半径5メートルの胸熱TV! 2019年5月1日放送回

放送日 2019年5月1日(水) 22:00~23:30
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

日々の暮らしに寄り添った半径5メートルの身近な歴史を振り返り、みんなでこの先の未来も考えちゃう90分。

司会の加藤浩次と杉浦友紀の挨拶。今回のゲストを紹介。千秋は初日の出を見に行ったら大時化で大雨で全然見れなかったと話した。岡田圭右が令和ギャグを披露しスベった。東京中央郵便局では記念押印を行っていて3時間待ちだった。明治神宮の御朱印は10時間待ちとなった。この番組は昭和・平成を通して半径5メートルで起きた身近な出来事を振り返る。さらに胸熱な最新情報とともに令和がどうなるのか考えていく。本日は20代から60代まで各世代のゲストに集まってもらった。

キーワード
御朱印

半径5メートルの胸熱TV! (バラエティ/情報)
22:05~

2つ目の胸熱テーマは「デートスポット」。陣内孝則は「映画館とか静かな場所」などと話した。石田純一は「ドライブデートでしたね」などと話した。河北麻友子は「カラオケとか」などと話した。

60代の胸熱だったデートスポットはボウリング場。当時は国道沿いなどにボウリング場が乱立し目と鼻の先に何軒もあった。最盛期には朝6時からの早朝ボウリングも大盛況だった。もう一つのデートスポットはディスコ、曲ごとに決まった揃いのステップが当時の主流だった。

50代の胸熱だったデートスポットは山梨の清里。現在の清里は人がまったく居なかった。当時のブームについて村長の舩木上次さんは「住んでる人が自分の実力だと錯覚していたと思います。実力以上にお客さんがきた。そこに対応しなければならなかった。選ばれたわけではなくなんでも良かった。それが住んでる人や力すると自分たちの実力で人を呼んでいると思ってしまったところから崩壊が始まった」などと話した。清里の新名所「清里テラス」を紹介した。

40代の胸熱だったデートスポットは「巨大迷路」だった。同時にこの時代はバブル絶頂期。川合俊一は「財布の中には2、30万くらい。クリスマスは個室のイタリアン。ホテルはニューオータニか全日空、部屋にはドンペリ」などと話した。

30代の胸熱だったデートスポットは「複合アミューズメント施設」だった。大ブームになったのがプリクラだった。あまりのブームに銀行にもプリクラが設置され、新規契約した人だけが撮影できるサービスがあった。

60代の胸熱アイドルはグループサウンズが次々とデビュー。王子様のようなビジュアルで女子中高生は胸熱にしかし、あまりの熱心ぶりに失神する人が続出。社会問題にもなった。当時の若者の胸当アイテムはブロマイド。

50代の胸熱アイドルは西城秀樹、野口五郎などキラキラしたアイドルが人気。推しが生まれたのもこの頃で、アイドルは疑似恋愛の対象で、当時はソノシートと呼ばれる薄いレコードにおしゃべりが吹き込まれたささやきシートが大流行した。また女性アイドル黄金期でファンの応援スタイルも変化し、この頃に親衛隊が誕生。女子中高生の間では聖子ちゃんカットが一大ブームで、卒業アルバムでは女子大半が聖子ちゃんカットだった。

40代の胸熱アイドルはジャニーズから数々のアイドルが誕生。キムタクブームでピークを迎え、社会現象になったのがロン毛。30代の胸熱アイドルは去年引退した安室奈美恵。デビューした10代から40代まで各世代でミリオンヒットを記録、平成を代表する歌姫になった。安室さんのファッションを真似する中高生はアムラーと呼ばれ、社会現象になった。

木下ほうかは高校生時代に石野真子の親衛隊だった。全国に支部があり、週末にはコールの練習もしていたと話し、当時の応援グッズを身につけると石野真子親衛隊の人たちが登場し、「わたしの首領」のコールを披露した。また令和時代のアイドルの特徴は「女子のオタ芸が熱い!」。代表としてアイドルグループ「AXXX1S」のファンの皆さんが登場し、コールを披露した。

石田純一はバブル時代は毎日行っていた。 陣内智則は河合純一が引退した直後よく遊んでいたスポーツ選手は話が持つのでモテたと話した。

最新のデートスポットを紹介。最新のソフトクリーム店では数種類のトッピングからオリジナルのソフトクリームを作れる。最新のプラネタリウムはリアルタイム流星観測システムと連動して実際に流れ星を検知したその瞬間に送った願いが打ち上げられ、流れ星に届けられるサービス。さらにカップルで寝ながら鑑賞できるペアシートもある。磯野貴理子が体験した。

磯野貴理子の写真をみたゆきぽよは全然違う。ハートが古く今は指ハートと指摘。すると上の世代は指ハートを知らなく、そこからハートの作り方の話しになり、これは韓国アイドルの影響が強いと話した。

60代の胸熱な連絡を取る方法は電話のない人が電話のある近所の家などに取り次いでもらう呼び出し。学校の連絡網などでは電話番号に(呼)と記されていた。当時の恋人たちは用件を伝えるのみの電話だった。デートの待ち合わせでは絶対に間違えない場所を選び、遅刻した際には伝言板を利用して移動先などを伝えた。70年代になると電話の普及が進み、一家に一台となるとコードを限界まで伸ばし廊下で会話を楽しんだ。

50代の胸熱な連絡を取る方法は一つの電話回線を複数の電話機で共有できる親子電話が登場。自分の部屋で会話することが可能になったが、初期の親子電話は子機の電話内容を親機で聞くことが可能だった。また長電話をしたい場合は公衆電話で利用した。当時、自動車電話やショルダーホンも町に登場し始めたが、高額でだった。

