NNNドキュメント 心ひとつに〜華麗に舞う 組踊り〜

NNNドキュメント(エヌエヌエヌドキュメント)は、1970年から放送を開始したNNN系列のドキュメンタリー深夜番組である。放送時の番組タイトルでは「NNNドキュメント'○○」(○○は西暦の下2桁)と表記される。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年7月15日(月) 0:55~ 1:25
放送局 よみうりテレビ

番組概要

オープニング (その他)
00:55~

オープニング映像。

心ひとつに~華麗に舞う 組踊り~ (バラエティ/情報)
00:55~

民謡の調べに乗せて踊る「手踊り」は青森に伝わる郷土芸能だ。その手踊りを数人で合わせるのが「組踊り」。組踊りの頂点に挑戦する少女たちに密着した。

青森市にある石川義梅会は手踊りを愛好する人たちが集まる踊りの教室だ。師匠の石川義梅さんが教える「津軽手踊り」は腰を低くして独特の手さばきで踊る。義梅さんの師匠は津軽手踊り「石川流」の創始者・石川義衛さん。山で炭焼きを生業としていた義衛さんは自然の中にある動きを取り入れて石川流の津軽手踊りを築き上げた。義梅さんは2004年に青森の踊りての最高位「第三十四代青森県手踊名人位」となり、石川を襲名した。師匠が亡くなる2年前だった。義梅さんは「師匠が生涯かけて築き上げた踊りだから、簡単になくしてはいけない」と語った。

昭和45(1970)年に「青森県手踊り名人決定戦」が始まった。わずか4チームしか出場できない手踊りをする者にとって憧れの舞台だ。石川義梅会は昨年この大会に出場して扇子と傘を使った踊りを披露したが、道具に頼り過ぎたことが評価されず準優勝だった。

今年1月13日、「青森県手踊り名人決定戦」で今年こそ優勝を目指す石川義梅会は2月の決勝に向け稽古場の青森市中央市民センターで練習に励んでいた。師匠の石川義梅さんは原点に戻って扇子1本で「素」に近い踊りを目指した。今年から青森市立甲田中学校2年の木浪朱理さんがメンバーに加わった。木浪さんは中学校では陸上部に所属している。義梅師匠に憧れて7歳の時に手踊りを始めた。部活動を終えて帰宅した朱理さんはすぐに稽古場へ向かった。稽古場への車中でお母さんが作ってくれたおにぎりを食べた。朱理さんは石川義梅会に入って本当の津軽手踊りの難しさを体感した。朱理さんは「うまくなりたいのにうまくなれないのが悔しい」と語った。大会への出場経験がある仲間たちが心の支えになっている。

サブリーダーの大学生・小笠原夏鈴さんも義梅さんに憧れて手踊りを始めた。センターを踊る重要なポジションを任されている。稽古では夏鈴さんに義梅さんから激が飛んだ。夏鈴さんは自分の不甲斐ない姿に涙した。

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心ひとつに~華麗に舞う 組踊り~ (バラエティ/情報)
01:09~

大会まで残り2週間となり、朱理さんの踊りが変わり始めていた。センターを踊る夏鈴さんも必死だった。大学4年生の夏鈴さんは大会後に理学療法士の国家試験が控えていたが、家族が寝静まった後も踊りの練習に励んでいた。

大会前日の2月9日、稽古後に義梅師匠がお守りを手渡した。

大会には1300人の観客が集まった。石川義梅会のメンバーは帯にお守りを入れて大会に臨んだ。

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心ひとつに~華麗に舞う 組踊り~ (バラエティ/情報)
01:15~

今年2月10日に青森県手踊り名人決定戦が行われた。石川義梅会は前半は津軽手踊りの基本に立ち返り何も持たずに踊った。後半は扇子を持った踊りを披露した。舞台袖に戻ると突然泣き出してしまったメンバーもいた。石川義梅会は踊り始めで全員のタイミングがずれてしまった。客席にいた義梅師匠は見ていられなかったと途中でホールの外へ出てしまった。大会は津軽手踊りと双璧を成す南部手踊りの「木村社中 月美会」が優勝した。石川義梅会は準優勝だった。

津軽に春が来た。中学3年になった朱理さんは踊りを続けると語った。理学療法士の国家試験に合格した夏鈴さんは働き始めた。石川義梅会のメンバーが花見の席で踊りを披露した。

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リンクステーションホール青森
津軽(青森)

エンディング (その他)
01:23~

「NNNドキュメント」の次回予告。

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