NNNドキュメント 50センチの温もり ブラインドランナー 道下美里

NNNドキュメント(エヌエヌエヌドキュメント)は、1970年から放送を開始したNNN系列のドキュメンタリー深夜番組である。放送時の番組タイトルでは「NNNドキュメント'○○」(○○は西暦の下2桁)と表記される。

出典:goo Wikipedia

放送日 2014年2月10日(月) 1:05~ 1:35
放送局 よみうりテレビ

番組概要

オープニング (その他)
01:05~

オープニング映像。

視覚障害者である道下美里さんはロープを頼りに、フルマラソンを走り抜くブラインドランナーである。道下美里さんは走る事で自分と伴走者の人生を切り開いて行く。

50センチの温もり ブラインドランナー 道下美里 (バラエティ/情報)
01:06~

当時32歳だった中野美里さんは晴れた日には殆ど目が見えない状態という盲目に近い状態だった。部屋の明かりは最小限に抑え、黒いまな板を使うことで野菜の輪郭などを把握しつつ調理を行っていた。26歳から3年間盲学校に通い、自立する生活をするための訓練を続けてきた賜物だった。

中野美里さんは3万人に1人の目の病気を患い、25歳の時点で既に両目に障害があらわれていた。さらに29歳の時に祖父から継承してきた書店も大規模な書店ができたことで、閉店となった。

両目が不自由になってから6年が経過するなか、中野美里さんは慣れない場所を訪れるには今も付き添いが欠かせない。そんななか、盲学校に通っていた時にダイエットから走ることを始め、障害者の陸上大会に出場するようになった。ブラインドランナーとして800mと1500mで日本記録を更新し、フルマラソンへの出場も見据えていた。美里さんの明るい話題に、父の哲男さんらも笑顔を浮かべていた。

茨城・かすみがうら市で知覚障害者のマラソン大会に出場するため、ブラインドランナーの中野美里さんは伴走者の十河義典さんとともにコース下見。コース中の急なカーブ、僅かな凸凹も転倒な原因となるため、入念なチェックをしていた。さらに開催地の地元住民からも応援を受けていた。

2009年4月にかすみがうらマラソン 兼 国際盲人マラソンかすみがうら大会が開催され、ブラインドランナーの中野美里さんは伴走者の十河義典さんとともに出場。中野さんは十河さんの声などを頼りに走り続け、大会前日に写真撮影した地元住民や姉の貴代美さんから応援をもらい、3時間26分44秒で優勝した。大会後には父の哲男さんから労われ、美里さんは感動で涙を流していた。

十河義典さんは山口県庁で建築関係の仕事を行っていて、ブラインドランナーである中野美里さんの伴走者を務めることをきっかけに様々なボランティアに参加するようになった。東日本大震災の後には福島に滞在して仮設住宅の検査を行った。また中野さんもバイト先で知り合った男性と結婚するという重大な転機を迎え、福岡に引っ越しすることになった。

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下関市(山口)
かすみがうら市(茨城)
かすみがうらマラソン 兼 国際盲人マラソンかすみがうら大会
東日本大震災
山口県庁

50センチの温もり ブラインドランナー 道下美里 (バラエティ/情報)
01:22~

ブラインドランナーの中野美里さんは結婚して苗字が道下となり、福岡で新しい生活をスタート。大濠公園ブラインドランナーズクラブにランナー、運営スタッフとして加わり、これまでの障害、ランナーとしての経験を語る講演も行っている。また福祉のイベントにも招かれているが、道下さんをサポートしてくれる伴走者はなかなか見つからなかった。

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大濠公園ブラインドランナーズクラブ

50センチの温もり ブラインドランナー 道下美里 (バラエティ/情報)
01:26~

ブラインドランナーの道下美里さんは伴走者の樋口敬洋さんとともに2013年に行われた防府読売マラソンに出場し、新日本記録を樹立した。

ブラインドランナーの道下美里さんは自身の目の役割を果たし、共に走ってくれる樋口敬洋さんと知り合った。毎週2時間ほど練習を行っている。樋口さんは先天的な知的障害を患う長男を持ち、長男との外出も控えるようになっていた。だが笑顔で走る道下さんの姿から、樋口さんは長男を理解できるようになったという。

キーワード
防府読売マラソン
樋口拓弥くん

エンディング (その他)
01:33~

NNNドキュメントのホームページ検索の告知テロップ。

NNNドキュメントの次回予告。

キーワード
NNNドキュメントホームページ
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