美の巨人たち 砂の一粒一粒を描いた奇跡の日本画!田中一村『アダンの海辺』

『美の巨人たち』(びのきょじんたち)は、テレビ東京系列で2000年4月8日から2019年3月30日まで毎週土曜22:00 - 22:30(JST)に放送されていた美術系教養番組。2019年4月6日から『新美の巨人たち』とタイトルが変わり、美術鑑賞をテーマとする旅番組へと変わった。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年6月23日(土) 22:00~22:30
放送局 テレビ大阪

番組概要

美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:00~

今から60年前、無名の画家が奄美大島に暮らし始めた。これまで個展を開くこともなく、売るための絵を描くこともほとんどなかった。しかし、大自然に圧倒され描き始めた。画家の名前は田中一村。今日の一枚は田中一村作の「アダンの海辺」。縦156cm、横76cm、絹地に岩絵具で描かれた日本画。アダンとは奄美大島に自生する植物。田中一村は「これが私の絵の最終かと思われます悔いはありません」と話した。今も田中一村の住んでいた家が残されている。田中一村はどんな画家だったのか、この島で何を見つめていたのか。

キーワード
田中一村
アダンの海辺
奄美大島

オープニング (その他)
22:04~

オープニング映像。

美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:04~

鹿児島県の海の玄関口、名瀬港の市街地の外れの有屋で田中一村は暮らしていた。暮らしていた家は現在も残されている。田中一村は昭和33年、奄美大島に新しい絵の舞台を求め、移住。土地勘も知り合いもほとんどいないはじめての地。島に来た当初、医師の小笠原登さんのはからいで奄美和光園で世話になった。当時の一村についてランニングと猿股で来て、変わった人が来たと思ったが、付き合っていく中で礼儀正しく毅然として自分自身を持っていた。また、患者さんとも自然に交流していた。

昭和36年、有屋の家で住み始める。一村の一日は散歩から始まる。日の出と共に起きて家から山の方に歩く。その時刻がいつも決まっていたので、近所の人からは時計代わりと言われいていた。また一村はカメラを使い奄美の自然を撮影、スケッチしながらほうぼうを歩きながら絵のモチーフを探した。一村は奄美の自然に圧倒されながら、丁寧に精密に描いていった。また一村は5年働き、3年描き、2年働いて個展を開く計画をたてた。そこで大島紬の染色工として働き始めた。大島紬は木の幹の煮汁で染め上げる。更に鉄分の多い泥に何度もつけて発色させる。

一村が使ってきた画材道具には数百種類の岩絵具が残されており、東京・台東区にある得応軒から画材を取り寄せていた。店主の宮内由紀子さんは父から一村について喋る内容が全部絵のことで強烈な人だったと話す。一村は画材のために節約を重ねて奄美大島で働いた。一村は5年間続けた染色工をやめ絵の製作に没頭、そして61歳の時にある果実に向き合う。

今日の一枚「アダンの海辺」は一村が奄美に分かって12年目の作品。海辺に力強く生えるアダンの木。葉の緑は一様でない。取り寄せていた岩絵具をふんだんに使い、様々な緑を表現。学芸員の松尾知子さんはなにか貴い世界が海の向こうにあると感じさせる遠景から波が静かに打ち寄せ、そこに光が手前まできらめいている。自分のいる砂浜が一粒一粒細かく描かれていて、彼岸と此岸をつなぐ波と砂浜の表現は特に力をを込めて描いたのではないかと分析した。一村はなぜ奄美に来たのか。その問の陰に田中一村という画家と苦悩が隠されていた。

キーワード
田中一村
奄美市(鹿児島)
大島紬
アダンの海辺
奄美大島

美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:17~

「テレ東音楽祭2018」のテロップ。

奄美大島の空港の近くにある奄美パークに一村の作品を収めた田中一村記念美術館がある。ここには奄美時代とそれ以前の作品が収められている。田中一村は明治41年、栃木県生まれ、彫刻家だった父のすすめで幼い頃から日本画を描いていた。7歳のときに児童画展で入賞し、神童と呼ばれた。大正15年に東京藝術大学に入学校。同期には東山魁夷や橋本明治といった後に日本を代表する画家と一緒になるが、3ヶ月で退学。あらゆる日本画を描くことができた一村には誇りと自負があった。昭和22年に賞を取ると、それ以降、絵は落選が続く。苦悩と斑紋の中、旅を続け奄美大島と出会う。

「アダンの海辺」について田中一村はこの絵の腫瘍目的は乱立する夕雲と海浜の白黒の砂礫であってこれは成功したと信じている」と評価。絵の中にある砂はトルマリンを使用した思われ、画面の中で本物の砂浜のように一つ一つ光る。しかし、この作品は絵の片隅にあるはずのものがないことから未完成かもしれないと言われている。

キーワード
東山魁夷
橋本明治
白い花
奄美市(鹿児島)
麹町(東京)
田中一村
アダンの海辺
トルマリン

美の巨人たち (バラエティ/情報)
22:24~

「アダンの海辺」には落款も署名のサインもない。一村はこれを閻魔大王への土産と呼んでいた。なぜサインが無いのか。一村のメモによれば、「絵に全精力を費やし果たしてサインをする気力さえなく、充実したときにと思いながら今日になってしまった」としている。

晩年の一村と出会った写真家の田辺周一さんは純粋で澄んだ目をしていて、会った時に姿勢を正したとした。そして昭和52年に息を引き取った。交流のあった松原千里さんは自分の生き方に誠実に生きられた方だったと話した。

キーワード
田中一村
アダンの海辺

エンディング (その他)
22:27~

エンディング映像。

「美の巨人たち」の次回予告。

「美の巨人たち」ホームページ、ツイッターのテロップ。

キーワード
番組ホームページ
ツイッター

番組宣伝 (その他)
22:28~

「おしゃべりオジサンとヤバイ女」の番組宣伝。

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