相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ 2012年12月31日放送回

放送日 2012年12月31日(月) 7:00~ 9:00
放送局 テレビ大阪

番組概要

オープニング (その他)
07:00~

世界遺産マチュピチュはインカ帝国が築き上げた都市遺跡で、アメリカの探検家ハイラム=ビンガムによって100年以上前に発見されたが、インカ帝国にまつわる謎は今なお多い。相武紗季は今回、その謎を解くべくマチュピチュ近辺を訪ねてまわる。

キーワード
ハイラム・ビンガム
インカ帝国
マチュピチュ

相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ (バラエティ/情報)
07:06~

マチュピチュに詳しい人物に会うためペルー文科省を訪れた相武は、庭で飼われている保護動物ビクーニャと触れ合った。

相武は、2007年にマチュピチュへとつながるインカ道の発掘を行い、人骨を掘り出した形質人類学者エルバ・トーレスさんと面会した。人骨はほぼ完璧な状態で見つかり、身長は158センチほど、推定年齢は25歳から30歳で、トーレスさんは「農業に携わっていた人で、重労働も行なっていた。おそらくマチュピチュで働き、石切職人も兼業していたのだろう」と語る。マチュピチュの建設は、普段は農業に従事する人が石切の仕事に加わるほど、国を上げての大事業だった。

ペルー共和国の首都リマに到着した相武は沖合13kmのところにあるパロミノ島を訪ねた。島付近にはカッショクペリカンなどの海鳥が多く生息し、岩礁にはおよそ3万頭のミナミアシカが、オス1頭あたりメス10頭から15頭のハーレムを形成している。相武は船頭のロベルトさんの誘いを受け、ウエットスーツを来てアシカと戯れた。

サント・ドミンゴ教会は、インカ帝国のコリカンチャ(太陽の神殿)の跡地に建てられ、建築にはインカから奪い取った黄金がふんだんに使われた。しかしサント・ドミンゴ教会内部のあちこちには、耐震構造も兼ねたインカ帝国の建築様式が採用されている。この建築ではこの窓は年に一度、太陽の光が差し込むよう緻密な計算をされた小窓が備え付けられている。この窓はマチュピチュにもあり、そちらでは当時と夏至の日に光が差し込んでくるのだという。

相武はインカ帝国あとに建てられた修道院を改築したホテル・モナステリオに宿泊した。明日はクスコを出発し、マチュピチュへ向かう。

太平洋を一望できるミラフローレス・パーク・ホテルの一室で相武は一旦休憩をとった。そのあとで、13世紀から16世紀の間、鉄や車輪、文字も持たずに繁栄したインカ帝国の謎を探るべく、実業家・天野芳太郎がリマに設立したアンデス文化の考古博物館、天野博物館を訪れた。博物館内にはインカ時代に収穫の取れ高や家畜の数を伝え、文字のような役割を果たしていた結縄・キープがある。このキープは暗号のような役割を果たし、チャスキと呼ばれる飛脚が国中に張り巡らされた「インカ道」という道を、リレー方式で運搬した。

相武はリマからインカ帝国の首都・クスコに移動した。クスコの標高は富士山の八合目くらいで、現在の人口はおよそ30万人程度。インカの言葉で「へそ」を意味し、かつては人々にとって世界の中心だった。市内のアルマス広場にはインカ帝国第9代皇帝パチャクティの像が飾られている。パチャクティは領土を拡大させ人口1000万人を擁する巨大帝国の繁栄期を築き上げた。しかし1533年、わずか160名ほどのスペイン軍によってインカ帝国は滅亡した。

クスコはインカとスペインの文化が融合した町で、世界遺産にも認定されている。路地の壁はインカを象徴する緻密な石組みで、いびつな周りの石全てにぴったりと合わさった12角の石は、当時の建築技術の高さを示している。12角の石を見学した後、相武は民族衣装を見たり、マチュピチュで使うカップを買ったり、クスコの台所と呼ばれるサン・ペドロ市場を訪れた。サン・ペドロ市場にはじゃがいもなどアンデス原産の食料はもちろん、インカ道がクスコと海をつないでいた証となる海藻コチャユーヨ、サボテンの実トゥナが並んでいる。

