ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! 2018年9月4日放送回

放送日 2018年9月4日(火) 0:25~ 1:10
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
00:25~

本日は「すしのおなまえSP」

すしのおなまえSP (バラエティ/情報)
00:25~

握りずしは、江戸後期、魚河岸の周辺に屋台が建ち、魚と酢飯を合わせて握られていた。元祖ファストフードが全国に定着した訳がネーミングから分かるという。すしは「寿司」「鮨」「寿し」「鮓」といろんな書き方がある。すしは、すっぱいものを意味する「すし」からきている。「鮨」は敷居が高そう、港の近くにあるイメージ。「寿司」は老舗っぽいイメージがある。

すしの字が多いわけを調査。協力してくれたのは食文化研究家の飯野亮一さん。江戸時代、中期に書かれた寿司屋の絵をみると、素朴な屋根もない屋台で売られていた。この時に使われていた字は「鮓」「鮨」だった。この2つの字は古代から魚の発酵食「なれずし」などにあてられてきた伝統の字だった。江戸後期以降、突如「寿」「司」の字が当てられた。

すしを「寿司」と書くわけを調べた。東京・江東区にあるお寿司屋を訪ねた。この店では江戸後期のすしを再現していた。現代のすしと比べると大きさは約3倍だった。江戸時代は労働者の人がお腹を満たすために大きいものを出したという。江戸後期は空前の外食ブーム、そばや天ぷらなどのファストフード店が急増した。ライバルとしのぎを削る中、すし屋はまず、すしのすに「寿」の字を当て寿しにした。江戸の後期に100種類の「寿」の字が書かれていた掛け軸を紹介。水戸藩主が母親の還暦に祝いに贈ったもの。江戸時代は長寿のお祝い非常に流行った。民間でも88歳の米寿の祝いはめでたいので、紅で寿と書いて餅を親しい人に贈っていた。この寿ブームを寿司職人は見逃さなかった。当時、す(寿)がつくのはすし店だけだった。60年後の江戸のグルメガイドを見ると寿し店と使っていたのは96軒中91軒だった。

寿しに司を使い始めたのはいつなのかを調査した。寿司以外につかう司は、菓子司などたくさんの司があった。装束司の黒田幸也さんは「専門の仕事をする場合に司を使う。上は御という字がつく。御は御所のお出入り」などと話した。老舗寿司屋の5代目の内田正さんは「4代目が司という字は本来権力に許された店しか使ってはいけない、それをマネして勝手に、司を使っているのは、申し訳ない気がすると言っていた。寿司の権威付けで使ったのが最初ではないかと思う」などと話した。寿と司ですしは高級で演技のいい食べ物になったと考えられる。

「鮓」「鮨」は千年の伝統のすし、そこから長生きがブームになり「寿し」、更に司をつけて、セレブ御用達のすしとなった。

そば屋さんの「ニハチ」の意味は、小麦2、そば粉8というのは間違い。「ニハチ」というはそばの値段。2かける8で16文。16文の値段を明示するいまでいう100均スタイルを考案。16文という値段がはっきりわかることによって庶民が入りやすいようにした。

どうしてマグロの脂身を「トロ」と呼ぶのか。トロの語源を追い続けるわぐりたかしさんと一緒に調べた。吉野鮨を訪れトロづくしを頂いた。トロという言葉はこの店から広まっていったという。2代目の大正7年ごろ、常連の客がトロと名付けた。その常連客の名前は安達一雄。その安達さんが、食べるととろけちゃうからトロでいいんじゃないかと提案し決まったという。トロと呼ばれる前はなんて呼ばれていたのかを調べた。マグロ仲卸業の楠本栄治さんは「昔は赤みだけとって捨てられてた。猫もまたいで通るっていうくらい商品価値はなかった」などと話した。猫またぎやアブ、ダンダラなどと呼ばれていた。トロというネーミングは日本人の弱点をつく最高のネーミングだという。日本は食感大好き大国。食感を表す言葉は英語で77、フランス語で227、日本語は445ある。トロはとろける、やわらかい舌触りを持っているという風に表現した。それでみんなが食べてみたいという気持ちになったという。トロはたちまち人気になり、昭和50年代には1貫1000円のトロが登場し寿司ネタの王者に輝いた。

なぜ おすし屋さんではしょうゆを「むらさき」 おちゃを「あがり」というの?という疑問を解決。スタッフは創業162年のおすし屋を訪れた。わさびのことは、なみだ。エビのことは、おどりという。寿司屋の店主が大正時代に撮影された写真を見せてくれた。その写真は3代目がお座敷に上がり、お寿司を現場で作っている写真だった。当時芝には花柳界があった。浅草の花柳界の女性は全員醤油のことをむらさきと呼んでいた。あがりと言う言葉も由来は花柳界。遊郭などで客がつかず暇なことをお茶をひくといい、嫌ったため客が増えるよう縁起を担ぎ、お茶とはいわず、上がり花と名付けた。当時の花柳界には芥川龍之介や双葉山など時のスターが勢揃いしていた。「むらさき」や「あがり」など粋ないい回しでスターをもてなす花柳界は憧れの地だった。歌舞伎役者や映画俳優などが集まるところで、自分たちのわからない言葉が飛び交っている、それがかっこよかった、そういう雰囲気を大切にしたいというおすし屋もあった。

巻きずしといなり寿司を合わせたものを助六という。もともとは歌舞伎の演目の主人公「助六」から来ている。この人の愛人が「揚巻」という。あえて揚巻ではなく大スターの名前にあやかって助六で売り出したという。

きゅうりを巻いたお寿司の名前がなぜ「かっぱ巻き」というのか?調べた。かっぱの好物がきゅうりだったので、かっぱ巻きになった。かっぱからきてるのはわかったが、なぜ、きゅうりを巻いたのかルーツを探した。明治元年創業のおすし屋を訪ねた。4代目安井弘さんがかっぱ巻きの元祖だった。終戦後の22年頃は米も味噌も配給の食料難だった。そんな中、父と共に様々な寿司を工夫して作った。1つでも寿司ネタを増やしたく必死だった。自宅の台所で目に止まったのが、きゅうりだった。当初は握り寿司として考えていたがつるつるしてシャリとなじまなかった。次に海苔巻きにしたら、案外のりと合った。こうして、生野菜をネタにする新しいお寿司が生まれた。この当時は、きゅうり巻きと名付けた。かっぱ巻きのなまえはかっぱブームがきっかけ。きゅうり巻きの約4年後に誕生した、かっぱ川太郎は大人気となった。このブームによって、かっぱの大好物をつかう、きゅうり巻きはカッパ巻きに改名し寿司ネタの定番となった。

キーワード
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新宿(東京)
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