宮城!やっぺぇTV 2015年9月21日放送回

放送日 2015年9月21日(月) 13:05~13:30
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
13:05~

子どもたちが自分の夢を仙石線に描いて走らせるあるプロジェクトが動き出した。挑んだのは東松島市立野蒜小学校の6年生。子どもたちと向き合うのは、世界的な児童文学賞も受賞した、日本を代表するクリエイターの一人で、山形出身の絵本作家荒井良二。もっと自由に、想いのままに、震災から4年、改めて夢について考えた子どもたちが自分自身を見つめた短い夏の記録。

キーワード
仙石線
アストリッド・リンドグレーン記念文学賞
震災

宮城!やっぺぇTV (バラエティ/情報)
13:06~

5月下旬、絵本作家の荒井良二は宮城県東松山市野蒜地区を訪れた。海沿いにあったかつての駅は廃墟になっていた。地域の足だった仙石線は津波で破壊され、ずっと不通のままだったが、4年ぶりに再開することになった。その復旧する車両に子どもたちとイラストを描いて走らせる計画。荒井良二は「みんなを喜ばせたいよね」と語った。荒井は東松島市立野蒜小学校を訪れた。前の校舎は一階部分が浸水したため、今もプレハブで授業を行っている。荒井は、一緒に絵を描く20人の6年生に自己紹介し「どう?自分の描いたものが動いてると思うと恥ずかしい?俺なんかは恥ずかしいと思うけど、乗る人や住んでいる人が見るわけだから、その人たちも楽しめるように僕らは描かなきゃならない。恥ずかしいとか言ってられなくて、それが逆にエネルギーになって、色を塗ったり描いたりするわけです」と語った。

野蒜地区は海辺にあり、津波で多くの家が流されて500人以上が亡くなった。子どもたちはこの4年、様々な思いを胸にしまって生きてきた。5月30日、4年2か月ぶりに仙石線が開通。少しずつ昔の生活を取り戻す町で、1か月後、車両に子どもたちの「夢」が描かれる。

石井優大くんは仙石線の開通でもう一度自分の夢を見つめなおし、まっさらな紙に新しく書き直し始めた。「夢」の草かんむりは注射器と松葉杖になっていて、優大くんは「将来、医者になりたいから病院を書いた」「家族や大切な人たちをたすけられるから」と語った。1年生のときに仙石線を使って通学していた優大くんは下校途中の電車の中で被災した。優大くんは突然停車した電車から、乗客を近くの野蒜小学校まで誘導して避難し、体育館の2階に上がって津波を免れた。しかしそこから津波に襲われる町の姿を見た。優大くんは「震災があってから、傷ついた人たちとか被害にあった人たちを助けたいって思いがあって」「電車が来た時は、自分の夢を思い出すっていうか、またその夢に向かってがんばろうみたいな思いになるかもしれない」と語った。

体育館には画材が用意されていた。荒井が「今回は、みんなの気持ちを、字を書いてもらう」と説明すると子どもたちは戸惑った様子を見せた。書くのは2つのテーマで「ふるさとの自然」と「夢」。単に字を書くだけではなく、荒井は「花なら、花っぽくしたほうが華やかに見えるんじゃないか」「お勉強じゃないし書道の時間じゃない。みんなは絵を描くんだって気持ちで字を書いてもらう」と説明した。思い思いに字を書いていく子どもたちに荒井は「波、いいね。かっこいいね」「キラキラ光る波とか、飾ってほしいな」と子どもたちに声をかけていた。1時間後、荒井は浮かない表情で「夢が物足んねえなお前ら」「これじゃ、夢みれないな」と言い出した。子どもたちが書いた「夢」の文字は、色をつけただけでそこから先の表現ができなかった。荒井は「これだけじゃ、字じゃん」「夢って、話さなくても持ってる。持ってない人はいないと思う」「心に秘めた願いとか夢を持ってるはずで、字しか運んでない。気持ちが入ってない」と子どもたちに語りかけた。子どもたちは「もうだめだ」「わかんないんだってば」「なんだろう…よくわからない。夢ってなんだろうね」「難しいね」と戸惑っていた。書きあぐねていた石井優大くんは、荒井と「世界の人たちの夢ってなんだろう?」と対話し、荒井が提案した通りに「夢」の一部をハートにして書いてみたが、荒井は「なんか弱々しいな」と評価した。石井くんは自分にしか表現できない「夢」を書くことが宿題になった。

高橋佑希くんは授業が終わりかけた頃、一人で残って書き続けていた。荒井は「いい字だ。何を付け加える?」と聞いた。佑希くんは「ニコちゃんマーク」を書き「元気がない時でも元気が出るような感じ」「震災でお母さんが亡くなってるから、その時は元気がなくなったりしたから、人を元気にさせたい」と話し、涙を拭いてまた字に取り組んだ。佑希くんは今、父と兄と3人で暮らしている。父は夜勤の日が多く兄は部活をしているため、平日の夜は祖母がきて2人で食事をする。佑希くんは小学1年生の時に津波で母と姉を亡くした。2人が突然いなくなったことを十分に理解できず、以前のように笑うことも少なくなった。なぜ自分は夢を聞かれ笑顔を書いたのか真剣に考えた。震災後、佑希くんの心の支えになったのものは自分を囲む友人や家族の笑顔だった。佑希くんは「楽しい時とか、友達と遊んだりとか、誰かといる時間がいい。1人でいるとちょっとつまんないかな」と語った。再び佑希くんが「夢」を書き始めた。完成した「夢」の文字には笑顔の数がさらに増えていて、佑希くんは「人を笑顔にさせたい、って夢はなんかふいにパッと浮かんで」「夢を描いて、人を笑顔にできる職業もいいかなと思ったり」「スマイルのマークをたくさん描いたから、世界中の人を笑顔にしたい」と語った。

6月12日、仕上げの日に入った。自分の夢を持ち寄り発表され電車の紙の上に並べた。

ラッピング電車運行の日、駆け寄り皆の夢を眺めた。

キーワード
仙石線
野蒜(宮城)
震災
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