インタビュー ここから 「サンドウィッチマン」

放送日 2019年5月2日(木) 6:30~ 6:53
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
06:30~

好きな芸人ランキングで1位に立ち、16本のレギュラー番組を抱えるサンドウィッチマンの2人にインタビュー。

キーワード
サンドウィッチマン
東日本大震災
気仙沼市(宮城)

インタビュー ここから (バラエティ/情報)
06:31~

にサンドウィッチマンの2人は芸人生活をスタートさせた場所である大山町を千葉美乃梨キャスターととも訪れた。2人は10年間に渡って同居生活をし、富澤は伊達みきおが叶えたい夢のリストをトイレに張っていた。リストは数年前に達成したという。その後、3人は歌舞伎町の劇場へ向かい、伊達は当時を振り返った。

サンドウィッチマンは劇場で笑いをかっさらうも「爆笑オンエアバトル」に出場する機会も恵まれず、伊達は「柄悪いと言われていた」と明かした。富澤は芸人として売れる手応えがなく、解散も考えていたという。今は総合、Eテレ、ラジオでレギュラーを抱えている。2人は30歳まではなんとかやろうとバイトを減らし、劇場のライブに立ち続けた。千葉キャスターは同郷出身のサンドウィッチマンの存在を知ったのは「エンタの神様」で、伊達はピザの宅配ネタがウケ、笑いを取りすぎたことで編集に支障をきたすので撮り直しになったと明かした。2007年には「M-1グランプリ」で優勝した。

サンドウィッチマンの2人は仙台商業高等学校時代を振り返り、伊達は富澤たけしについて、「笑いに監視しては一撃必殺型」と評し、自身は無駄玉を打つタイプだという。卒業後、富澤は芸人の夢を追いかけ、伊達は会社員の道を進んだ。それでも富澤は3年にわたって伊達にラブコールを送り、24歳の時に仙台から上京。だが、芸人としては評価されない日々が続き、伊達は会社員として働き、家を建て、結婚することになった弟に劣等感を抱いていたという。結婚式では司会を務めたが、祝儀もあげられず、申し訳なかったという。富澤は「宮城ナンバーの車を見た時に故郷の仙台に戻りたくなった」と明かし、伊達も賛意した。

富澤たけしは変わらないポリシーに「東北なめんなよという気持ち」を挙げ、伊達は「そんな時に振りかざせる武器は今でも笑い、ネタしかない」と語る。2人は毎年、3月11日には宮城・気仙沼市を訪れ、人々と黙祷を捧げる。震災当時はロケ中で、避難をした場所だった。今年には宮城・南三陸町でNHKラジオの公開放送を行い、被災地の人々の前でお笑いを披露した。

富澤たけしは「サンドウィッチマンは面白くて当たり前というハードルをクリアしていかないといけないし、前の方が面白かったと言われるのも嫌だからそこもクリアしないといけない。ずっと息詰まってますよ。見せないだけで」と語り、会心のネタができても、次はこれ以上を目指さないといけないのかと嘆息するという。そんな富澤について、伊達は「仕事のパートナーなんですけど、変わらない友達」と語り、富澤は「ビジネスパートナーですが、根本は同級生」と話した。

キーワード
大山町(東京)
仙台市(宮城)
サンドウィッチマン
歌舞伎町(東京)
爆笑オンエアバトル
エンタの神様
仙台商業高等学校
M-1グランプリ
気仙沼市(宮城)
サンドのぼんやり~ぬTV
NHKラジオ
南三陸町(宮城)

エンディング (その他)
06:52~

エンディング映像。

キャスト

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