逆転人生 「ヤマユリ咲き誇るゴミ処理場」

『逆転人生』(ぎゃくてんじんせい)は、NHK総合テレビジョンで2019年4月1日から放送のドキュメンタリー番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年7月19日(金) 23:50~ 0:40
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
23:50~

オープニング映像が流れた。

石坂さんの逆転人生について田中さんは予想したが分からず「MCも逆転したからいけるか!」などと話して、MCの山里さんからツッコミを入れられていた。

ヤマユリ咲き誇るゴミ処理場 (バラエティ/情報)
23:52~

20年前、石坂さんは父が経営する産業廃棄物処理会社で総務の仕事をしていた。ある日石坂さんが出勤すると、社員が門の前に集まって「石坂産業は出て行け」という張り紙を見ていた事に気づく。当時27歳の石坂さんは、2人目の子供の出産を間近に控えていた。そんな時、張り紙のきっかけである埼玉県所沢の土壌がダイオキシンで汚染されているという報道を見た。この報道の2年前、15億円をかけて焼却炉を設置していた。国の基準をクリアしていたが、報道の影響は凄まじく、地元農家は大損害を受けた。国が安全宣言を出したが、住民たちの怒りは収まらなかった。東京からアクセスが良かった所沢では、処理会社は他にもあって焼却炉は64基あった。当時の農家、関谷さんは「心が踏みにじられるような気持ちだった」と話し、問題は住民運動にまで発展した。激しい抗議に殆どの産廃会社は立ち退きを決めたが、石坂さんの父は仕事に誇りを持っていたので事業を続けようとしていた。

ゴミ処理場の仕事が嫌いだった石坂さんは、高校を卒業後にアメリカへ留学した。帰国後、父の会社で働いていたが憧れていたネイルサロンの開業資金を稼ぐためだった。しかし、働いているうちに石坂さんはゴミ処理場の仕事が重労働で、社会を支えている事に気付いた。魚屋の見習いだった石坂さんの父・好男さんは、産廃会社を起業した理由について語った。好男さんはダンプを買い、毎日建設会社から出るゴミをお台場に持っていき、解体した廃材を東京湾に運んで埋め立てていた。こんな事が毎日続くわけがないと思った好男さんは、誰もやりたがらないこの事業を続けようと思ったと話す。しかし、農業から出て行けという訴えに好男さんは疲弊していった。そこで石坂さんは父の会社を継ぐことにしたが、地域住民は立ち退きを求める署名運動を始めていた。

SHELLYさんは石坂さんについて「小さい子供が2人いて、さらに新しい責任を乗っけるのはクレイジーだなと思った」などとコメントしていた。そんな石坂さんは「父親の気持ちを聞いて、誰がこの思いが誰に伝わっているんだろうと思った。思いを伝える事が出来るのは、一番近くにいる私ではと思った。最初は会社が石坂組という名前で、同級生などからからかわれて嫌だったので、ネイルサロンの仕事を目指した。ネイルサロンを目指したのは、フローレンス・ジョイナーのネイリストに憧れがあったから」などと話した。そして、所沢に産廃業者が集まった理由について東京大学教授の定松さんは「関越自動車道が近辺にあって、所沢で焼却して量を減らして東北の最終処分場まで持っていったから。もう1つの理由は、埼玉県は海がないので工場が誘致しないので昔の知事が積極的に産廃業者を受け入れていた」などと解説した。ダイオキシンの摂取量としては、国が体重1kgあたり4ピコグラムと指定しているという。

石坂社長は社員の意識改革に取り組んだが、社員の反発も強かった。住民運動はさらに激しさを増し、監視小屋が建てられ、24時間撮影される事態に。住民運動で会社のイメージは悪化し、取引先が激減。それでも社員たちは産廃処理の仕事にプライドを持ち続けていた。石坂社長は苦渋の決断で、売り上げの7割を占める焼却炉を解体。跡地には屋内型リサイクルプラントの建設を予定していた。しかし、埼玉県は住民から行政訴訟を起こされており、新たな施設の建設許可は下りなかった。70人いた社員は次々と辞めていき、30人にまで減った。石坂社長は家庭を顧みない生活に陥り、離婚することに。

SHELLYは、逆転感がまだ全然ないとコメント。石坂社長は当時を振り返り、忙しすぎてあまり記憶がないと話した。定松淳は、住民運動が収束しなかった背景に、産廃業者への不信感や、東京から持ち込まれるゴミへの反発があったと話した。石坂社長はある行動によって住民と奇跡の和解をすることになる。

八方塞がりの石坂社長は、地域の清掃活動を始めた。掃除をするうち大量の不法投棄に気付き、ゴミの撤去も行った。産廃処理場が増える前、この辺りはどんな土地だったのかと興味を持ち、調べてみると意外な事実が分かった。この辺りはかつて農民たちが開墾し、木々を植えてつくった里山だった。石坂社長は自分たちの手で里山の姿を取り戻すことを決意。荒れた雑木林の手入れを始めた。2年が過ぎた頃、この活動に地元住民が参加するようになった。2006年7月、ずっと認められなかったリサイクルプラントの許可が下りた。焼却炉の解体から4年が経っていた。さらに2年後、9000平米の屋内型リサイクルプラントが完成。石坂社長は住民運動のメンバーたちを招待した。地元と一致団結して里山の復活に取り組み、産廃処理場のすぐ隣には子供たちの憩いの場ができた。

石坂社長は、思いを行動として可視化することで信頼を得られるようになると話した。定松淳は、産廃業者だけでなく、われわれも変わらなくてはいけないと話した。

会社の周りの里山には多くの人が集まるようになった。住民運動のリーダーだった関谷さんと石坂社長は、今では何でも話し合える仲になった。林さん夫妻も住民運動のメンバーだったが、一緒に里山保全に取り組む仲間になっている。5年前、林さんの娘が石坂社長の会社に就職した。30人まで減った社員は180人に増えた。

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エンディング (その他)
00:39~

エンディング映像が流れた。

NHKオンデマンドで配信のテロップ。

キーワード
NHKオンデマンド

番組宣伝 (その他)
00:39~

「参院選2019 開票速報」の番組宣伝。

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