がんばれば 花開く〜香川真司から子どもたちへ〜 2016年4月5日放送回

放送日 2016年4月5日(火) 1:00~ 1:50
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
01:00~

去年の12月24日クリスマスイブ、神戸市にある「神戸ユニバー競技場」に集まった小学生までの子どもたちの元へ、サッカー日本代表・香川真司選手が登場した。神戸に生まれた香川選手は、地元に恩返ししたいという思いから自らイベントを企画し、子どもたちを無料で招待。5時間にわたってふれあった。香川選手はこの冬、都内の小児病棟を訪問したり、自らが指導するサッカー教室を開くなど様々な形でふれあった。こうした活動を通じて、香川選手は「がんばれば必ず花開く」と子どもたちへの伝えたいメッセージがあった。

キーワード
神戸(兵庫)
神戸ユニバー競技場

がんばれば 花開く~香川真司から子どもたちへ~ (バラエティ/情報)
01:03~

ドイツ西部の町・ドルトムントはドイツでも指折りのサッカー所だ。香川選手が所属するドルトムントの本拠地「ジグナル イドゥナ パーク」は、毎試合8万ものサポーターで埋め尽くされる。6年前に初めてこの地にやってきた香川選手。今年もアシストやゴールを連発して首位を争うチームを引っ張っている。香川選手の一番の魅力は、見るものを魅了するシザースやターンなどの高度なテクニックが詰まったドリブルだ。

この冬、短いオフの間に帰国した香川選手は、子どもたちにドリブルを教えるサッカー教室を東京で開き、はじめて先生役を務めることになった。指導を受ける7人の子どもたちは、サッカー歴4年以上で都内の有力チームに入っている小学生。子どもたちは憧れの選手に聞きたいことが沢山ある様子だ。香川選手が登場して挨拶を終えると、早速1対1の勝負をすることになった。プロの凄さを直接で感じてもらうため、「本気でいくぞ」という香川選手に子どもたちは必死で食らいついた。初めて接する世界レベルのプレーに子どもたちは「次に何をしてくるかわからない」「今まで見た中で一番うまかった」と驚きを隠さない。

子どもたちは、どうすれば香川選手のようなドリブルができるようになるのか、練習方法を教えてもらった。香川選手は子どもたちの実力を前に「僕が小学生の時より上手い。将来が楽しみ。自信を持っていい」と太鼓判を押した。香川選手は前編を終えて、「常に練習することが大事。僕もそれは変わらない。成功しても失敗しても、練習を繰り返して成長する」と子どもたちに語りかけた。

海外で生活していて困ることを聞かれ、時間とともにそこでの生活が楽しくなるし順応できていくと答えた。移籍した時どうやってチームになじむかを聞かれ、誰も知らないところへ行った時に、しっかりとした自分を持つことや、食事や話しなどでコミュニケーションをとることを大切にしていると答えた。

1989年に神戸で生まれた香川選手がボールを蹴り始めたのは幼稚園の頃。家の中で柔らかいボールを使って遊んでいたという。当時はサッカーブームで、1993年に誕生したJリーグには日本中が熱狂した。4歳の香川少年はスター選手のプレーに目を輝かせた。憧れたのは三浦知良選手。トリッキーなプレーをよく真似して遊んだという。

香川は「夢や目標を大きく持って練習すれば必ず叶う」と話した。

香川はトレーニングに励む一方で、新たな取組も次々と始めた。より強い身体を作るための体感トレーニングに加え、酸素カプセルも導入した。そしてスパイクの改良にも取り組んでいる。

亀井竣哉が見せてくれたノートには、今回学んだシザーズについてきれいにまとめられていた。香川選手の教えを胸に練習を重ねた竣哉くんは「しかけるのを怖がっていたけど香川選手との体験で勇気が持てた」と話した。

