福島スペシャル 故郷をあきらめない〜原発避難区域 人々の1年〜

放送日 2016年6月11日(土) 3:30~ 3:58
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
03:30~

福島第一原発から5kmの場所にある双葉町の保育園では雑草が生い茂り遊具は放置されている。震災当時、125人の園児がいた。今も9つの自治体に出されている避難指示、7万人が避難を余儀なくされている。この1年、避難指示が出された町の風景、暮らしていた人々の姿を記録してきた。時が止まったような景色の傍らには営みを取り戻そうとする人々の姿があった。

キーワード
双葉町(福島)

故郷をあきらめない~原発避難区域 人々の1年~ (バラエティ/情報)
03:32~

今も立ち入りが厳しく制限される大熊町。住民が町に戻るメドはたってない。去年春、防護服姿で町を見まわる人にであった。役場OBなど6人で結成された「じじい部隊」である。公共施設の維持・管理をしている。無人の町は人の手が入らないと廃墟になりかねない。かつて桜の名所だった神社ではほとんど咲いていなかった。リーダーの鈴木さんは、原発事故2年後に役場を定年退職し、荒れる町を守ろうとじじい部隊を結成した。地元の人が大切にしてきた小さなお堂を訪ねた。自身で壊れたままの壁の修復をした。

帰還困難区域の住民は年に30回の一時帰宅を許されている。鈴木さんの自宅は原発の敷地から400mのところで、中間貯蔵施設の予定地になっている。しかし自宅の庭は手入れされたくさんの花が咲いていた。鈴木さんはこの日、妻とともに前の歳に生まれた男の子の孫のためにこいのぼりを上げた。

富岡町の夜の森は2キロにわたって続く桜並木である。町民の花見はまだ車窓からである。楢葉町では牧場だった場所に菜の花が植えられた。原発事故の後、殺処分した牛が眠っている。

避難区域には津波の被害を受けそのままになっている場所がある。そのひとつの南相馬市小高に8月、たくさんの人が集まってきた。被害を受けた農地を自分らで復旧させようと避難先から毎日100人以上の住民が集まる。木幡さんの田んぼは全て津波の被害を受けた。市内の仮設住宅で夫と義理の父の3人で暮らしている。息子夫婦や孫は宮城県に避難し離れ離れになった。

小高では除染が進み避難指示が解除されることが検討され始めていた。木幡さんは家族が揃った暮らしを取り戻そうと、自宅のリフォームにとりかかっていた。庭では前の年から野菜つくりを再開した。

9月、楢葉町の避難指示が解除、震災の年に生まれたサケがかえってきた。5年ぶりのサケ漁が行われた。浪江町の伝統芸能の「請戸の田植踊」など行われた。楢葉町の実証田から震災後初めて米が出荷された。

大川原地区は大熊町でも放射線量が少なく日中の立ち入りが喜ばれている。秋、1人で野菜を耕す新妻さんに出会った。原発事故後、荒れ果てた畑を2年かけ手入れしてきた。今は放射性物質の濃度を調べるため、試験的な野菜の栽培を行っている。長い年月をかけ作った土は除染で剥ぎ取られ変わりに砂や赤土が入れられた。そのためライ麦を育てては肥料として土にすき込み畑の土をゼロから作り直そうとしている。しかし畑はイノシシによる被害

12月、新妻さんは放射性物質の検査結果をきいた。結果は全て国の基準値より低いあたいだった。今できるのは、農業を再開できるよう、できた野菜を肥料として土に還すことである。

楢葉町の元旦には5年ぶりにふるさとの初日の出が見られた。川俣町山木屋では避難指示解除を前に伝統の田んぼリンクが復活した。

じじい部隊の鈴木さんは今年の春も自宅の庭の手入れを続けていた。木を弱らせないよう、これからが見頃の花や蕾を摘み取る。そして今年もこいのぼりがあげられていた。

家族が揃った暮らしを取り戻したいと考えている木幡さんは少しずつ仮設住宅の荷物を小高の自宅に移し始めている。小高の避難指示は今年7月に解除される方針が示された。しかし息子家族は宮城県に家を建て戻ってこないという。

大熊町で1人野菜つくりを再開した新妻さんは避難先から通い、土を作りなおす地道な作業を続けていた。この日16株のなすの苗を植えた。まだしばらくは育てた野菜を土に還す日々が続く。

キーワード
大熊町(福島)
夜の森
富岡町(福島)
楢葉町(福島)
小高(福島)
請戸の田植踊
大川原(福島)

スポット

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