インタビュー ここから 浅田真央〜私の“幸せの場所”〜

放送日 2018年11月3日(土) 6:30~ 6:53
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
06:30~

浅田真央さんは今自らがプロデュースしたアイスショーを披露している。去年4月に引退し、何をするか悩んで最終的に自分にはスケートしかなく全国に感謝の気持ちを届けたいと思ったという。新たな思いを胸にリンクに戻った浅田さんがその想いを語る。

キーワード
浅田真央

浅田真央 ~私の「幸せの場所」~ (バラエティ/情報)
06:31~

浅田真央サンクスツアーでは自ら選んだ9人のメンバーと共に北海道から九州まで11箇所を周るという。浅田さんは会場づくりにも特別な思いを込めており、郡山の公演では子どもがリンクに入り近いと言っていたと語られ、浅田さんは試合以上に近くで見れるなどと語った。名古屋市で生まれた真央さんは伊藤みどりさんに憧れ5歳でスケートを始めた。16歳で初出場したNHK杯で優勝し、一躍日本のエースとして注目を集めた。はじめてのオリンピックではトリプルアクセルを3回成功させ銀メダル。次こそはと迎えた4年後に見せた姿は日本中に感動を与えた。引退時は8月のアイスショーが終わったらスケートにはさよならしようと思っていたという。それだけフィギュアが嫌いになっていたのかも知れないと浅田さんは語った。

引退後およそ20年ぶりにスケートのない生活を送り1人で旅行に行ったり料理教室に通うなどできなかったことに取り組んだという。新たな生き方を模索する中、スケートに対しても失礼なことをしてしまったなどと葛藤が起こったという。その後は9月の誕生日を過ぎてから気持ちが前に向かい、マラソンの挑戦の話をもらうなどして自然に自分の気持が開けていったという。アイスショーの演目は17曲で浅田さんはそのうち10曲、およそ40分を滑るという。選手時代は長くても4分だったため経験したことのない疲れが襲ったと語られた。体力は気合で乗り切ったという。終わったら倒れたなどと語られた。引退後は1人で電車に乗ったりもするが始発などで移動するためさほど人がおらず気付かれたりはしないなどと語られた。選手ではないため昼のいい時間はなかなか取れないのだという。左足から靴を履き、左足からリンクに立つなどのルーティーンは今も変わっていないという。

スケーターは全部で10人で多くはアイスショーへの出演経験はなかったという。自らの練習の傍らメンバーへの指導を重ね、選手時代とは違う充実感を真央さんは得るようになったという。選手の時は1人で頑張っているという気持ちがあったが今は1人でスケートをしてるんじゃないと感じるという。仲間が居るため頑張れるし温かい空間になるなどと語られた。アイスショー当日会場は満席となりおよそ2000人の観客が注目した。プログラムはこれまで真央さんが大会やアイスショーで披露してきたものがツアー用にアレンジされている。選手時代よりも表現の幅が広がったという。1人よりも2人でのほうがイメージが伝わるため蝶々夫人は男性と滑れた良かったと語られた。選手の時は決められたルールの中だったが今はやりたいようにやっているという。ショーのクライマックスはソチの衣装でステップを刻んだ。特にソチの演技は思い出が残っておりぜひ生で見てもらいたいという想いがこもっていると語られた。選手の頃と同じくらいのレベルで臨みたいと浅田さんは述べた。

真央さんにとってのアイスショーの場は幸せの場だと語られた。今までに感じたことのない幸せの空気が会場ごとに溢れているのを感じ、お客様の拍手や声援の中で滑れる喜びにあふれているという。最後はお客様も笑顔になり幸せの空気が溢れているので大好きな空間などと語られた。浅田さんにとって選手の頃と今のフィギュアはどちらもいいものだと思っていると語られた。同じフィギュアでも全く違って選手でしか味わえない気持ちと引退してから受け取った幸せな気持ちがあるという。サンクスツアーは来年も続き、できるだけ各地の人に滑りを観てもらいたいのだと語られた。今はフィギュアに対してありがとうという想いで向き合っているという。フィギュアスケートがあるから自分は幸せだと語られた。

キーワード
浅田真央サンクスツアー
伊藤みどり
NHK杯
ソチ五輪
This little light of mine
リチュアルダンス
蝶々夫人
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番
おにぎり
相模原(神奈川)
郡山(福島)

エンディング (その他)
06:52~

エンディング映像。

スポット

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