ロスト北斎 The Lost Hokusai「幻の巨大絵に挑む男たち」 2016年11月30日放送回

放送日 2016年11月30日(水) 1:00~ 1:50
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
01:00~

数々の芸術家の名前が刻まれているのが水星。クレーターが発見されるたびに世界的芸術家の名前が付けられる。錚々たる名前の中にあるのがHOKUSAI。江戸の浮世絵師葛飾北斎。北斎という名前は宇宙に由来している。北の字は北極星からとった。天の中心のこの星を北斎は愛してやまなかった。生涯に描いた絵は約3万点、森羅万象を描き尽くした。北斎には幻の傑作が存在した。須佐之男命厄神退治之図は北斎最大級の作品で幅は3mちかくあった。惜しくも関東大震災で焼失し、白黒写真のみが残された。しかし失われた大作を復活させるプロジェクトが去年始動した。

キーワード
須佐之男命厄神退治之図
葛飾北斎
冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏

幻の巨大絵に挑む男たち (バラエティ/情報)
01:03~

北斎の幻の大作は約170年前に、牛嶋神社に奉納された。木下悠に復元を依頼したのはすみだ北斎美術館。復元の出発点は1枚の白黒写真。木下は同じ写真家が撮影した作品で現存するものを探し出し、カラーでの写真と白黒写真を比べ、作品の色とグレーの濃淡を比較した。

しかし、頼りにしたのは最新鋭技術だけではない。文化財修復の専門家の山内章は日本の伝統的な絵の具に精通している。木下が山内に依頼したのは北斎が使った色の見本を作ること。

東京の木下のもとに山内の色見本が届いた。さっそくコンピュータに取り込み色をつけていく。複数の色候補が存在するものがあり、デジタル技術では色を特定することができない。木下は再び山内の元を訪れた。北斎の時代に使われた絵の具で塗ってみて、写真に残った筆跡などと照らし合わせる。濃淡が滑らかに推移していることから紫と予想。では北斎が紫にどんな絵の具を用いたのか。しかし当時は絵の具を組み合わせ色を作るのは簡単ではなかった。それぞれの絵の具の粒子が粗いと溶け合わずに濁ってしまう。

北斎はベロ藍と何を混ぜたのか、山内は今では貴重な綿臙脂に目をつけたとふんだ。何度も配合を試し、1ヵ月かけて北斎の紫にたどり着いた。山内は紫の色見本を自らの手で木下に届けた。こうして1つ1つ北斎の色を探り当てていった。

北斎にはもう一つ幻の傑作がある。それは隅田川の景観を描いたもの。明治に海外に流出し行方不明になっていたが、去年約100年ぶりに発見された。北斎の姿を生き生きと伝える伝記「葛飾北斎伝」は、明治になって詳しく聞き取りされ書かれた。一躍北斎の名を広めたのは小説の挿絵だった。72歳の時に描いたのが冨嶽三十六景で江戸中で大人気となった。

人気絵師となった北斎は決してお高く止まらず、護国寺の観音様御開帳で大賑わいの境内で、北斎は畳120帖ぶんの紙に描いたのは大だるま。絵で人を喜ばせるのが大好きだった。牛嶋神社に絵を奉納したのは86歳の時だった。

須佐之男命厄神退治之図は北斎の絵の中でも最大級の大きさ。江戸時代の病に詳しい鈴木則子教授は、当時流行った病気を中心に描かれている絵を初めてみたと話す。北斎が絵を奉納した牛嶋神社は疱瘡除けの神社として知られていた。

山内の工房では北斎への新たな挑戦が始まっていた。それは写真から輪郭線を起こすこと。いかに写真家の腕が良くても、当時のレンズでは周辺部分のピントは甘くなる。それを筆で描くことで補う。木下と山内がその目で見たいと願っていた北斎作品の閲覧許可が降りた。そこで山内は北斎の線についてある発見をした。あの大作にも同じような表現がなされているのではないか、改めて拾っていく。

人体の動きの解析で世界的に知られる研究室を訪ね、筋肉の動きを計測する。羅漢図と同じポーズをとると、力の入っている筋肉と絵の墨の部分が一致することがわかった。北斎は線一本で人体の動きすら感じさせる立体的な表現を行っていた。

北斎の晩年の姿を伝える絵がある。北斎の弟子が描いたものでこたつに包まり一心に筆を走らせる北斎。点一つ、線一つがまるで生き物のようになること、神のごとくに描くこと、想像絶する高みを目指し北斎は描き続けていた。

復元作業は最終段階を迎えていた。牛嶋神社は関東大震災で焼失しその後再建、建物の構造や向きはほぼ同じだという。北斎の作品は拝殿の西側の高いところに掲げられていた。木下は実際の空間で北斎の絵がどのように見えたのか調査を始めた。絵が暗がりにあったことを念頭におきつつ、木下は画面全体を整える。また背景には光りの加減できらびやかに映えるよう金箔を貼った。

完成した絵が美術館に掲げられる。蘇った幻の傑作。この絵を見た者が病がなくなる瞬間をありありと感じられるよう、北斎は点一つ、線一本を疎かにすることなく全てを生き生きと描き出していた。白黒写真一枚からの巨大絵の復元、2年に及ぶ北斎との戦いが終わった。

大作を完成させた4年後、90歳にして北斎は世を去ろうとしていた。その最後の言葉は「もし天があと5年生かしてくれれば、真正の画工になれたのに」。精進し続けた果にどこまで神に近づくことができたのか。

キーワード
狩野山楽
葛飾北斎
牛嶋神社
すみだ北斎美術館
徳川美術館
四季花鳥図屏風
須佐之男命厄神退治之図
墨田区(東京)
綿臙脂
椿説弓張月
北斎漫画
冨嶽三十六景
隅田川両岸景色図巻
葛飾北斎伝
護国寺
奈良女子大学
梅毒
インフルエンザ
疱瘡
太田記念美術館
原宿(東京)
羅漢図
東京大学
富嶽百景

エンディング (その他)
01:48~

エンディング映像。

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