重圧に押されていたIKKOさんは売上のために仕事を増やしたため、IKKOさん自らが派遣できず、スタッフだけを派遣するケースが増えた。「スタッフがなかなか育たない」などとIKKOさんがコメントしたのに対し、陣内さんは「そんな厳しい世界なんですね」などと述べていた。グラフは39歳でどん底になり、IKKOさんはついにパニック障害で倒れたが、その数年前から前兆があったという。

IKKOさんのヘアメイクの技術は誰もが認める実力で撮影の仕事が次々舞い込んでくる状態になり雑誌の世界で名を上げるという夢を現実のものにしていったと語られた。だが独立直後の30代の時に幸せ不幸せグラフがマイナスになっており、逸見さんがガンで亡くなったためだと説明された。「それがこの年」「はい」と語られた。

IKKOが逸見さんのヘアメイクを担当して3年が経った頃、逸見さんが会見でガンを発表。そして48歳の若さで帰らぬ人となった。IKKOは逸見さんに「どうやったら成功するんですか?」と聞くと逸見さんは「みんな平等に成功のチャンスはあると思う。1週間に1回しか来ないバス停でバスを持っている時もあれば1時間に何本もバスが来る時もある。1週間に1本だからといって飛びついてもいけないしそれを見極める審美眼を養わなければダメだと思う。波が来ても自分の実力がついてなかったらいけないから波に乗れないから波から落ちてしまうから日々精進することだと思います。努力と見極めが揃えばどなたでも成功すると思う」と話してくれたという。

ヘアメイク会社を設立し超多忙となったIKKO。ストレスと不安により39歳でパニック障害を患い、過換気症候群の発作を起こして入院したこともあったという。当時一番怖かったのは電話の音だったそう。

抱え込んだ全てが破裂するかのように心と体が限界に達したIKKO。退院後も毎晩発作をお起こし、救急病院に駆け込む毎日を送っていた。勇気を出した心療内科では今の環境を捨てないと治らないと告げられ、IKKOは仕事を絞ることを決意したという。

IKKOがパニック障害を患っていた当時の様子について、姉の美穂さんは「自分の中で消化しようというところがある、みんなにいろんな(悩みを)言えたらそういうことにはならなかったんじゃないか」などと話した。悩みを相談してもらえるようになったのは後からだったという。

39歳でパニック障害となったという。理想が高いと澤飯さんがいう。自分が納得がいかないという。自分が悪いと思い込むのだという。自分を追い込んでしまう。

20代・30代は笑う事ができなかったIKKOはTBS「ジャスト」で密着を受け放送時間15分の予定が45分やる事が決まったという。

あくまで裏方としての取材だったがタレントとしても活躍。オネエブームの火付け役となった番組「おネエ★マンズ」がスタートし人気が不動のものとなった。パニック障害は笑うようになって免疫がついたという。

IKKOの代名詞「どんだけ~」は芸能界入り4年後に生まれた。美容室でシャンプーしているときに美容師から「話に詰まったら2丁目で流行っている『どんだけ~』を使えばいい」と教わり、ダウンタウンDXで初めて使ったという。手のジェスチャーは最初の緊張からくる震えだったという。

グラフは47歳でどん底に。そのとき歌やメイク実践などを行う催し「30か所ツアー」を全国で開催したという。

「IKKOを襲った借金地獄」

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芸能人の人生を徹底解剖 (バラエティ/情報)
17:17~

47歳大ブレイクのさなか、IKKOは歌やメイク実践などを行う催し「30か所ツアー」を全国で開催したが、ツアー中に入院することになってしまい15か所が先送りになってしまった。そのせいで何億という借金を背負ってしまった。そんな状況も人に相談することはなかったという。

IKKOは「人生50くらいでいい」「成功は続かない気がする」「いつも終わるときは貯金がゼロ」などと話した。現在は化粧品の開発や韓国でも多数の仕事をこなしている。

IKKOが描く「これから…」とは?

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成田空港

芸能人の人生を徹底解剖 (バラエティ/情報)
17:24~

IKKOについて檀ふみから「お願いですから少しは貯金してください」とのメッセージ。澤飯さんからは「肩の力をぬいてやってみてほしい」とのメッセージ。飛田さんからは「もう少し自分を大切にして欲しい」

IKKOは父から「人に可愛がられる人になりなさい」と言われてきたという。「これからも良い化粧品を突き詰めていきたい」などと話した。また彼氏について聞かれると「『アリー/スター誕生』を見たらまた素敵な人に出会いたいと思った」などと話した。

「八方・陣内・方正の黄金列伝!」の次回予告。

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レディー・ガガ
アリー/スター誕生

お知らせ (その他)
17:27~

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energy
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