アニメーションは七色の夢を見る〜宮崎駿の後を継ぐ者〜 2014年8月8日放送回

放送日 2014年8月8日(金) 22:00~23:13
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

スタジオジブリの新作映画「思い出のマーニー」の監督を務める米林宏昌監督は一つの効果音をめぐって試行錯誤を続けていた。そして宮崎吾朗さんは初めてのTVアニメーションに挑戦する。「山賊の娘ローニャ」は不思議の森を舞台にした少女の成長物語になっている。去年、長編映画から引退を表明した宮崎駿監督は後に続く2人にある思いを持っていた。

キーワード
思い出のマーニー
山賊の娘ローニャ
宮崎駿監督
スタジオジブリ

アニメーションは七色の夢を見る 宮崎吾朗と米林宏昌 (バラエティ/情報)
22:03~

去年10月、スタジオジブリでは映画「思い出のマーニー」の制作が進んでいた。この日、各セクションの責任者が集まりカットごとのイメージを共有するための打ち合わせが行われた。米林宏昌さんは映画「借りぐらしのアリエッティ」では初監督を務めた。「思い出のマーニー」の原作は1967年にジョーン・ロビンソンが書いたイギリスの児童文学。

スタジオジブリの映画はアニメーターが一枚一枚、絵を描いていくセルアニメーション。アニメーター出身の米林宏昌さんはスタッフが描いたすべての絵を自分で修正している。米林宏昌さんは「思い出のマーニー」で宮崎駿さんとは異なる表現に挑もうとしていた。種田陽平さんは「キル・ビル Vol.1 USバージョン」など国際的な映画美術のプロフェッショナル。実写映画の美術監督がアニメーションに参加するのは異例中の異例。米林宏昌さんは種田さんの力を借りて作り物ではない実在感を持たせたいと考えていた。

一方の米林宏昌もスタジオジブリを飛び出した宮崎吾朗さんがどんなアニメーションを生み出すのか気にかけていた。吾朗さんのローニャについて気になるといい、理由を吾朗だからと、3DCGだからの両方じゃないでしょうか、と述べた。日本では3DCGアニメで成功するのは難しい、成功例が欲しいなどと話した。二人はかつてジブリで仕事を共にした。二人を間近で見ていた宮崎駿監督は、「マロの方が官能性があると思う」「アリエッティで形にした、大したもんだ」「僕は(吾朗の)粘り強さには感心する、よくこんな無謀なことをやる」などとコメントした。マロさんと吾朗さんの二人のこれまでの歩みは対照的なものだった。

マロさんは、1996年スタジオジブリに入社した。3年後、異例の早さで原画担当となり、宮崎さんからアニメーションづくりのノウハウを吸収していった。にんげんドキュメントでのその様子が写される。その才能は、「崖の上のポニョ」で大きく花開いた。マロさんはその映像を見て「宮崎さんが萌え~って言った」のを聞き逃さなかったといい、「言わせって感じ」などと話した。その才能を見込まれ、「借りぐらしのアリエッティ」の監督に抜擢され、大ヒットを記録した。しかしマロさんは登場する小人たちになぞらえて「自分たちそのものです、小人たちっていうのは、上の巨人たちからものをちょっとずつ借りてきて暮らしているっていう巨人たちっていうのは、先人の宮崎さんや高畑さんがやってきた技術の中で自分たちは作るしかなくって」などと話した。思い出のマーニーは宮崎さんから教わってきた技術で、宮崎さんがやらなかったことをやる。新たな挑戦。

「思い出のマーニー」宮崎駿さんが生涯映画化は無理だと考えていたものだった。宮崎駿さんはこんな企画は映画としては考えない企画、あまりにも内面の問題だからと話している。

宮崎駿さんでさえ映画化できないという困難な企画。米林宏昌さんが踏み出したのはいばらの道だった。米林宏昌さんは宮崎さん自身もラピュタみたいなものを見たいと思われながらも毎回違う作品に挑み続けた。やっぱり次々といろんな挑戦をしていかなきゃいけないと話した。

一方の宮崎吾朗監督は、父・駿さんから一度もアニメーションについて教えてもらったことはない。幼いことから父の作品を繰り返し見て育った吾朗さんは、アニメーションの仕事へのあこがれがあったが、結局他の道を選んだ。不意に、駿さんのことを「ほんと拾って歩くのは得意だなと思って」「だからオリジナリティがある、拾ったものだけど他の人にはガラクタ」「それが組み合わさった時に希代なものに返信する」などと話し始めた。大学卒業後、建設コンサルタントとして働いていた吾朗さんは、心の何処かでアニメーションへの憧れをぬぐいきれずにいた。ジブリが作る美術館の設立に関わったことで、人生が大きく変わる。新作映画の企画会議に参加し、吾朗さんの熱意に触れたプロデューサーの鈴木さんから監督をしないかと誘われた。現場経験のないものが監督をするのは異例のことだった。

スタジオジブリで新作映画に挑んだ米林監督は、内向的な主人公のこころのうちを微妙な仕草や表情で表現している。手探りが続いていた。3月、通称カッテイングをした。スタッフとともに前半の映像の流れを見るものである。丁寧な心理描写が映っているか見極めていた。しかし、見終わった後、周りからは厳しい評価であった。その後、カットの長さの修正を決めた。微妙な変化を絵を書き足して、余韻の部分を増やすことにした。この時点での絵の追加は現場のアニメーターに大きな負担を強いるが、それでも決断した。そして、まだ絵が出来上がっていない後半部分の絵コンテを見直し始めた。米林監督がどの部分よりも修正を重ねているシーンがあった。そこには絵だけでなく、セリフも変えた。それには、そのシーンがヒロイン達が踏み出す小さな一歩であったという理由であった。

