NNNドキュメント 雨がやむとき 震災7年の面影

NNNドキュメント(エヌエヌエヌドキュメント)は、1970年から放送を開始したNNN系列のドキュメンタリー深夜番組である。放送時の番組タイトルでは「NNNドキュメント'○○」(○○は西暦の下2桁)と表記される。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年3月12日(月) 0:55~ 1:50
放送局 よみうりテレビ

番組概要

オープニング (その他)
00:55~

オープニング映像。

今夜のNNNドキュメントは…3・11大震災 シリーズ85。東日本大震災から7年経った東北3県を取材した。

キーワード
東日本大震災
宮城県
岩手県
福島県

雨がやむとき 震災7年の面影 (バラエティ/情報)
00:56~

福島第一原発がある福島県双葉町の住民1400人は、7年前の福島第一原発事故で260km離れた埼玉県への避難を余儀なくされた。すぐに帰れると思っていた鵜沼久江さん(当時57歳)は50頭の牛を残して避難した。初めて一時帰宅が許されたのはそれから5ヶ月後の真夏だった。夫・一夫さん(当時63歳)と一緒に帰宅すると、ほとんどの牛は餓死していた。

福島県双葉町で畜産業を営んでいた鵜沼夫妻は、埼玉県加須市に移り住んで野菜づくりを始めた。故郷の名前を採って、「双葉ゆめやさい」と名付けた。米作りにも取り組んだ。声を掛け合って助けあっていた双葉町の頃とは異なり、こちらでは金(事故の賠償金)持ってると偏見の目で見られることもあったという。

2017年2月23日に鵜沼一夫さんが死去した。妻・久江さんは「1人だったら(避難生活に)耐えられなかった」と語った。友人が「止まない雨は無い」とのメッセージを書いて励ましてくれた。夫の死後、久江さんは初めて避難先の夏祭りを訪れ、地元の人たちと交流した。

2018年2月23日、一夫さんの命日は雨だった。久江さんは鵜沼家の墓を福島県双葉町から埼玉県加須市へ移した。福島では火事になる危険性があるためにあげられなかったお線香をこちらでようやくあげることができた。久江さんは私の避難はこれから、大丈夫、何とかなるからと語った。

キーワード
福島第一原発
東日本大震災
双葉町(福島)
福島第一原発事故
埼玉県
加須市(埼玉)

雨がやむとき 震災7年の面影 (バラエティ/情報)
01:13~

宮城県石巻市では東日本大震災の津波で子供を亡くした母親たちが花を手向けていた。佐藤美香さんの娘・愛梨ちゃんは、津波に飲まれ焼け焦げた幼稚園のバスの中で亡くなっていて、手足は見つからなかったという。美香さんは娘が亡くなった場所の近くで見つけた焼け焦げた上履きを大事に保管していた。愛梨ちゃんの3歳年下の妹・珠莉ちゃんは、お姉ちゃんが亡くなった年齢を追い越して7歳になった。七五三の写真撮影では、お姉ちゃんが好きだった水色の着物を選んだ。

東日本大震災から5年が経った。佐藤さんは毎年、命日に娘がいた最後の場所を訪れている。嵩上げ工事が進み、日に日に街は生まれ変わっている。この場所では夜中まで子供達の助けを求める声が聞こえていたという。

佐藤珠莉ちゃんは小学3年生になった。美香さんは運動会の様子をビデオに記録していた。美香さんは亡くなった娘・愛梨ちゃんがつけるはずだった名札に毎年名前を書き込んできた。娘の部屋には使われないままの新しい教科書が積まれていた。生きていれば13歳で中学校に通っているはずだった。愛梨ちゃんが着るはずだった中学校の制服も作ってもらった。1度も使われなかったランドセルがそのままになっていた。美香さんは3月になると、愛梨ちゃんへの手紙を書いて、命日の11日に燃やしている。美香さんは大事に保管してきた愛梨ちゃんの上履きを手放すかどうか悩んでいた。

キーワード
東日本大震災
津波
石巻市(宮城)

雨がやむとき 震災7年の面影 (バラエティ/情報)
01:28~

岩手県陸前高田市の熊谷幸子さんは、東日本大震災の日から愛する夫への手紙をしたためている。2つ年上の夫・磨さん(当時71歳)は津波にさらわれて、今も行方不明のまま。幸子さんは隣町へ出かけていて無事だった。熊谷さんの自宅は高台にあって津波の被害はなかったが、磨さんは近所の人に避難を呼びかけようと坂の下へ下りてしまい津波に飲まれたとみられる。近所の人が坂道で磨さんとすれ違っていた。ほとんどの行方不明者の死亡届が出される中、幸子さんは夫の死亡届を出せないままでいた。

一昨年の正月に東京の孫が帰省した折には、夫への手紙を書く幸子さんの姿を見た孫も一緒に手紙を書いた。震災当時3歳だった孫の凌くんは10歳になった。祖父との想い出を質問された凌くんは花火しか覚えてないやと答えた。震災前年のお盆に花火をしたその時の映像が残っていた。

東日本大震災から6年が経過した去年の3月11日、幸子さんは同じような境遇の友人と初めて追悼式に参列し、友人が7回忌を済ませていることを知った。幸子さんは毎月11日に必ずカツ丼を食べている。磨さんはカツ丼が大好きだった。ようやく心の整理がついてきた幸子さんは、磨さんの誕生日である6月14日に死亡届を出そうかと考えていた。幸子さんは東京の息子たちと一緒に死亡届を書いた。幸子さんは夫の名前「磨」がどうしても書けず、息子に書いてもらった。磨さんの78回目の誕生日となった昨年の6月14日に死亡届を提出し、帰宅してすぐに幸子さんは手紙を書いた。

キーワード
東日本大震災
陸前高田市(岩手)
津波
カツ丼

雨がやむとき 震災7年の面影 (バラエティ/情報)
01:42~

昨年のお盆、熊谷幸子さんは行方不明のままの夫・磨さんの葬儀と7回忌を執り行った。お墓には骨の代わりに手紙を入れた。

キーワード
東日本大震災
陸前高田市(岩手)
津波
お盆

エンディング (その他)
01:43~

東日本大震災で亡くなった佐藤愛梨ちゃんのママ・美香さんが保管していた愛梨ちゃんの上履きは、今月から南浜つなぐ館で展示されることになった。美香さんは「見てもらうことによって私の気持ちも変わっていくだろうな」と語った。

福島第一原発事故で埼玉県加須市に移り住み、夫婦で野菜づくりをしていた鵜沼久江さん。夫を亡くして一人きりで野菜づくりをしている。今年もキュウリの苗を植えた。夫婦で知恵を絞って作った野菜の袋に貼るシールの中で夫は笑っていた。

キーワード
東日本大震災
津波
石巻市(宮城)
南浜つなぐ館
福島第一原発
双葉町(福島)
福島第一原発事故
加須市(埼玉)
キュウリ

エンディング (その他)
01:48~

「NNNドキュメント’18」の次回予告。

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