キーワード
リマ(ペルー)
パロミノ島
カッショクペリカン
ミナミアシカ
サント・ドミンゴ教会
ホテル・モナステリオ
ミラフローレス・パーク・ホテル
天野博物館
太平洋
キープ
クスコ(ペルー)
富士山
インカ帝国
パチャクティ
アルマス広場
スペイン
12角の石
インカ道
コチャユーヨ
じゃがいも
トゥナ
ペルー
ビクーニャ
マチュピチュ
夏至
冬至

相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ (バラエティ/情報)
07:36~

インカ帝国の繁栄を支えたのはウルバンバ川が築いた豊かな穀倉地帯。このあたりでは先住民族ケチュアの人々が今も農業を営んでいて、インカ時代に「太陽神の化身」と呼ばれたトウモロコシがよく採れる。相武紗季はクスコから75km離れたオリャンタイタンボ駅で下車しインカの末裔が暮らす地域へ向かった。その道中、放し飼いにされたロバに遭遇したり、激流にかけられた吊り橋を渡ったりながら、相武は「スリリングですね」とコメントした。

相武は、インカの子孫を意味する「プーマ」という苗字を持つ一家に面会し、トウモロコシで作ったお酒チチャをごちそうになった。プーマさんの家は代々段々畑・アンデネスを使って農業をしながら暮らしてきた。家の中には鳴き声からその名が付けられたテンジクネズミ科のクイが放し飼いにされていた。

段々畑では標高にしたがってさまざまな種類の作物を育てている。プーマさん達はチチャを柵に駆けることによって豊作を祈ってから作業をはじめる。作業をするのは男の人達で畑を耕し、牛を使って土を柔らかくし、トウモロコシやジャガイモの種をまいた。

男の人達が作業をしている間、女の人達は香草とにんにくをすりあわせたものをクイのお腹に詰めて焼くクイの丸焼きや、トウモロコシとジャガイモのスープを作り、作業が終わった頃に段々畑へと持っていった。

相武はクスコの郊外にあるポロイ駅から、ハイラム・ビンガム号に乗った。車内では民族音楽が演奏され、マチュピチュへの期待感を煽った。

相武はプーマさんの娘・サンドラちゃんの洗濯を手伝った。サンドラちゃんの将来の夢はホテルを経営する人になることだが、家を離れるのは寂しいという。相武は彼女の夢を応援し、別れの日、シュシュをプレゼントした。

キーワード
ハイラム・ビンガム号
ポロイ駅
マチュピチュ
インカ帝国
ケチュア
トウモロコシ
オリャンタイタンボ駅
インカ
アンデネス
チチャ
クイ
段々畑
ジャガイモ

相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ (バラエティ/情報)
07:58~

眼下に広がる大小3200以上もの段々畑 マラス塩田は、数千年前の近く変動でアンデス山脈が形成された。その時に一気に押し上げられた海水が岩塩となって封じ込められた。この広大な塩田に水源はたった2ヵ所しかなく、山から湧き出す男の湧き水と地面からの女の湧き水があった。

インカの末裔らが沈んだ塩を踏み固める様子を見せてもらい、相武も塩を採る体験をした。豊穣を祈願し、大地からもらったものを大地に返した。

再びマチュピチュを目指し列車に乗り、ランチタイム。料理はすべて聖なる谷が与えてくれた食材を使い、メインは羊肉のほうれん草包みブルーベリーソースやデザートにはマラスに塩を使ったオーガニックカカオのデザートをいただいた。

インカ帝国は全土にインカ道と呼ばれる道路が張り巡らされていた。マチュピチュには8本のインカ道も通じ、それはこの地が交通の要所であったことを示している。しかし天空への年への道は切り立った道が多く、敵が来た時に落とせる丸太の道もあった。

キーワード
マラス塩田
マスとそら豆の前菜
羊肉のほうれん草包みブルーベリーソース
オーガニックカカオのデザート
マチュピチュ
インカ道

相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ (バラエティ/情報)
08:14~

オリャンタイタンボを出発して1時間半、マチュピチュ駅に到着した。マチュピチュを訪れる人は年間82万人と、900以上ある世界遺産の中でも常に根強い人気を誇っている。ついにマチュピチュに到着し、相武はなんとも言えないとし、写真で見るのと全然違うと語った。