宮崎吾朗監督の初監督作品となった「ゲド戦記」、2作目「コクリコ坂から」はどちらもその年の邦画興行収入1位を記録した。3年越しで初めてのTVアニメーションに挑む。原作はアストリッド・リンドグレーンの「山賊のむすめロ-ニャ」で全26話の大プロジェクトとなる。

吾朗さんの初監督作品「ゲド戦記」は、父・駿さんの猛反対を押し切ってのデビューだった。そして5年後、2作目となる「コクリコ坂から」で再び監督を務め上げた。

宮崎吾朗監督の今回の挑戦はアニメーションの作り方そのものがスタジオジブリとは根底から違っている。「3DCG」と呼ばれるデジタル技術が使われている。

そして今回挑む3作目。ジブリを離れた理由について「自分のね、軸足をどこに置くのかっていう問題がある」などと語る。このCGアニメーションの分野で確かな軸足を作るための覚悟の船出。2014年、二人の挑戦は正念場を迎えていた。

初のTVアニメ「山賊の娘ローニャ」に挑む宮崎吾朗さんは、3DCGとの格闘が続いていた。ある日、スケジュールの遅れが深刻になっていると、プロデューサーの川上量生が吾朗さんの元にやってきた。これ以上遅れると後がない状況だった。

「山賊の娘ローニャ」は宮崎駿監督が原作に惚れ込み映像化を希望した。映像の設計図となる絵コンテ全26話を自ら仕上げている。この絵コンテを元にCGアニメーターたちが映像をつくり上げていく。やり慣れたスタジオジブリとは違う初めてのスタッフたちとの共同作業に作品の正否がかかっている。

スケジュールが押している一番の理由が絵コンテだった。物語は全部で26話。時間にして9時間を超える。この春には書き終えているはずだったが、実際にはようやく半分を超えたところだった。ワンカットワンカット吟味に時間を重ねていくため、どうしても時間が掛かる。ぎりぎりに追い込まれていた吾朗さん。作品にとってもっとも重要なシーンである、第15話のワンカットの制作が近づいていた。怒りと悲しみがないまぜになった複雑な感情表現が求められる場面だ。宮崎吾朗は「違う人間で分かり合えていった時にそれは素晴らしい物になるんじゃない」などと語った。

映画は最後の追い込みに入った。繊細な表現へのこだわりから、製作は大幅に遅れていた。連日深夜まで作業が続いた。そして、こだわっていてシーンのアフレコの日がやってきた。杏奈役の高月彩良さん、マーニー役の有村架純さん2人ともアニメーションの声優を務めるのは初めてであった。そして米林監督はこだわっていたシーンのセリフを更に書き換えていた。アフレコの様子を映した。

「山賊の娘ローニャ」の制作をする宮崎吾朗監督は山賊の城の敷地に傾斜をつけるべきと主張。傾斜のある場所で何かを動かすと何倍もの時間と労力が必要となる。限られた時間をどこに費やすかスタッフの間でも意見が別れた。また最も課題となっていたのは背景美術だった。

作品にとってもっとも重要なシーンである、第15話のワンカットの演出打ち合わせが始まった。宮崎吾朗は「ローニャは赤い怒り」「マッティス(父親)は冷たい氷のような青いような」などと説明する。宮崎吾朗は「この回がうまく行けば歴史に残る」「CGをバカにしてるやつらの鼻をあかす」などとカメラに向かって語った。綿密な打ち合わせを行う。積み重ねてきた日々の意味が問われていた。

3D CGで複雑な感情表現に挑んでいる宮崎吾朗さんとスタッフ達は第15話の作業は大詰めに入っていた。最も難しいのは、父親に感情をぶつけるときのローニャの表情であった。映像をチェックする日がやってきた。スタッフが入れた仮セリフと映像を見ながら、方向性を確認した。怒りと悲しみを混在させるのではなく、怒りが先攻し、そのあと悲しみがくるようにしてほしいという指示があった。そして、修正前と修正後の映像を流し、その指示でどのように変わったかを紹介した。2度目のチェックの日となった。吾朗さんはこの表情で行くと決めた。

宮崎吾朗さんは、「ここまでくると僕のっていうよりも僕らのっていう作品になった」と話した。そして、第1話のアフレコの日を迎えた。宮崎吾朗さんが挨拶をし、その後アフレコが始まった。アフレコの様子を映した。同じ頃、最初の予告編が完成した。予告編が流れた。

6月25日の「思い出のマーニー」初号試写の様子を映した。そして、「思い出のマーニー」の映像も流れた。米林監督を全スタッフが拍手で迎えたが、そこには宮崎駿さんの姿はなかった。米林監督は「今回は宮崎さん抜きで作れるかということが大きかったが、これからは違う目標をさがさなければ」等話した。

宮崎吾朗さんは、まだ製作のまっただ中であった。7月絵コンテは26話中23話までできていた。スタジオジブリを離れ、新たな道を選んだ宮崎吾朗さんは、自分たちが生み出したキャラクターが今では勝手に動き出すと話した。

キーワード
スタジオジブリ
小金井(東京)
思い出のマーニー
借りぐらしのアリエッティ
ジョーン・ロビンソン
キル・ビル Vol.1 USバージョン
3DCG
ローニャ
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にんげんドキュメント
駿さん
ゲド戦記
コクリコ坂から
アストリッド・リンドグレーン
山賊のむすめロ-ニャ
ジブリ
山賊の娘ローニャ
宮崎駿さん

エンディング (その他)
23:12~

エンディング映像。

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