ドキュメント 断層帯を歩く 〜熊本地震から1年半〜

放送日 2018年1月8日(月) 1:49~ 2:32
放送局 NHK総合大阪

番組概要

ドキュメント 断層帯を行く ~熊本地震から1年半~ (バラエティ/情報)
01:49~

熊本地震から一年半たったが、今もまだ地震の爪痕は残っている。熊本県内では今もなお4万人を越す人々が仮設住宅などで避難生活を余儀なくされている。

始まりは去年の4月、活断層が牙を剥いた時に始まった。熊本地震では全長30kmもの活断層が出現し、被害はその一体に集中した。今回被災地に思いを寄せる2人が活断層を歩く旅にでた。断層帯をひたすら歩くと一体何が見えてくるのだろうか。

先月1人の旅人が熊本の断層帯を目指してやってきた。アルピニストの辰野勇さんだ。東日本大震災の時はすぐに現地に駆けつけて救援物資を届けた。今回辰野さんが歩く断層は全長30kmで国内でこれだけ長い断層が現れたのは86年ぶりだ。辰野さんは御船町から東に向かって歩いて行く。

御船町の断層帯周辺、被害はこの一角に集中していた。今も1000人余が仮設住宅で暮らしている。ブロック塀や建物のあちこちに地震の爪痕があった。歩くこと30分、辰野さんはようやく人と出会えた。御船町で代々農業を営む持田武久さん、妻と2人自宅で寝ていた時に熊本地震本震に襲われた。築80年を超える自宅は全壊し、持田さんは妻と2人生き埋めになった。救助されるきっかけとなったのは1本の電話で、哲子さんが亡くなる寸前にかけた電話だった。妻の命を奪った地震、それでも持田さんはここを離れたくなかったという。この選択には妻も喜んでくれると信じている。断層の上には数え切れない苦しみや悲しみが横たわっている。そんなことを考えながら辰野さんは御船町を東へ進んだ。

熊本市内に入った辰野さんは、熊本赤十字病院に向かった。辰野さんは救急医師の奥本を会話した。災害指定病院だったこの病院は、熊本地震の直後から患者が殺到した。医師たちは、患者たちの症状から救助の優先順位をトリアージタッグに着けていった。危機に拍車をかけたのは、本震が来た2日後だった。救急棟で停電が発生し、医療機器が使えなくなった。そんな中、病院が目をつけたのは、本館の通路を使って、緊急度の高い傷病者の診療スペースとした。非常用電源の喪失をとっさの知恵で乗り切った。想定では、辰野さんは「想定外の想定を想定する必要がある」と語った。

地震の後、多くの人が益城町総合体育館で生活を送った。熊本県出身のヒロシさんは地震直後に避難所に飲水を配ってまわった。しかし、被災者とどんな会話をすればよいのかわからなかったという。

ヒロシさんは益城町の断層沿いを歩いた。道には多くの住民が集まっていた。地震の専門家が地震のメカニズムについて解説していた。宮園地区は家屋の7割が全開し、今も住み続けている人は2割程度だという。地震前は自信が走れた道路でも、人一人が通るのでも苦労する程だった。宮園地区には断層が走っているので、多くの住民が不安を抱え、現地再建に踏み切れていない。ヒロシさんは断層を初めて目の当たりにした。断層によるズレの大きさは場所によって異なるが、ヒロシさんはもっともズレが多かった堂園地区を訪れた。地震によって、田畑が引き裂かれた農家の田上さんから、当時の様子を教えてもらった。ヒロシさんは復興の遅さに驚いた。

断層帯に添って、東へ旅を続けるアルピニストの男性がやって来たのは熊本県西原村。里芋農家の男性に話を聞くと、去年はダムから水が来ず収穫できない田んぼもあったそう。地元の農業用水をまかなっていたダムは、断層の真上にあった。ダムの本体に大きな亀裂が入り、危険性があるとして未だに水の供給は止まっている。 稲作が再開する見通しは立っていない。しかし、農家の男性はこの荒れた田んぼをいつか蘇らせたいと話す。

アルピニストの男性が見つけたのは、とある看板。行ってみると、ケーキ屋さんが。シフォンケーキがおすすめだという。この店がオープンしたのは地震の半年後。オーナーは、この地で代々農家を継いできた一家。断層が危険な為、本当は転居したかったが、父親たちの意向でこの地にとどまりケーキ屋を営んでいる。

益城町にこだわり断層帯をあるき続けるヒロシは、仮設商店街・屋台村を訪れた。地元スーパーの土地を一時的に借りている。飲食店や理髪店が並ぶ。地震の二ヶ月後にオープンし、17万人が訪れた屋台村。土地を貸してくれていたスーパーが復旧工事に入る為、今月末で完全に閉鎖する。

益城町の断層沿いをあるき続けるヒロシは、杉堂地区に到着。そこにはまだ、倒れた電柱、倒木やひび割れてずれたアスファルトなど、被災の跡が残っていた。同じ益城町でも、中心部とそうでない場所では復旧の進み具合が異なる。そうめん流しなどを行うお店を発見。しかし、まだ完全な営業とはなっていないそう。このお店は断層のすぐそばにあり、全壊した。しかし店の主人は、この地を離れるつもりはないと話す。

断層帯に沿って東へ旅をしてきたアルピニストの男性は、南阿蘇村に到着。地震で傷ついた南阿蘇村の草原を、畜産農家の男性に案内してもらう。放牧が行われていた長野牧野は、地震により大きな被害を受けた。崖崩れが起こり、牛を放牧するには危険な状態となり、放牧地の3分の1が使用不可となった。この地で毎年春に行われる野焼きは、危険だという声もあったが、今年も行われた。野焼きは、草原に火を入れる事で新たな芽吹きを促す。畜産農家の男性は、傷ついた草原を少しずつ直しながら、この地で牛を育てていくそうだ。

南阿蘇村を訪れる旅に利用していた、老舗の温泉旅館「清風荘」へ。地震の二ヶ月後の大雨により、土石流が発生しその被害を受けたという。去年6月、南阿蘇村を集中豪雨が襲った。大量の土砂が流れ込み、この旅館の他様々な所が被害を受けた。それでも旅館の再建を諦めなかった。この復旧作業は今も続けられている。清風荘自慢の温泉「すずめの湯」。地震の後も変わる事なく湧き続けるすずめの湯。清風荘の男性は、この温泉から復興の勇気を貰ったそうだ。アルピニストの男性は、美しい景色は人がいなければ成立しないもので、今回の旅で様々な人と交流ができ有意義なものになったとした。

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  1. 1月8日 放送