神々の山々に隠され守られてきたマチュピチュ。スペインの征服者たちに発見されなかったため、ほぼ当時のまま残っている。1200ヘクタール、東京ドーム250以上の広さに750人の人が暮らしていたといわれる。皇帝の部屋があったため、王が存在する王都であったといわれている。

その王はインカ帝国 第9代皇帝パチャクティとされており、皇帝の部屋のトイレは水が流れる水洗トイレになっていた。マチュピチュが尾根の高地にありながら水に恵まれていたのは、インカが水を引き込む独自の技術を完成させ、多くの霧がセハ・デ・セルバという雲霧林を作り出した。1911年ハイラム・ビンガムによってマチュピチュは発見され、考古学者のピエダ・チャンピさんにその謎を聞いた。

どうやってマチュピチュを築いたのか?鉄や車輪を持たないインカの人たちがマチュピチュを築けたのは、もともとこの場所にあった岩を切り出したという。そのほか、どうやって大きな石を運んだのかチャンピさんが説明した。

なぜこの地にマチュピチュを造ったのか?冬至の日に完璧な台形を作る 3つの窓の神殿やインティワタナと呼ばれる石像は、日時計の役目をしていた。これほどまでに太陽の動きを観察し、農耕に生かしていた。ここにマチュピチュが建てられたのは、周りが神聖な山々に囲まれていたからで、自然に対する畏敬の念を忘れないためにこの地を選んだと説明した。

なぜ人々は突然マチュピチュから消えたのか?主神殿など建設途中の場所があった。インカ帝国に攻め入ってきたスペイン人と戦うため、マチュピチュの人たちも戦場へ行かねばならなかったため、突然人が消えたと説明した。

キーワード
マチュピチュ
マチュピチュ駅
パチャクティ
インカ帝国
セハ・デ・セルバ
ハイラム・ビンガム
冬至

相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ (バラエティ/情報)
08:37~

相武はプエブロの森に入り、生物学者でNGO団体インカ・テラに所属するカルメン・ソトさんと出会った。ソトさんは絶滅の危機に瀕する動植物を保護し、段の研究を続けている。相武はソトさんに、マチュピチュのシンボルでインカ語で「涙を流す」という意味のワカンキという花や、地中から生え、インカ時代からある「永遠の若さ」という意味の蘭ウィナワイナを教えてもらい、ハチドリや、団体で保護され、現在絶滅の危機に瀕しているメガネグマを見た。

地上の人間を天の世界へ運んでくれるとされたコンドル。マチュピチュ遺跡はそのコンドルの形に似せて作られているという。その証拠に、若い峰を意味するワイナピチュから見ると、マチュピチュ全体がコンドルの形に見える。相武は、標高差250mの厳しいインカ道の向こうにあるワイナピチュに登るため、マチュピチュ・サンクチュアリー・ロッジで足を休めた。

キーワード
マチュピチュ
メガネグマ
ハチドリ
ウィナワイナ
ワカンキ
プエブロの森
ワイナピチュ
コンドル
インカ道
マチュピチュ・サンクチュアリー・ロッジ

相武紗季アースダイアログ 天空の都市マチュピチュ (バラエティ/情報)
08:47~

午前7時、相武は1日400人しか入山できないワイナピチュに入り、険しく、道中に暗いトンネルもあるインカ道を通って、マチュピチュが見渡せる場所に到達した。そこから見たマチュピチュは、コンドルが翼を広げ、空に舞い上がろうとする姿に似ていた。相武はクスコで買ったカップでお茶を飲みながら、「最高の時間ですね。インカの人達は自然をとても大切にしていたことを感じさせられ、現代人が忘れている『自然と向き合う』という感覚がなにより大事なのだと改めて思った」と話した。

キーワード
マチュピチュ
ワイナピチュ
コンドル
インカ

エンディング (その他)
08:55~

エンディング映像。

アンデスの山肌に抱かれ、過酷な自然の中で、インカの時代と変わらぬ生活をすごす人々。そこには、太古の昔から受け継がれた「自然を敬う気持ち」が息づいていた。

キーワード
インカ
  1. 12月31日 放送