1995年に起きた阪神・淡路大震災では、香川選手が当時住んでいたマンションも大きな揺れに襲われた。その時のことを今でも覚えているという香川選手。そして震災から半年後、あの憧れた三浦知良選手が通っていた小学校を訪れたのだ。一緒に写真を撮ったり、プレゼントを渡して励ましてくれた三浦選手との出会いで、香川選手は「プロサッカー選手になりたい」という夢をよりいっそう持つようになった。地元のクラブチームに所属していた香川選手は、クラブの練習がない日は家の前の公園で仲間と練習するなど、ますますサッカーに打ち込んだ。多くの子どもたちを相手にボールを蹴り続け、ドリブルの技術は磨かれていった。

そして小学5年生の時、より高いレベルを求めて家から1時間も離れた強豪クラブへ移った香川少年は、公園で磨いたテクニックでレギュラーの座を掴んだ。当時は全国大会への出場という大きな目標を持っていたが、チームは神戸市大会の決勝で敗退してしまった。当時からチームを指導している元神戸NKサッカークラブ監督の大木宏之さんは、当時の香川について「ものすごい負けず嫌いだった。その気持ちが常に向上心につながって彼の技術はもっと上がっていったのでは」と語った。

香川選手は小学校卒業後、親元を離れて宮城の中学校へ進学した。卒業文集には、コーチ誘われてからの葛藤が書かれていた。香川選手が所属した仙台のFCみやぎバルセロナでは、徹底的に個人技を重視していて、目の前の相手を抜き去る1対1の練習に多くの時間が割かれる。香川選手は、その厳しい競争の世界では自信があったドリブルもなかなか通用しなかったという。そうした中で「お前はダメだ、プロになれないと言われても、絶対プロになると信じてやるしかなかった」と語る。当時、指導に当たっていた芳賀大祐さんは、香川選手からは並々ならぬ決意が伝わってきたという。「プロになるため仙台にきたと公言していた。外されても謙虚に受け止めて自主練するようなやつだった。でも、1人では寂しいのかなと感じる部分もあった」という。チームメイトの家に住み込んでサッカーに明け暮れた香川選手だが、何より楽しみだったのは神戸からやってくる母親と過ごす時間だった。香川選手は、父親も自分の夢のために働き、後押ししてくれたと感じていると語った。

高校生になると国際的な大会で活躍するようになった香川選手は全国でも注目される存在になった。そして2006年、セレッソ大阪に入団してプロサッカー選手になる夢を叶えた。だが香川選手は「夢を叶えたという気持ちはあまりなく、次はどうするかという危機感の方が強かった」という。そうしてプロになっても努力を重ねた香川選手は、磨きあげたドリブルを武器にゴールを量産し、2009年にはJ2得点王に輝いた。さらに2010年7月にはドルトムントに入団。新天地でも持ち前のテクニックを発揮してリーグ2連覇の偉業に貢献した。そんな香川選手は「自分に大きな才能を感じたことは一度もない。だからこそ目標や強い気持ちは常々持ち続けていた。信じてがんばれば、必ず花開く」と語った。

香川選手のドリブル教室の後編。ここからは、子どもたちのリクエストに答える。ボールをまたいで相手を惑わせる「シザース」のやり方を教えてほしいとリクエストしたのは、小学5年生のミッドフィルダー・亀井竣哉くんだ。試合でも挑戦しているが上手くいかずに悩んでいるという。香川選手はシザースのポイントを「思い切り良くしっかり踏み込むこと」と伝授。さらに、蹴ったボールはゴールに向かって蹴るようにアドバイスが加わった。それを受けて亀井くんが挑戦すると、香川選手は「うまい。自信を持って」と拍手を送った。

香川選手は、シザースの新技を特別に披露してくれた。通常はまたぐ動きで惑わせるシザースだが、新しいものではまたぐと見せかけながら足の裏でボールをこすって勢いをつけ、タイミングをずらしていた。

続いて子どもたちが聞きたいのは、鋭い方向転換で相手を振り切るターンのコツについて。香川選手は、相手をひきつけて逆方向に素早く反転することを伝授した。さらに、子どもたちからは「体でキープしながらのターン」についてもリクエストがあった。ポイントは腕でブロックしながら相手の動きを感じ取ることだという。香川選手は「アザールやメッシは早くて強いが、手の使い方がうまい」と話した。ここでドリブル教室が終了した。

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