49代の胸熱な連絡を取る方法はポケベル。折り返して欲しい連絡先を伝えるビジネスマンのアイテムだったが、料金が下がると若者のマストアイテムに。数字を暗号化し会話を行うことが流行した。90年代中頃になると、携帯電話が普及し始め、直接恋人と話すことが可能になった。しかし通話料が高かったため、携帯よりも料金が安いPHSが人気になった。

30代の胸熱な連絡を取る方法はメール。携帯電話普及率が50%を突破したことから気軽に送れるようになった。また恋人からのメールが来ていないかセンター問い合わせをしていた。

ベッキーは当時ストラップをつけすぎて最大2kgだった。可愛いものをみんなに見せたかった。どんなに変装しても携帯でバレたりした。岡田圭右は相手の親としゃべることで敬語を覚えた。木下ほうかは交換日記をやっていた。しかし交換日記をすると別れるジンクスがあった。河北麻友子は逆にそっちの方がドキドキするかも。ドキドキ感の中で電話するのもありだなと思ったと話した。スタジオには各世代の携帯電話が登場した。

最新の電話は5Gと呼ばれる通信方式が行われ、高速で大容量のデータ通信が可能になることからスマートフォンから仮想空間のオフィスに接続し、家にいながら出社が可能に。バーチャル空間上でファイル共有や商品のデザインを確認できる。更に電話を繋ぐと3D立体映像での対話が実現できると言われている。

60代のコワい先輩は当時高価だったオートバイを乗りこなし、マフラーを外して爆音で走ることからカミナリ族と呼ばれた。60年代後半に登場したのは定食につかず目的もなくたむろするフーテン族が誕生した。

50代のコワい先輩は暴走族。カミナリ族が過激化し全国に拡大。バイクの改造はヒートアップし、ロケットカウルに3段シートなどが流行した。私服のマストアイテムは女物のサンダル。70年代後半からは校内暴力が激化。そこに登場したのが累計4000万部を売り上げた大ヒット漫画の「ビー・バップ・ハイスクール」。85年には映画化され、多くの若者が口ぶりを真似した。80年代はヤンキーに名前が変わり、愛されたアイドルの出現した。

40代のコワい先輩は渋谷センター街を根城にしたチーマー。それまでのヤンキーファッションからビンデージジーンズやインディアンジュエリーが流行り、彼らのファッションは渋カジと呼ばれ真似をする若者が多く現れた。それまで不良の中で絶対だった上下関係も希薄になり、夜の集会もパーティに変化。週末にはクラブでDJパーティが行われた。

30代のコワい先輩は90年代のコギャルが進化を遂げヤマンバ。彼女たちが情熱を注いだのはギャルサークルで真剣に取り組んだのはパラパラ。1000人以上のギャルが解する大型パラパライベントも行われた。

藤本美貴はギャルっぽくしたり、パラパラも踊っていた。杉浦友紀アナもパラパラをやっているのが当たり前だったとし、披露した。陣内智則はビー・バップ・ハイスクールの作者は福岡出身で同世代。モデルになった人は知っている。加藤浩次は校内暴力が全盛期で、校舎の中をバイクで走る人がいたと話した。スタジオには変形学生服が登場した。

現在のヤンキーファッションの流行は卒業式限定の卒ラン。近年西日本を中心に広がり、刺繍には感謝の思いが綴られていた。藤本美貴はアレだったら逆に作って欲しいと話した。加藤浩次は今の若者は愛情表現を素直にするようになり反抗期がなくなってきていると話した。

60代の当時イケてたファッションは女性はミニスカートが熱中していた頃、男性はヨーロピアンスタイルを展開するJUNとアイビースタイルのVANの二大勢力がトレンド。ディティールにこだわり、ズボンのラインを入れるため裾に5円玉を仕込む人もいた。

50代の当時イケてたファッションはパンタロン。パンタロンの登場で、男性の代名詞だったズボンを女性も履く時代になった。70年代中頃に女性の間で人気だったのがブランド品が取り入れられたニュートラ。ニュートラに対して横浜ではフェリス女学院の学生ファッションがルーツのハマトラが誕生した。

40代の当時イケてたファッションはDCブランド。DCはデザイナーズ&キャラクターズの略で、日本人デザイナーによるお国産ブランドが大流行。DCブランドは値段が高いのも特徴で、ワンシーズンで10万円以上使う人もいた。バブルの時代に反映されたファッションはワンレン&ボディコン。異常な肩パットのスーツにミニスカート、当時はいかにセクシーに魅せるかに全てをかけていた。

30代の当時イケてたファッションは裏原系と呼ばれるストレートファッション。人気ショップの限定アイテムを求め整理券を待つ行列が。古着屋では高額取引されていた。一方で女子が胸熱だったのが、109のギャルブランド。販売員はカリスマショップ店員と呼ばれ、店員が来ている服をまるごとマネする人も多かった。またショップのビニール袋もファッションアイテムになった。

今、イケているファッションは親が来ていた服を今風にアレンジするママ服コーデ。ママ服コレクション が行われた。ゆきぽよは昔の服が可愛いと思ってやる。トラウデン直美は両親のクローゼット漁ったりすると話した。ベッキーは買い物した後にブランドの袋を体操着入れなどに使っていた。八乙女光は裏原によく行っていた。安いジーンズにダメージを入れていたと話した。

キーワード
北杜市(山梨)
清里テラス
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堺正章
原健一
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後藤真希
カミナリ族
フーテン族
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石津謙介
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パンタロン
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番組宣伝 (その他)
23:29~

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  1. 5月1日 放送